最上と茂夫

前髪が目にかかってじゃまだ、とこぼしたら最上がハサミを持ってきた。近くの美容室から拝借したものらしい。文房具用のハサミとは違い、全体的に細長く、片方の刃はクシのような形状をしている。外で散髪を受けた経験のない茂夫にとっては初めて目にする道具だが、一方最上はどことなく慣れた手つきで扱った。手先が器用なんだろうか。聞けば、工作の成績は散々だったが、と最上は話す。
「母が美容室を営んでいたんだ。小さな頃は、学校帰りに店に迎えに行っては仕事を眺めてた」
待っている時間は退屈で、いつのまにか寝てしまっていたけどね。しなやかに節くれた指を休ませることなく最上は言った。さくさくと小気味よい音を立てて、茂夫の持つ新聞紙の上に切られた髪が重なってゆく。前が切り終わったら、後ろもお願いできますか。切れ端が口の中に入らないよう、唇をすぼめて茂夫はつぶやく。
「構わない。でも」
「危ないから、前髪を切っている間は目をつむっておきなさい」
風のない日だったので窓は開け放していた。正座する茂夫を前に、あぐらをかく形で最上は作業をしており、その体は午後の陽ざしに照らされて向こう側がうっすらと透けてみえる。かつてそこに存在していた、あたたかな輪郭を偲ぶ。待ち合いのソファの上で心地好さそうに丸まる子供と、その子を起こさないように慎重に抱きかかえて帰路につく女性。ありし日の親子を頭に描き、眠たげな猫のように茂夫は目を細めた。
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