今じゃないだけ
じゃあ、パパも着て
夜。高杉家。
カタログは棚に戻され一件落着──の、はずだった。
紫苑はしばらく考え込んだあと、ぽつりと言った。
「……じゃあ」
高杉「…………」
嫌な予感。
「……パパも、着てみたら?」
高杉「………………は?」
母「……っ」
一瞬、高杉妻が耐えきれず吹き出した。
「っ……ふ、ふふ……!」
「……笑うな」
紫苑は真剣だ。
「だって、さっきママが言ってた」
母「……なにを?」
「『安全におしゃれするには、条件を守る』って」
「……言ったわね」
「だから家の中で、虫も来なくて、写真も撮らなくて、誰にも見せないなら……」
紫苑はまっすぐ高杉を見る。
「パパが着ても、条件クリアだよね?」
高杉「………………」
(論理が……完成してやがる……)
母「っ……く、くく……」
「……おい」
高杉が低く言う。
「やめろ」
紫苑「え、なんで?」
「それは……」
言葉が出てこない。
似合わない。
立場が。
年齢が。
全部、さっき母が否定した理由だ。
(詰んだな……)
母は必死に笑いを抑えながら言った。
「紫苑……」
「なに?」
「パパはね」
一拍。
「着なくても想像できるタイプなの」
「……?」
「似合わないってことが、もう完成してる」
「……?」
高杉「助け方が雑だ」
紫苑は少し考えてから言った。
「……じゃあ、羽織るだけ」
高杉「まだ続くのか」
「肩だけ出すの」
母「……!」
再び吹き出す。
「だ、だめ……! それ……想像すると……!」
高杉「お前、楽しんでるだろ」
母「ごめんなさい……でも……!」
紫苑は真顔。
「パパ、まだ早いって言うなら、自分もまだだよね?」
高杉「…………」
(娘に哲学で殴られている……)
沈黙。
長い、長い葛藤。
やがて高杉は静かに言った。
「……紫苑」
「うん」
「その服はな」
「………………」
「パパが着たら、家の空気が壊れる」
母「っっ……!!」
完全にアウト。
高杉妻、腹を抱えて笑う。
「ちょ……! やめて……! そんな冷静な声でそんなこと言うの……!」
紫苑はしばらく高杉を見つめ──ふっと笑った。
「……そっか」
「……分かったか」
「じゃあ、パパは見る係ね」
高杉「……それなら、まぁ……」
母「それが一番平和ね」
その夜。
紫苑は母と一緒に、安全なおしゃれを研究していた。
高杉は少し離れた場所から見守る。
「……助かったな」
母「ええ」
「……俺、本気で肩出しする覚悟、決めかけた」
母「見たかった」
「言うと思った」
母はまだ笑いを堪えながら言った。
「でもね」
「……なんだ」
「紫苑、ちゃんと考えてたでしょ」
高杉「ああ」
「それで十分」
高杉は深く息をついた。
(……父親ってのは……どこまで行っても、試される側だな……)
そして決めた。
次に「着て」と言われたら、話題を変える技術を磨こうと。
