合同合宿編
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木更津さんに誘ってもらって、私は何年ぶりかに木のぼりをした。
最初に声をかけられたときはどうして突然そんなこと言うんだろうとは思ったけど、あんまり深く考えてなかった。
木更津さんっていつ見ても涼しげな顔してるし、心の声を聞かれちゃうし…ってこれは私だけかもしれないけど。
実際のぼる途中で私が止まっちゃったときも、私の気持ちを分かってくれて、すぐにからかって…じゃなかった、助けてくれたし。
とにかくなんだか少しミステリアスな人で、だからただの気まぐれかなぁ、なんて思ってた。
でも…。
――“大丈夫?”
そう言われたとき、木更津さんの顔を見て、何のことを言ってるのかすぐに分かった。
だってそのときの木更津さんは、それまで私が見たことのない、本当に心配そうで悲しそうな顔をしていたから。
木更津さんがそんな表情になって私に大丈夫かって聞いてくるようなことなんて、ひとつしか心当たりがなかったから…。
本当は何回聞かれても、大丈夫だって答えるつもりだった。
木更津さんにはただでさえ日吉くんといたときに気を遣わせてしまっていたし、六角のみんなとは楽しく過ごすってもう決めてたし。
だけど大丈夫だって言葉にするたび、本当は大丈夫じゃないってことがはっきり分かって…。
結局木更津さんに打ち明けることになってしまった。
木更津さんは私が傷ついていること、隠したいと思っていることを知ってて無理矢理こじ開けたって言ってた。
そのことを謝られたけど、私は全然怒ったり嫌な気持ちになったりなんかしなかった。
むしろ、木更津さんが心配してそこまでしてくれたことに驚いて、胸がいっぱいになった。
.
私は自覚してなかったけど、あの出来事を一人で抱え込もうとしていたことは想像以上に負担になっていたみたいで…。
木更津さんに打ち明けると、びっくりするくらいに気持ちが軽くなった。
大丈夫だって言葉にしても、もう平気だった。
もちろん、日吉くんとのことが何か解決したわけじゃない。
悲しい気持ちになるのは変わらない。
でも、私がそういう気持ちでいることを木更津さんが知ってくれている。
そう思うだけで、すごく救われた。
木更津さんは私がこんなふうに感じることができるように、話がしやすいように、みんなから少し見えづらくなる木のぼりに誘ってくれたんだなって、そのときやっと分かった。
そして、すごい人だなと思った。
私が少なくとも最初は本音を言わないって分かってて、それでも私のために動いてくれたんだから。
もしかしたら最後まで本当のことを言わないかもしれないし、そもそも私がどんなふうに受け止めるか分からないのに…。
みんなと一緒にいて、みんなのおかげで私はずいぶん元気になれたけど、それでもまだ心に残っていた強がりを木更津さんは取り除いてくれた。
木更津さんにはことあるごとにからかわれてるような気がしてたし、つかみどころもなくて…。
だから六角のみんなの中で、一番どんな人なのかよく分からないなと思ってた。
でも今日のこの時間のおかげで、たくさん知ることができた。
木更津さんは人の気持ちをすごく思いやる人で…、ちょっとだけ意地悪で、でも本当に優しい人だ。
知り合って間もない私のことを、あんなに真剣に考えてくれるなんて…。
.
「で、二人とも木の上でなに話してたのね?」
「いっちゃん、そんなの内緒に決まってるでしょ」
「あーっ、亮さん隠し事はナシですよっ。
僕たち仲間じゃないですかー」
「クスクス…。
ごめんね、剣太郎」
「ま、しょうがねぇな。
だからとっとと動けって言っただろ」
「俺も、スタートダッシュが肝心だって言った」
「うー…」
「よく分からないけど元気出しなよ、剣太郎」
あれから木更津さんと私は木から降りて、みんなと一緒に過ごした。
みんなは私たちが二人でいたときの出来事を知りたがっていたけど、何があったかなんて木更津さんは微塵も匂わせなかった。
すぐに考えを読まれてしまう私とは真逆の木更津さんに感心しつつ、すっかり気持ちが落ち着いた私はあることを思い出した。
『あ!そういえば!』
.
つい大きな声を出してしまった私に、木更津さんがすかさず言葉を挟む。
「どうしたの、名無しさん。
お腹でもすいたの?」
『すきませんよ!
少し前にお昼ごはん食べたばっかりじゃないですか!』
「クスクス…」
………………。
……ハッ!
や、やられた…!!
クスクスと笑う木更津さんを見て、ようやくまたからかわれてしまったと気づいたけど、時すでに遅し。
肩を落とす私を見て、佐伯さんがため息をついた。
「まったく…。しょうがないな、亮は。
もうすっかり名無しさんのことが好きになったんだね」
「まぁ、否定はしないよ」
『えっ…!』
佐伯さんの言葉をすんなり認めるような木更津さんの反応に、驚いて思わずギクッと…じゃなかった、ドキッとする。
「肯定もしないけどね。
クスクス…」
うっ…!
「ははは、やられっぱなしだな、名無し。
ま、元気出せ」
『黒羽さん…。私、泣きそうです』
隣で優しく肩をポンと叩いてくれる黒羽さんについ嘆いてしまうと、黒羽さんは声を小さくして言った。
「俺は嬉しいぜ?
お前と亮が仲良くなってくれて」
『えっ。どうしてですか?』
つられて私も小声になる。
「お前、亮のこと苦手だっただろ。
だから嬉しいんだよ」
『!
べっ別にそんな、ににに苦手なんてことはっ…』
苦手ってわけじゃないのは本当だけど、ミステリアスな雰囲気だから、なんとなくちょっとだけ近寄りがたいなーとは思ってた。
それを見抜かれていた事実を知って、冷や汗が背中を伝っていくのを感じながら、私は慌てて否定したんだけど…。
黒羽さんはこらえきれないというように大声で笑いだした。
「はははっ!
ヘッタクソな否定の仕方だな、おい」
『わ、笑わないでくださいよ!』
「いやー、そりゃ無理ってもんだぜ。
…っははは!」
『もう、黒羽さん!』
.
黒羽さんはひとしきり笑うと、思い出したように私に尋ねた。
「あ、そういやお前、さっき何か言おうとしてなかったか?」
『あ!そうだった!
ねぇ、天根くん』
「ん?」
『あのね、私が千石さんと会うって分かった理由を教えてくれる約束してたでしょ?』
「あ、ああ…、してたな」
『あれ、教えて?』
この取り引きのことをすっかり忘れてた。
天根くんはあのとき、私が千石さんと会うことを分かった理由のひとつが私の顔だって言ってて、それがどういう顔だったのかをみんなと遊んだら教えてもらう約束だった。
いろいろあったし、そんな取り引きなんて関係なくただ楽しかったから、もう少しで聞くのを忘れちゃうところだったよ。
私が尋ねると、天根くんは心なしか少し気まずそうに目をそらした。
「あれは…まぁ…。
勘ていうか、カマかけたようなものだから」
『えっ、勘?』
「ああ。
お前が赤くなったり青くなったりしてたから、そこから予想してみたんだ。
恥ずかしくてあんまり人に知られたくないことなのかなと。
あとはあのとき話したとおり。状況的に千石さんとのことだろうと思っただけだ」
『そっか、そうだったんだ』
うーん…。
赤くなったり青くなったり、か…。
それで正解を言い当てられちゃうんだもんね。
私って、やっぱり分かりやすいんだな…。
.
「ごめんな」
『え?』
なぜか天根くんが申し訳なさそうに私を見た。
「お前を騙すようなことしたりして、ごめん」
『そ、そんな。
いいよ、謝ったりしないで、天根くん』
本当に謝られることなんて何もない。
天根くんのおかげで私はこうして六角のみんなと一緒に遊ぶことができたんだから。
だけどそんな私の思いとは裏腹に、黒羽さんまで謝ってきた。
「それを言うなら俺も同罪だ。
お前とみんなで遊べるならと思ってダビデの策に乗っちまった。悪かった」
「それなら俺たちもだよ。
名無しさんと一緒に遊べるって聞いて嬉しくて、君の気持ちをちゃんと考えてなかったかもしれない。ごめんね」
黒羽さんに続いて佐伯さんがそう言ったかと思うと、他のみんなまで謝り始めた。
『ちょ、ちょっと待ってください。
私はこんなふうに一緒に過ごせてすごく楽しいし、嬉しいです。だから謝らないでください。
ね、天根くんも』
「む…。だが…」
『私は自分からはみんなに一緒に遊ぼうなんて言えなかったよ。
だから天根くんのおかげ。ありがとう』
「…そうか」
『うん』
「わかった。ありがとう」
『…うん!』
天根くんがほほえんだのを見て、ホッとした。
天根くんのおかげでみんなと一緒に過ごすことができたのに、謝られたら逆に申し訳なくなる。
.
「クスクス…。ダビデのはいい嘘だったってことだね。
名無しさんもさっき、俺たちと会うのはただ嬉しいだけって言ってたわけだし」
『そ、それは…恥ずかしいのでもう言わないでください…』
木更津さんと私のやりとりを聞いていたみんなが笑って、一気に空気が明るくなる。
でもそんな中、葵くんだけはなぜか顔が曇ったままだった。
『…?
葵くん、どうしたの?』
声をかけてみても、表情は変わらない。
「剣太郎、どうした?」
「具合でも悪いのか」
みんなの問いかけに、力なく首を横に振る葵くん。
少しの沈黙のあと、小さな声で話し始めた。
「僕…、寂しくて」
寂しい……?
いつも元気な葵くんの口から出てきた悲しい言葉に、不安になる。
「せっかくこんなに名無しさんと仲良くなれたのに、明日の今頃にはもうお別れしなきゃいけないなんて…」
『え…』
びっくりして、思わず声が漏れた。
「僕、青学と山吹のみんなが羨ましいです」
「氷帝じゃなくてか?」
黒羽さんに聞かれて、葵くんがうなずく。
「だって、青学と山吹のみんなは僕たちと同じなんだよ?この合宿で名無しさんと知り合ったのは同じ。
だけど僕たちだけ遠いから、名無しさんと会えなくなっちゃう」
.
葵くん…、それでそんなに悲しい顔してるの?
私と会えなくなるから?
「関東大会まで行けたらまた会えるって分かってても、逆に言ったらそれまでは会えないんだなって思ったら…僕……」
……………………。
こんなの、初めてだ。
こんなに慕ってくれる男の子なんて、初めて。
その葵くんがすごく悲しんでるのに、私…。
『…ごめんね、葵くん。
私、嬉しい』
すると葵くんはかすかに涙がにじむ目で私を見た。
「えっ…。
僕たちと会えないのが嬉しいんですか…?」
『え!ち、違うよ。そうじゃなくて…。
葵くんがそんなに寂しがってくれるのが嬉しいなって。
そんなふうに言ってくれて、ありがとう』
「名無しさん…」
『ごめんね。葵くんが寂しいのに私は嬉しいなんて。
でも、私も同じだよ。私も葵くんと、みんなと会えなくなるのがすごく寂しい』
「本当ですか…?」
『うん、本当だよ。だからね…』
そう。
こうすれば離ればなれになっても、寂しさも少しはまぎれるよね。
『葵くんさえ良ければ、私と連絡先交換しない?』
「!」
葵くんは目を丸くさせたまま、固まってしまった。
まさか…、やりすぎた?
こんなに寂しがってくれる葵くんなら、喜んでくれるかなって思ったんだけど…。
でも、さ、さすがにちょっと図々しかったかな…。
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