合同合宿編
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*室町side
やっぱりというか、何というか…。
……どうも俺は、理詰めにいろいろ考えてしまうきらいがあるようだ…。
名無しさんとのこと、千石さんとのことを考えているうちに、食後の休憩には十分すぎる時間がたっていた。
もともと自覚はあったけど、俺は一度考えだすとついあれこれと考え込んでしまうところがある。
それを真面目で思慮深いと、友達や先輩たちは良いように言ってくれるけど…。
テニスでも悪いほうに作用することもあるし、ほどほどにしないと駄目だなとは常日頃から思っている。
思ってはいる、けど。
そんなに簡単にはコントロールできない。
思考の切り替え、とでもいうんだろうか。
千石さんはそれもうまい。
技術だけじゃなく、そういうところもあの人の強さのひとつだ。
今朝名無しさんと練習するとき使ったコートに、なんとなく視線が向かう。
…テニスは面白い。
強い相手と試合をしていても、名無しさんみたいな初心者に教えていても、観る側にいるときでも、こんなに面白いものはなかなかないとつくづく思う。
だからこそ、強くなりたいと思う。
先輩たちと、みんなと一緒に、俺はもっと強くなる。
…なんて、普段言葉にはしないけど。
俺の柄じゃないし。
だけど、いつも思っている。
俺たちは全国へ行く。
そして、全国でも勝ってみせる。
「誰かと思えば、室町じゃねぇの」
……っ!
急に聞こえてきた声に、ギクリとする。
「一人で考え事か?」
「ええ、まぁ…そんなところです」
俺は声の主である跡部さんに答えた。
隣には樺地もいる。
……やっぱり考え込むのはほどほどにしないと。
二人が近づいてきてる気配にも気がつかなかったとは…。
「その考え事は終わりそうか?」
ひそかに落ち込んでいた俺に、続けざまに質問が投げかけられた。
だけど、意図がよく分からない。
「もし終わりそうなら、お前もコートへ来い。俺たち氷帝は今から練習をする。
とはいえ自由参加だからな。何人来るかは分からねぇが」
「練習…ですか。
でも、いいんですか?他校の俺が加わっても」
「構わねぇ。なぁ、樺地」
「ウス」
「まあ、無理にとは言わねぇ。
すぐそこのコートだ。気が向いたら来い」
「分かりました。ありがとうございます」
俺の答えを聞くと、跡部さんはじゃあな、と言ってその場を離れようとした。
…けど、すぐに立ち止まって振り返った。
「俺様としたことが、肝心なことを聞き忘れてたぜ」
……?
肝心なことって、何だ?
「あいつは何か迷惑かけたりしてねぇか」
「あいつ…?」
「名無しだ」
…俺の気のせいだろうか。
名無しさんの名前を口にする跡部さんの声の感じが、それまでとは少し変わったような…。
「室町、お前には名無しがずいぶん世話になってるだろう。
あいつをここへ連れてきたのは俺だからな、あいつの行動の責任は俺にもある。
何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「…分かりました。
でも俺は名無しさんに迷惑をかけられたことはありませんし、世話をしてるつもりもありません。
その点はご心配なく」
「そうか。
そう言ってもらえると助かるぜ」
…やっぱり。
名無しさんの話題になってから、雰囲気が変わった。
「俺の話は終わりだ。
行くぞ、樺地」
「ウス。
…名無しさんのこと…、よろしく…お願いします」
「え?…あ、あぁ」
……なんかよく分からないけど、よろしくお願いされたぞ…。
去っていく二人の後ろ姿を、ただなんとなく見つめる。
今まで氷帝と練習試合や合宿、大会で何度も一緒になる機会はあった。
その中であの人たちが女子を伴っていることは一度もなかったし、先輩たちも見たことがないと言っていた。
名無しさんはそういう意味では稀有な存在で。
氷帝の人たちの輪の中にも、本当に自然に存在していて。
だけど、跡部さんのことだ。
何か合理的に考えた場合の利点があって連れてきたんだとばかり思っていた。
でも…。
こう言ったら失礼かもしれないけど、俺が見るかぎりでは名無しさんが特別何かに優れているとは思えなかった。
短期間だから見落としているだけかとも思ったけど、そもそもこの合宿は短期間で終わるわけだから、その間に発揮できないなら意味がないし。
だから跡部さんが、あの人たちが名無しさんをここに連れてきた理由がいまいち掴みきれなかったけど…。
さっきの跡部さんの様子と樺地の言葉から察するに、もしかすると………。
「お!
ほら見ろ、やっぱり室町だっただろ?」
「本当だ、お前すげぇな」
……っ!
突然聞こえてきた声に、またギクリとする。
慌ててそっちに顔を向けると、そこには向日さんと宍戸さんがいた。
「よくあんな遠くから分かったな」
「フフン、この俺のジャンプ力と観察力をなめるなよっ」
「いや、ジャンプ力はともかく観察力はねぇだろ」
「なっ!
くそくそ、宍戸!」
……………………。
こんな騒がしい人たちの接近にも気がつかないとは…。
やっぱり考え込むのはほどほどにしないと…。
「お二人とも、練習に参加するんですか?」
軽く落ち込みつつ、俺は二人に声をかけた。
「あれ?
なんでお前知ってるんだ?」
「さっきここで跡部さんと樺地に会ったんですよ」
「へー。
あ、そうだ!お前も来いよ、一緒に練習しよーぜ!」
「えっ」
「そりゃいいな、歓迎するぜ」
「…どうもありがとうございます。
跡部さんからも声をかけてもらいましたし、後でうかがいます」
……………………。
この人たち、こんな感じだったかな。
俺が二年だからっていうこともあるだろうけど、もう少し、こう…距離がある感じがしてたような…。
「そうか、分かった。
じゃあ待ってるぜ」
そう答えながら、気さくな笑顔を見せる宍戸さん。そして向日さん。
今までに持っていた印象と少し違う氷帝の人たち。
これは俺が持っていた印象が間違っていたんだろうかと考えていると、向日さんが意外なことを言い出した。
「そういえば俺、室町に言いたいことがあったんだった。
室町、ななしと友達になってくれてサンキューな!」
「えっ」
「ああ、それは俺からも言わせてくれ。
ありがとな、室町」
そう言う二人の顔が本当に嬉しそうで、俺はさっき出かかった結論がやっぱり正しかったと確信した。
氷帝の人たちが名無しさんと一緒にいるのは、何か合理的な利点があるからじゃない。
そして今までと印象が違うと感じたのも、きっと同じ理由だ。
「今だから言うけどよ、あいつこの合宿に参加することになってからずっと心配してたんだ。
手伝いのことだけじゃなくて、他校のやつらとうまくやれるかって」
「え、そうなんですか?」
宍戸さんの口から聞いた意外な事実に、思わず驚いてしまった。
すると、おかしそうに向日さんが笑いだす。
「アハハ、意外だろ?
だよなー、結局あっという間にいろんなやつと仲良くなってるし。
けど、本当なんだぜ?すげー不安そうな顔してた」
「そうだったんですか…」
「俺たちは名無しなら大丈夫だって思ってたし、本人にもそう言ったんだけどな。
それでも実際にあいつが楽しそうにしてるところを見るまでは、やっぱり少し心配だったんだよ」
「けど一年のやつらとか、あとお前とか天根と話してるときは、特にななし、すげー楽しそうだしな!
だからよかったなーって、みんなで話してたんだぜ?」
………………………。
ふふ、と思わず笑みがこぼれた。
…名無しさん、すごいな。
「?
室町、どうした?」
不思議そうに俺を見る二人。
「いえ、すみません。
名無しさんは氷帝の皆さんから大切に思われてるんですね」
そうだ、何も複雑に考えることはなかったんだ。
理由は簡単だった。
「えっ?
あ、まぁ…そ、そうだな。
名無しは…学校でもよく俺たちと一緒にいるしな。それがもう当たり前みたいになってるっていうか…。
な、なぁ?」
「ま、まーな。
ななしは後輩だし女子だし…、男としては守ってやらねーとって感じで…。
それにあいつが元気ないと、なんか…ちょっとイヤなんだよな。つまんねーし」
宍戸さんと向日さんは顔を赤くしてしどろもどろになりながら、名無しさんとのことを話した。
…やっぱり、考え込むのはほどほどに、だな。
単純なことが見えなくなる。
氷帝の人たちが名無しさんと一緒にいるのは、ただ名無しさんのことが好きだからだ。
そして印象が違うと感じたのは、そんな名無しさんがこの合宿で関わることが多い人間のうちの一人が、俺だから。
自分たちにとって大切な存在が親しくしている相手だから、無意識のうちに接し方が柔らかくなっているんだ。
「えっと…。
と、とにかく、あれだ。
お前さえ良ければ、これからも名無しと仲良くしてやってくれ。
お前にはずいぶん気を許してるみたいだからな」
まだ少し気恥ずかしそうに宍戸さんが話した。
それに向日さんが続ける。
「そーだな。
ななしって面白いし、すげーいいやつなんだ。
だから、合宿終わってもあいつと友達でいてくれると嬉しいぜ」
「はい、もちろんです」
俺の返事を聞くと、宍戸さんと向日さんは安心したように笑ってコートへと向かっていった。
一人残った俺は、宍戸さんと向日さんから言われたことを思い出していた。
あの二人から見ると、俺と名無しさんは仲がいい友達同士に見えているらしい。
変に否定するのも逆に妙だし、さっきはそのまま流した受け答えをしたけど…。
俺って名無しさんと友達なのか…?
学校の女子とは機会があれば普通に話すけど、いわゆる女友達と言えるような存在はいない。
どこからが友達かなんて、相手が男なら考えたりしないのに。
それが女子となると、途端に考えてしまう。
…不思議なものだな。
だけどたぶん、こんなふうに考えたりする時点で、友達じゃないんだろう。
友達なんて、いちいち条件をつけたり確認したりしなくても、いつのまにかそうなっているものだし。
そもそも名無しさんは、俺と友達だなんて全然思ってないだろうしな。
宍戸さんと向日さんが言っていた、他校の人間とうまくやれるか心配してたってこともふまえると、同学年だっていうこともあって単に話しやすいから、よく話しかけてくれるんだろう。
俺は…。
俺も、名無しさんとは話しやすいし、一緒にいると楽しいとも思うけど。
……………………。
友達……か。
この合宿が終わってもまた会って同じ時間を過ごすなら、そのうち名無しさんのことをそう思うようになるときが来るのかもしれない。
そこで思考を断ち切って、俺は立ち上がった。
氷帝の練習に加えてもらうためだ。
そのとき、ちょうどコートに跡部さんたちが出てきた。
どうやら参加者はさっき会った四人と、芥川さん、鳳の六人らしい。
忍足さんと日吉の姿はない。
俺が見ているのに気づいた跡部さんが、俺に向かって軽く手を上げる。
それに俺はうなずき返して、歩き出した。
…名無しさんは知ってるのかな。
この人たちは本当の仲間だってこと。
名無しさんはこの人たちに本当に大切に思われてるってこと。
…なんて、クサいこと考えてるな、俺。
自分の深読みを心地よく裏切ってくれた繋がりに間近に触れて、影響されたのかもしれない。
らしくないなと思いながら、嫌な気分でもない。
そんな不思議な充実感を覚えつつ、俺は歩を進めた。
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