今じゃないだけ
それは可愛い以前の問題
夜。高杉家。
紫苑は昼間に高杉に見せたカタログを、今度は母の前に差し出していた。
期待と不安が半々の顔。
「あのね……こういうお洋服、着てみたいの」
母はカタログを受け取り、ページを開き────
一瞬で理解した。
肩出し。
へそ出し。
ミニスカ。
「……なるほど」
声のトーンが一段下がる。
高杉(来る)
母はカタログを閉じるでもなく、淡々と確認を始めた。
「紫苑、いくつ?」
「7さい」
「この服、素材は?」
「……え?」
「ポリエステル多め。通気性は悪くないけど、肌当たりは硬め」
紫苑「……?」
高杉(もうこの時点で俺の出番ねェな)
母は次のページを指で叩く。
「肩が出てる。つまり、冷房の効いた場所では体温が奪われる」
「…………」
「お腹が出てる。内臓は冷やすと一番ダメージが残る」
紫苑の目が、少しずつ丸くなる。
「スカート丈が短い。これは動きやすいじゃなくて、動くと危ない長さ」
高杉「…………」
(俺が変な虫とか言ってたの、全部不要だったな……)
母はここで初めて紫苑を見る。
「可愛いよ。デザインとしてはね」
紫苑「……ほんと?」
「でも」
一拍。
「これは『着たい気持ち』より『管理が必要な服』」
「…………」
「着るなら温度、場所、時間、動き方、全部考えないといけない」
紫苑は少し考えてから聞いた。
「……それって……」
母は、はっきり言った。
「まだ早い」
即断。
高杉(強ェ)
紫苑はしょんぼりするかと思いきや、意外にも静かにうなずいた。
「……じゃあ、いつならいい?」
母は少しだけ考えてから答える。
「自分で寒い、動きにくい、今日はやめとこうって判断できるようになったら」
「…………」
「それができるなら、服は背伸びじゃなくなる」
紫苑「…………」
しばらく黙っていたが、やがてぽつり。
「……家の中だけなら?」
母は高杉を見る。
高杉「…………」
(来るなよ……)
母は一瞬考え──
「写真は撮らない」
「……!」
「SNSに上げない」
「……!」
「宅配が来る日は着ない」
紫苑「……条件、多い」
母は微笑む。
「それが安全におしゃれするってこと」
紫苑は少し考えてから、にこっと笑った。
「……じゃあ、いい」
高杉「……え?」
紫苑「着るなら、ちゃんとがんばりたい」
母はカタログを棚に戻した。
「それでいい」
夜更け。
高杉は、湯のみを持ったままぽつりと言った。
「……お前、怖ェな」
母「理屈よ」
「俺が必死に悩んだの、全部一瞬だったぞ」
「感情は大事。でも、判断は別」
高杉は小さく笑った。
「……助かった」
「でしょうね」
母は静かに付け加える。
「守るって、怒鳴ることでも、禁止することでもないのよ」
「……ああ」
高杉は棚に戻されたカタログを一度だけ見た。
(……俺は、時間を守る役でいいか)
紫苑はもう寝ている。
世界は今日も、理屈によって静かに守られた。
