合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
…えーっと、佐伯さん、佐伯さん…。
私は今、六角の佐伯さんを探して歩いている。
なぜかというと、夕食の後片付けが終わった少し後のこと…。
――――――――
「ああ、ななしちゃん、ちょうどええところに」
『忍足先輩。何か用ですか?』
「後片付けで疲れとるところ悪いんやけど、これ六角の佐伯に渡してきてくれへん?」
『佐伯さんですね。はい、分かりました』
「すまんなぁ。
俺が自分で行けばええねんけど、他に用があって」
『いえ、大丈夫です。気にしないでください』
―――――――――
…ということがあったのだ。
この後小坂田さんと竜崎さんと一緒にお風呂に行く予定があるけど、それにはまだまだ時間があるし、忍足先輩が困ってるみたいだったから引き受けたけど…。
先輩から預かった、何かの資料らしきものが入ったクリアファイルを見つめる。
…ちゃんと渡せるかなぁ。
忍足先輩の話によると、佐伯さんは今部屋にいないらしい。
一度部屋を訪ねたら留守で行き先を同室の人から聞いたけど、そこまで行く時間がなくてちょうど通りかかった私にたくすことにしたみたいだった。
できるだけ早く本人に渡したいものらしいから、きちんと届けなきゃ。
忍足先輩から聞いた場所は、みんながよく行き交う辺りからは少し離れた場所だった。
どうしてあんな所に、と考えかけたけどすぐに止める。
…詮索するなんて、失礼だよね。
そんなことより、急ごう。
私は早足で佐伯さんのいるらしい場所へと向かった。
目的の場所に近づいてきたとき、かすかに誰かの話し声が聞こえてきた。
あ、佐伯さんかな?
誰かと一緒だったんだ。
そこはきのう一年生の会のみんなと使ったのと同じような場所だ。
ソファーセットがいくつも置かれている場所。
でもこの建物の中の生活圏からは少し遠いから、この時間帯にはあんまり人がいないはず。
佐伯さんだといいなと思いつつ、私はそこにいる人に目を向けた。
すると視界に入ってきたのは何かを真剣な様子で話し合っている二人の人影で、一人は確かに佐伯さんだった。
そのことにホッとした次の瞬間、身体中が一瞬にして固くなる。
もう一人が日吉くんだと気がついたから…。
「あれ?名無しさんだ。こんばんは」
「…!」
佐伯さんの言葉で私に気づいた日吉くんは、ほんの一瞬私を見て、すぐに目をそらした。
…目をそらされた、たったそれだけのこと。
そう、これまでだって何度もあったことなのに、今の状況なら十分想像できることなのに、悲しくて胸が痛くなる。
…まさか、こんなところで会うなんて。
どうしよう…、心の準備が…。
でも、忍足先輩から預かったこのファイルはきちんと渡さないと。
…そうだよね、これさえ渡せたらすぐにここを離れればいいんだし、落ちつこう。
私は二人に悟られないように静かに深呼吸をしてから、佐伯さんにファイルを差し出した。
『佐伯さん、これ忍足先輩から佐伯さんに渡してほしいって言われて預かってきました』
佐伯さんは私の手からファイルを受けとると、優しくほほえんだ。
「それでここまでわざわざ?
ありがとう、助かったよ」
『いえ…』
ファイルの中の資料を取り出して、素早く目を通す佐伯さん。
その途中、気のせいか少しだけ笑ったような気がした。
……?
忍足先輩から内容については聞かなかったけど、大事なものみたいだったし、てっきりこの合宿に関わる資料だと思ってたんだけど…違うのかな?
不思議に思っていた私に答えるように、佐伯さんが説明してくれた。
「午後の練習中に忍足と話してて少し気になったことがあったんだけど、それに関する資料をさっそく用意してくれたみたいだ。
早めに確認したかったから、本当に助かったよ。ありがとう」
『いえ、役に立てて良かったです』
そっか、やっぱりそうだったんだ。
さっき笑ったのは、忍足先輩の仕事が想像以上に速かったから…とかかな?
…とにかく無事に渡し終わったし、もう戻ろう。
『それじゃあ、私はこれで失礼します』
…ふぅ。
なんとか冷静にふるまえた…よね?
よかった…。
私は二人に向かって小さく頭を下げると、もと来た方向へと踏み出した。
「あ、ちょっと待って」
だけど、すぐに佐伯さんに呼び止められた。
足を止めて振り返ると、佐伯さんが少し申し訳なさそうに話を切り出した。
「名無しさん、今少し時間ある?」
それから私は、今度は厨房に向かうことになった。
佐伯さんから、何か飲み物を二人分持ってきてもらえないかと言われたからだ。
それはそうだよね。
あんなに熱中して話し込んでたら、喉も渇くよ。
またまた早足で急ぎながら、何にしようかと考える。
何でもいいって言われたけど、もしかしたら苦手なものとかあるかもしれないし、無難なのにしたほうがいいよね。
となるとやっぱりここは…お茶、かな?
水でもいいけど、ごはんのときにも出してるあのお茶、すごくおいしいし。
厨房で二人分のお茶を用意した私は、落としたりしないように気をつけつつ、急いで二人のところに戻った。
『すみません、お待たせしました!』
持っていたお盆から二人の前にお茶を置こうとした。
すると、佐伯さんから少し遠慮がちに声がした。
「あ…、ごめん。それ、お茶だよね?
食事のときにも飲んだし、できれば違うものがいいんだけど…」
『あっ、そうですか。
すみません、気がつかなくて…』
そっか、飲みなれてるから逆に違うものが飲みたいんだ…なるほど。
『分かりました、すぐ別のものを持ってきます』
「ごめんね」
『いえ、大丈夫です』
そのとき、お盆がふっと軽くなった。
あれ…?
不思議に思って手もとをみると、いつの間にかお盆の上のコップがひとつ減っていた。
「…俺はこれでいい」
その声で、日吉くんが取ったんだとようやく気がつく。
見ると、日吉くんは一口お茶を飲んで、静かにテーブルに置いた。
久しぶりに日吉くんの声を聞いたような気がする。
実際にはそんなに時間がたってないのに。
本当は日吉くんも違うものがいいのかもしれない。
だけど、それを日吉くんに確認する勇気は、今の私にはもう残ってなかった。
もう一回厨房に向かいながら、私は合宿に来たばかりのときにあった出来事を思い出していた。
跡部先輩に頼まれて、私は日吉くんと二人で荷物を運んだ。
あのときも日吉くんは私の手から荷物を取ってくれた。
そして腕に感じていた重さが軽くなった。
今だって…同じ。
日吉くんがコップをひとつ、取ってくれたから…だから軽くなった。
その軽さが、日吉くんの優しさを感じさせる。
思い出させる。
胸が…痛くなる。
…ダメだ、今はこんなこと考えてる場合じゃない。
私は込み上げてくる思いを押し込めて、足を進めた。
.