合同合宿編
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「まぁ、言わないだけで思ってる人はいるかもしれないけどね」
『そ、そうでしょ?そうだよ…』
はぁ…。
そうなんだよね…。
言われないからって、思われてないとは限らないし。
だけど、きのう会ったばかりの越前くんとか六角のみんなにまでこの短期間で嫌な思いさせてしまうのは、さすがにイヤ…。
「…ねぇ。
そんなどっちだか分からないことより、はっきりしてることを気にすれば?」
『?
はっきりしてること?』
「アンタが今ここにいるのがその証拠だと思うけど」
『?』
すぐには意味が分からなくて私が首をかしげると、越前くんは大きなため息をついた。
「…知らなかった。
氷帝の人達って、変な趣味もってるんだね。
いつも迷惑かけてきて、気を遣ってあげないといけないような面倒な人をわざわざ合宿に連れてくるんだ。そもそもテニス部員でもないのに」
あ……。
そのとき、跡部先輩の声が聞こえてきたような気がした。
――“くだらねぇこと考えるんじゃねぇぞ”
――“お前をこの合宿に呼んだのは誰だ”
――“俺を信じろって言ってるんだよ”
それは私が日吉くんとのことで悩んで、合宿に来なければよかったんだと考えてしまったときに、跡部先輩がかけてくれた言葉だった。
そっか、そうだった…。
あの時、跡部先輩のこと信じようって思ったのに。
…ううん、それだけじゃない。
テニス部のみんなも学校の友達も、私のことを受け入れてくれて仲良くしてくれる。
なのに、私…。
悪いほうに考えすぎてたな…。
…………………。
越前くんはきっと、励ましてくれたんだよね。
言い方はそっけないけど…。
『越前くん、ありがとう』
「何のこと?
俺、アンタにお礼言われるようなこと何もしてないけど」
返ってきた反応は今度は予想通りで、私は思わず少し笑ってしまった。
『いいんじゃない?
おとなしく感謝されてれば』
「…!」
一年生の会のときに越前くんが言ってくれた言葉を、小さなイタズラ心からそのまま返してみた。
すると越前くんは驚いたように私を見たけど、しばらくすると楽しそうにかすかに笑った。
「言うじゃん」
『言ってみました』
なんだかおかしくなって二人で少し笑った後、越前くんが言葉を続けた。
「アンタがひどい顔になった理由もマシな顔になった理由も、聞いたところで俺には関係ないことだろうから聞かないけど…、まぁ良かったんじゃない?」
『え?』
「俺でも気がついたくらいだから、他にも気づいた人いるだろうしね。
アンタのこともっとよく知ってる人なら尚更」
『うん…、そうだね』
「そういう人達も、マシになった顔見て安心したんじゃない?
良かったね、顔に全部出るのが役に立って」
『う…うん。そ、そう…だね』
…これは一体どう受けとめればいいんだろう。
喜ぶべきか悲しむべきか……。
…って、あれ?
今、越前くん、“そういう人達も”って言った?
ということは……もしかして?
『…ねぇ、越前くん』
「何?」
『越前くんも私のこと、心配してくれてたの?』
「……は?!」
越前くんの大きく見開かれた目が私を凝視する。
『だって今、他の人達も安心したんじゃないかって、越前くん言ったよ?
それって越前くんも安心したってことでしょ?つまり心配してくれてたんだよね?ね、ね?』
言いながら詰め寄ると、越前くんは私から目をそらして帽子を目深にかぶり直した。
だけど耳と頬がうっすらと赤いのは隠しきれてない。
それが私の質問に対する答えみたいな気がして、嬉しくなった私は越前くんの腕をツンとつついた。
「ちょっ!」
『越前くん、やっぱり可愛い!』
ますます赤くなる越前くん。
「バッ、バカじゃない?
ていうか、やっぱりって何」
『うん、あのね?
実は前から可愛いなって思ってたんだー!
でも怒られるかなと思って言えなかったんだよっ!』
「!」
『越前くん、心配してくれてありがとう!
私、すっごく嬉しいよ!』
越前くんは私の言葉を聞いて、一瞬固まったけど…。
「…フン。調子に乗りすぎ」
相変わらず目はそらしたまま、そう言った。
「ついさっきまで無意味にネガティブだったくせに、今度は無意味にポジティブだし」
『越前くんのおかげだよ!』
「……うっとうしい。面倒くさい。いい迷惑」
『いいもーん。
何て言われても、越前くんが心配してくれてたのは事実だもーん』
どんなに言葉がきつくても、それを言うときの越前くんの表情が、すねてるような照れてるようなそんな表情だから、全然嫌な気持ちにならない。
嬉しくて楽しくて、つい調子に乗って越前くんをからかっていると、越前くんは諦めたようにため息をついた。
「…まぁ、いいけど。
あのひどい顔よりは今のうっとうしい顔のほうがマシだし」
『うん。
…本当にありがとう、越前くん』
「今の、お礼言うところ?…なんでそんなに嬉しそうなわけ」
『だって嬉しいんだもん』
「……単純」
『エヘヘ~』
「褒めたわけじゃないんだけど。でも……」
あきれたような様子だった越前くんは、一旦言葉を区切ると、私をじっと見た。
「アンタみたいな人だから、あの人達も一緒にいるのかもね」
越前くんの言うあの人達というのが、氷帝テニス部のみんなのことだとすぐに分かった。
みんなと一緒にいるときの暖かな気持ちが自然と胸に広がる。
そして、越前くんがそんなふうに言ってくれたことを嬉しく思った。
『…ありがとう』
「そればっかりだね」
『そればっかり思うんだもん』
「…あっそ」
諦めたようなため息が越前くんからもれる。
それがなんだかおかしくてつい吹き出してしまうと、越前くんも小さく笑った。
…あ、もうこんな時間だ。
時計を見ると、そろそろ休憩時間が終わるころだった。
もう行かなきゃ。
というか私、試合ほとんど見てなかったな。
せっかく桃城くんが声かけてくれたのに、悪いことしちゃった。
そんなことを考えていたとき、コートの中からよく通る大きな声が聞こえてきた。
「おーい、名無し!
今の見てたか?俺のジャックナイフ!」
桃城くんはものすごく自慢げだ。
だけど…。
『ね、ねぇ、越前くん。
ジャックナイフって何?ナイフの種類かな?』
私には何のことを言ってるのか分からなかった。
だから隣にいる越前くんに小声で聞いてみると、またまたあきれたようなため息が返ってきた。
「…そんなわけないでしょ。なんでこの状況でアンタに自慢げにナイフ見せるのさ。それじゃただの危ない奴じゃん」
『そ、そうだよね』
「ジャックナイフっていうのはテニスの技だよ。桃先輩の得意技」
『あ、そうなんだ。知らなかった』
チラリとコートにいる桃城くんを見ると、得意げな笑顔。
ちょっと胸が痛むけど、見てなかったと正直に言おう…。
『ご、ごめんね、桃城くん。見てなかった…』
「えー!?マジか!」
『うん、マジ…。ごめん…』
「あらら~。
残念だったね、桃城くん。まぁ元気出しなよ」
肩を落とす桃城くんに千石さんが声をかけた。
すると、私の隣からすかさず冷静な越前くんの声が割り込んだ。
「千石さん、この人アンタのことも見てなかったよ」
「え!名無しさん、ホント?」
千石さんの少し悲しそうな目が私をとらえる。
『す、すみません』
「うぅ、アンラッキー…」
私はまたまた小声で越前くんに詰め寄った。
『ちょっ、越前くん!
なんでそんなこと言っちゃうの?!』
「本当のことじゃん」
『確かにそうだけど!』
「テニスの技のこと、ナイフの種類だと思ったくせに」
そう言って、楽しそうに肩を揺らす越前くん。
「アンタの下手な嘘じゃ、バレるのも時間の問題だしね」
『うっ…。
容赦ないね…、越前くん』
「そう?」
越前くんて年下なのに、私よりずっと冷静だな…。
…って、のんきに考えてる場合じゃなかった。
もう休憩時間が終わっちゃう。
仕事に戻ることを桃城くんに伝えると、なぜか桃城くんは越前くんに文句を言い始めた。
「越前、第一なんでお前が名無しとしゃべってるんだよ!
こいつは俺が呼んだんだぜ?」
「さぁ。
先輩達の試合がつまらなかったのかもね」
「なにをー!
生意気だなー、生意気だぜ!」
コートからの桃城くんの大きな声をものともせず、涼しい顔の越前くん。
…うーん。
やっぱり大物かも。
「ねぇ、早く戻らなくていいの?」
『あ、そうだった。
じゃあ私、もう行くね』
「うん」
『試合、がんばってね』
「どうも」
結構たくさん話して、ちょっと意外な一面も見せてくれたりして、少しは仲良くなったのかな?なんて思ったりもしてたけど…。
…ふふ、やっぱりそっけない。
だけど、なんだかそれも越前くんらしいかも。
『それじゃ、またね』
私は越前くんに笑顔で手をふった。
そこにはほんの少しだけ、手をふりかえしてくれるかもしれないっていう期待もこめてたんだけど…。
チラリと私を見た越前くんから返ってきたのは小さな会釈で、その目は試合が再開されたコートへとすぐに向かってしまった。
…………………。
…本当は試合が見たかったのに、私の話に付き合ってくれたんだろうな。私のことを心配してくれてたから…。
…ごめんね。
でも、ありがとう。
『…よしっ!』
小さな声で気合いを入れ直して、私は次の仕事場所へと走り出した。
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