合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人気のない廊下を、日吉くんに引きずられるようにしてひたすら進む。
足がもつれそうになりながら、転ばないように日吉くんについていくのが精一杯だった。
日吉くんはあれからずっと無言のままで、一体どこに向かっているのか、今なにを考えているのか全然分からない。
ただでさえ混乱した頭で急に状況が変わって、冷静になんてなれるはずもなかった。
今の私にとって確かなものは、私を引っ張っていく日吉くんの手の感触だけだった。
スピードを緩めることなく進み続ける日吉くん。
角を曲がるたび、反動で手首の痛みが強くなる。
待って、痛いよ。
そう言いたいのに、息が切れてしまって声にできない。
もうどこをどう通って来たかも分からなくなった頃、日吉くんは外へと繋がっている扉に手をかけた。
その扉を開く瞬間、また痛みが増す。
『イタッ…!』
「…!!」
思わず漏れた小さな声に、日吉くんがかすかに反応した。
そして、足が止まる。
やっと止まってくれた…。
そのことにひとまずホッとして、私は肩で息をしながら日吉くんの様子をうかがってみる。
すると、日吉くんの視線はまっすぐ一点に向かっていた。
それはずっと日吉くんに掴まれていた、私の手首だった。
まだジンジンと痛むそこを見てみる。
外はすっかり陽が落ちて暗くなったけど、建物から少し離れただけのここには明かりが届いていて。
その明かりで十分確認できるほど、私の手首は赤くなっていた。
私はとっさにもう片方の手で赤くなった部分を隠した。
すると日吉くんが気まずそうに視線を落としたのが分かった。
…もっと早く隠せばよかった。
息が苦しくて、気づくのに遅れちゃった…。
そしてしばらく、沈黙が続いた。
その沈黙を破って、私は話を切り出した。
『…私、佐伯さんに謝ってくる』
「なっ…」
日吉くんが驚くのは当たり前だ。
日吉くんは私のことで怒ってくれた。
そして佐伯さんと険悪な雰囲気になってしまった。
だから私が謝りに行くなんて、納得いかないはず。
でも原因をつくったのが私だからこそ、私が行かなきゃ。
佐伯さんならきっと分かってくれる。
悪いのは日吉くんじゃなくて、どんくさい私なんだから。
だからちゃんと話せば、私が来る前みたいな二人に絶対に戻れる。
絶対……そうしなきゃ。
じゃなきゃ私、また…。
「お前、なに考えてるんだよ」
日吉くんの目が私をとらえる。
「なんであんな奴に謝りになんて行くんだ」
あんな奴……。
『やめて…。
佐伯さんのこと、そんなふうに言わないで』
「……っ。
なんで、あんな奴のことかばうんだよ」
『かばってるわけじゃないよ。
私はただ…』
ただ、元の関係に戻ってほしいだけ。
だって日吉くんの邪魔はしたくないってあんなに思ってたのに、私…。
「どう見たってかばってるだろ」
『違うよ、そんなんじゃなくて…』
言い合いになりかけていた最中、ふと日吉くんの表情が曇る。
「…好きなのか」
『え…?』
「佐伯さんのことが好きなのか…?」
『な…。何、言ってるの…?』
突然変わった話の流れに、頭がついていかない。
私が、佐伯さんを好き…?
どうして急にそんなこと…。
「あんな扱いされてもまだそこまで必死にかばうなんて、それしか考えられないだろ」
『違うよ、どうしてそんな話になるの?
私は佐伯さんのことまだ少ししか知らないけど、いい人だってことくらい分かるよ。だからーー』
「だから好きになったのか」
『そういうことじゃなくてっ。
ただ、佐伯さんならきっとちゃんと話せば分かってくれるって思うだけ。
だから謝りに行くの』
「……そうだな。
あの人はきっと…、お前に優しくするんだろうな。
付き合うなりなんなり、好きにすればいい」
吐き捨てるようにそう言うと、日吉くんは私から視線を外した。
………どうして。
どうして…こうなるんだろう。
ちゃんと話がしたいのに。
分かってほしいのに。
私の気持ちは日吉くんには全然届かない。
『私の気持ちは…』
分かってもらえない…。
そう思うと、悲しさがこみ上げてくる。
『…私の気持ちは、日吉くんには関係ないでしょ?』
「…!」
すぐそばにいる日吉くんが息をのんだのが分かった。
『私が佐伯さんを好きだとしても、日吉くんには関係ないことだよ?
なのにどうしてそんなこと言われなきゃいけないの?』
知ってほしい。
聞いてほしい。
分かってほしい。
本当はそう思っているのに、自分の口から出てくるのはそんな思いとは正反対の言葉ばかりだった。
『べつに日吉くんに分かってもらえなくてもいいよ。
でも私は佐伯さんには分かってほしいから、謝ってくる。それじゃあ』
私は建物の中に戻ろうと、歩きだそうとした。
「待てよ」
だけど日吉くんの言葉がそれをさえぎった。
聞く耳をもたずに行こうと思えば行けた。
それをしなかったのは、引き留めてほしいという思いが私の心のどこかにあったからかもしれない。
『……』
複雑な気持ちで無言のまま振り返ると、日吉くんは静かに話し始めた。
「なんでお前がそこまでするんだ。
佐伯さんに謝って、お前に何の得がある」
聞いてくれようとしてる…?
……分からない…。
でも…。
『…日吉くんの邪魔をしちゃったから』
私は今度はちゃんと本当のことを話そうと思った。
もうさっきみたいな気持ちにはなりたくなかった。
.