最上と茂夫
影山君からキスを拒まれた。痛いからいやだとか言われた。ひごろ紳士を心がけている身としては遺憾きわまりない。強く噛んだり吸ったりといった、きついことはしていないのに。不満げな様子が見てとれたのだろう。口内炎ができて痛いんですよ、と茂夫は情報をつけ足す。一週間ほど前にできたそれは、いまだ立ち去る気配がない。昨日の給食なんてみかんが出て大変だった、と右頬をおさえれば、食べ物をきちんと味わえないのは辛いな、と最上は眉を下げた。横になるときも口内炎のある方が下を向かないように気をつけてるんです。ゆっくり眠れないとは可哀想に。歯を磨くときは一番きつくて。できることなら代わってやりたい。いかにも心配そうに相づちを打つ最上であるが、早く治す方法はないもんですかねと首をひねった頃合いでそれとなく体を密着させる。そういえば少年。口内炎には唾液が効果的と聞いたことがあるんだが。うなじに指を這わせながら最上はささやく。どうだ、ここはひとつ試してみないか。耳元で発される低い声に、茂夫はなんとなくぞわぞわしたものを感じた。悪い予感に身を引こうとするが、いつのまにか腰に回されていた腕がそれを許さない。いや、痛いから嫌だって言ったでしょう。そもそもそんなの聞いたことないし。本当か? 世代間相違というやつかもな、私の時代では常識だったが。じゃあ自分で間に合わせるので。遠慮するな。大事なきみが苦しんでいるんだ、全力でサポートしてあげよう。こうして最上の言うところの「全力でサポート」は小一時間ほど続き、茂夫は左右の向きを気にかける余裕もないままぐったりと身を横たえることとなる。動く余力をなくした身体を、上機嫌で組み敷く最上を見て、茂夫が学んだことは二つ。一つ目は今後最上との会話で口内炎の話題を出さないこと。二つ目、いくら紳士ぶっていようがこの男はどう転がっても悪霊だ。でなければ過呼吸の恋人に向かってよだれを垂れ流してるきみはかわいいなんて言うだろうか。いや言わない。