合同合宿編
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「本当にごめんね。
柑橘類は苦手だって、ちゃんと伝えればよかった」
『いえ、大丈夫です!』
あれから私はオレンジジュースを持って戻った。
でも佐伯さんは柑橘類が苦手らしくて、もう一度厨房に行くことに。
うーん…。
苦手なものありますかって、最初にしっかり聞いておくべきだったなぁ。
私って、本当に気が利かない…。
『すみません、遅くなりました。りんごジュースです』
「おいしそうだね、ありがとう。
でも…本当にごめんね。もうひとつだけお願いしてもいい?」
『あ、はい。何でも言ってください』
「ありがとう。
それじゃあ悪いんだけど、氷を入れてきてもらえるかな」
『氷ですね、分かりました!』
氷か、なるほど…。
今日はちょっと暑かったし、冷たいのが欲しかったんだな。
これもちゃんと聞いておけばよかった。
「あ…、何度もごめん。
氷、もう少したくさんあったほうがいいかな」
『えっ。
そうですか…、すみません』
今度は氷の量が少なかったみたい。
はぁ…。
飲み物ひとつ、まともに用意できないなんて。
情けないな、私…。
忍足先輩は必要な資料をすぐ用意できちゃうのに。
…って、忍足先輩と比べるなんて、先輩に失礼な話だけど…。
と、とにかく今はもう一回厨房に……。
―――――バンッ!!!
そのとき、辺りに大きな音が響きわたった。
それは、日吉くんがテーブルを思いきり強く叩いた音だった。
すぐそばにあるコップの中のお茶が、振動で揺れている。
「…いいかげんにしてくださいよ」
今までに聞いたこともないような日吉くんの声が、静かに広がっていく。
いつもと全然違う声。
静かなのに…強くて、なんだか怖い。
「黙って聞いていれば、あれこれくだらない注文をつけて…。
こいつはあなたのロボットじゃないんですよ」
……!!
もしかして……私のことで、怒ってるの…?
「俺は名無しさんのことをロボットだなんて思ってないよ。
だけどお手伝いしに来てくれてるんだし、これくらいいいんじゃないかな」
普段と違う日吉くんに、私は何も言えずにただ立ち尽くしていたけど、佐伯さんはいつもと変わらない様子でサラリと言い返した。
「“これくらい”……?」
そんな佐伯さんとは反対に、日吉くんの表情はどんどん険しくなっていく。
「…こいつは確かに手伝いで来ているから、俺やあなたみたいにテニスをしてるわけじゃない。
だけど手伝いのやつらだって、朝早くから暗くなるまでずっと動きまわってる。
もしかしたら、俺たちより疲れているかもしれない。そのうえ、こいつは……」
テーブルの上に置かれたままの日吉くんの手に力がこもって、かすかに震える。
「…初めて来る場所、初めて会う人間、初めてする仕事…。
そんな初めてだらけに囲まれた時間が、どれだけ身体と精神を疲弊させるか…。
あなたはそんなことも分からないのか」
……っ。
日吉くん………。
「……………。
…それを、君が言うの?
一体どの口が言ってるんだろうね」
その瞬間、鳥肌がたったみたいに身体中がザワザワした。
その声は間違いなく佐伯さんの声のはずなのに、こんなに近くで聞いていたのに、佐伯さんから出てきた声だということを疑いたくなるほど威圧感がある声だった。
「今のセリフ、君にだけは言われたくないな。
君にそれを言う資格があるとも思えないしね」
私の知ってる佐伯さんは、大人っぽくて穏やかで爽やかで…。
怒ったり不機嫌になったりしてるところを想像することすらできないくらいだったのに。
今の佐伯さんは、まるで別人になったみたいにまとう空気まで違う。
日吉くんは押し黙ったままで、それでも佐伯さんから視線を外さずにいた。
「まさかとは思うけど、俺が何も知らないと思ってるわけじゃないよね」
……?
佐伯さん…何のこと言ってるんだろう。
「君は自分の本音を俺にぶつけてる場合じゃないだろ。
相手、間違えてるよ」
「…!」
日吉くんの顔に戸惑いの色が浮かぶ。
「自分の非を棚にあげて、よく他人を責められるな。
そんなことしてる暇があるなら、君がなすべきことをするんだね」
大変なことになってしまった。
そこでようやく、私は事態を飲み込みはじめた。
私が来るまで、二人はやっぱりテニスのことを話していたみたいだった。
テーブルの上に置かれたノートにそれらしい事が書かれているのが、チラリと見えたから。
この場所を選んだのも、ここが静かで話に集中できるからなんだと思う。
二人とも、この合宿での大切な時間を使って、大切な話をしていたんだ。
それを私が…。
私が…壊してしまった。
「へぇ、何も言い返さないんだ。まぁ、それも当然かな。
だって君が一番よく分かってるはずだからね。
…自分が、何をしたのか」
「…っ、そんなこと……」
「そんなこと…何?
言いたいことがあるなら言ってみなよ、ほら」
佐伯さんは鋭い目を日吉くんに向けたまま、淡々と話し続ける。
対称的に、日吉くんはどんどん苦い表情になっていった。
…どうしよう……どうしよう…。
どうしたらいいの?
一体、どうしたら……。
どうしたらいい?
ああ………。
頭の中がごちゃ混ぜになって、考えがまとまらない。
「そんなこと…言われなくても……」
「何?聞こえないな」
……謝らなきゃ。
とにかく、二人に謝らなきゃ。
大切な話の邪魔をしたこと、謝らなきゃ……。
心の中でやっとそう思った、そのときだった。
「――うるさい!!!」
辺りに、日吉くんの叩きつけるような大きな声が響いた。
反射的に身体がビクッと震える。
日吉くんはキッと佐伯さんをにらみつけると、乱暴に席を立った。
「そんなこと、あんたには関係ない!!」
私はただぼう然とその場にいるだけで、何もできなかった。
日吉くんも佐伯さんもテーブルを挟んでお互いを刺すような目で見ていて、他に誰もいないこの空間がシンと静まりかえる。
そのとき、突然手首に鈍い痛みが走った。
それが日吉くんに強く掴まれたからだと気づいたときにはもう、日吉くんの視線は私に向かっていた。
「行くぞ」
強い視線に、強い声に、驚いて声がでない。
するとすぐに答えが返ってこないことにしびれを切らしたのか、日吉くんは眉間にしわをよせて私の腕を引っ張った。
「いいから行くぞ、来い!」
『あっ』
止める間もなく、日吉くんが動き出す。
『ちょっと待って、日吉くんっ』
今の日吉くんが私の言葉に聞く耳を持ってくれるはずもなくて…。
私はそのまま、その強い力に引っ張られていくしかなかった。
『佐伯さん、すみませんっ…!』
途中で振り返ってなんとかそれだけ言ったけど、視界の隅の佐伯さんがどんな表情をしていたかまでは、うかがい知ることが出来なかった。
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