合同合宿編
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*木更津side
「お礼なんかいいよ。
そもそも俺が誘ったんだしね」
そう答えると、名無しさんがますます嬉しそうにほほえむ。
…やっぱり危なっかしい。
『木更津さん、私がためらった理由、すぐ分かったんですね』
「クスクス…。
あのシチュエーションで女子が躊躇する理由なんてふたつにひとつだしね」
『えっ、ふたつ?』
「ひとつは体重を気にしてる。
もうひとつは相手に触れたくない」
俺がそう言うと、名無しさんは目を丸くした。
『それ、本当に思ってたんですか?!』
「まぁね。可能性としてはゼロじゃないでしょ。
君がダビデを見たのも、どっちの理由からでもあり得る行動だから」
あのとき俺は十中八九ひとつ目の理由だろうと思ったけど、ふたつ目の理由だっていう可能性も捨てきれなかった。
だからわざとふたつ目の理由だと思ってるように見せかけて、名無しさんを試すようなことしちゃったんだけどね。
「俺じゃなく体格のいいダビデなら、自分がつかまっても怪我させたりしないですむだろうっていう思いからの可能性。
それと単純に俺には触りたくないけどダビデならいいっていう可能性。君はダビデと仲がいいから」
ふたつ目の理由だったら地味にショックだったから、そうじゃないことを確認したくて君にあんな意地悪しちゃったんだよ。
…なんて、本当のことは言わないけど。
あ、でも言ってみるのも面白いかなぁ。
名無しさん、どんな顔するだろう。
『だからそんなこと、あるはずないですってば。
てっきり冗談だと思ってました』
「クスクス…。
それはどうもありがとう」
少し困ったようにほほえむ名無しさんを見ていると、ムクムクといたずら心が膨らんでいく。
やっぱり俺、性格悪いかも。
「でもよかった」
『何がですか?』
「俺よりダビデがいいってはっきり言われたら、ショックだったから」
『えっ…』
俺を見つめたまま、名無しさんの頬がサッと赤く染まる。
どうしてこう素直なリアクションするかな。
やっぱりどう考えても危なっかしい。
『きっ、木更津さん。
からかわないでください』
「半分くらいは本当なんだけど」
『じゃあ半分は冗談なんじゃないですか!
もう、やめてください…』
「はいはい、わかったよ」
残念だけどこのくらいにしておこう。
名無しさん、本気で困ってるし、これ以上こんなことしてるとあとでみんなに怒られちゃうしね。
…それに、俺はこの子をからかうために誘ったわけじゃない。
「……名無しさん」
『はい?』
あんなに困らせたのに、俺が謝ったからか、もう俺を見るその表情に警戒心は全くなかった。
…こういう顔する子だから、余計に心配になるんだよ。
「大丈夫?」
『え…?』
不思議そうに俺を見ていた名無しさんは、しばらくすると何かに気づいたようにかすかに顔をゆがませた。
「ごめんね。
本当は聞かずにいるつもりだったけど、今なら二人になれそうだったから」
『いえ…』
俺が言わんとしていることを悟ってうつむいた名無しさんの横顔を見ていると、胸が痛くなった。
その横顔が、日吉といたときのあの悲しい顔とよく似ていたから。
この話題には触れずにそっとしておくべきだったのかもしれないという思いと、聞いてよかったという思いが交錯する。
だってやっぱりこの子は深く傷ついたままだったんだから…。
「あのときの君の様子を見て、ずっと気になってたんだ。
中途半端な形で俺たちと一緒に来ることになって、無理させちゃったね」
俺の隣で、名無しさんがうつ向いたまま無言で何度も首をふる。
そして少しの沈黙のあと、彼女は顔をあげた。
『木更津さん、私、大丈夫です。
私のほうこそすみません。遅れた私が悪いのに、みんなに気を遣わせてしまいました』
小さく頭を下げて、それから俺に笑顔を向ける。
『でもみんなのおかげで元気が出ました。
だからもう大丈夫ですよ。心配してくれて、ありがとうございます』
………………。
たぶん、名無しさんはいつも通りに笑っているつもりなんだろう。
でも…ダメだよ。
この合宿に来てからの短い時間だけど、そのあいだに俺も君の笑顔をたくさん見たんだから。
だから、分かるよ。
そんな嘘の笑顔じゃ…何度大丈夫だって言われても、そんなふうにはとても思えない。
「…本当に?」
俺は名無しさんを見つめた。
違うって言ってくれたら、少しは気持ちを軽くしてあげられるんだけどな。
『はい。大丈夫です』
……………。
やっぱり、君はそう言うんだね。
でも…、冷静に考えれば当然かもしれない。
だって俺たちと名無しさんはきのう出会ったばかりで、それに比べて日吉とはもっと長い時間を同じ場所で過ごしてきたんだから。
その中で積み重ねてきたいろいろな背景からくる思いを、そんなに簡単に俺たちに見せることなんてできないのも分かる。
だけど、それでも…。
君は剣太郎にすごく優しくしてくれて、今はこうして俺たちみんなと仲良くなってくれた。
君と俺たちが共有する記憶は、本当に少ないね。
でもこういうのは数だけじゃないって思うよ。
だってその思い出の中の俺たちは、一緒にたくさん笑っていたと思うから。
俺のすぐ隣で、風に髪をなびかせながら遠くを見つめる名無しさん。
その胸の内を思うと、複雑な気持ちになる。
もうこのまま彼女の強がりに、気がつかないふりをしてあげたほうがいい?
本当は…そのほうがいいんだろうな。
だけど…、もう一度だけ聞いてもいいかな。
やっぱり俺は、君が心配みたいだ。
「名無しさん。
本当に…本当に、大丈夫?」
念を押すように問いかけた俺へと顔を向ける名無しさん。
その瞬間、風が今までより強く吹いた。
そして彼女の髪が揺れるのと同時に、その瞳もかすかに揺れた。
『わ、私は…』
彼女が平静を装う為に口にしようとした…、おそらくは“大丈夫”という言葉が、風にさらわれて消えていく。
『……っ』
そして、その瞳に涙がにじんだかと思うと、目を伏せた。
『……すみません、木更津さん』
名無しさんの声の揺らぎが、彼女の気持ちの揺らぎをも一緒に伝えてくる。
『……っ。
本当に…、す、すみません……っ』
悲しみや不安や…色々な感情が彼女を苦しめていたことを、そのあふれ出る涙が教えてくる。
……………………。
「…謝らなきゃいけないのは、俺のほうだよ。
俺が無理矢理言わせたんだから」
無理矢理、という言葉にかすかに反応した名無しさんが静かに顔をあげた。
「俺は君が傷ついてるのを知ってて、それを隠したがってるのを知ってて、無理矢理…こじ開けたんだ」
『………』
名無しさんは何も言わず、ただまっすぐに俺を見つめる。
俺はそんな名無しさんに向き合って、見つめ返した。
「ごめんね」
悲しい気持ちを自分の胸だけに抱えておくのは、つらい。
だから俺は、そんなつらさを少しでも和らげてあげたかった。
だけど、ただ待っていてもきっとこの子は自分からは何も言わない。
日吉と別れてきてからの態度を見れば、隠したがっているのは明白だから。
でも何かを隠そうとするときの気持ちが、必ずしも知られたくないという気持ちだとは限らない。
何かしらの理由があって口に出しはしないけど、本当は誰かに知ってほしい、そしてそれを受け入れてほしいという気持ちが、心の奥底に眠っていることだってある。
名無しさんの気持ちにも、もしそういう気持ちがあったなら…。
助けてあげたいと、思った。
でもそれだって、どう思うかは全部名無しさん次第。
俺は行動したことを後悔してないけど、この子の気持ちを軽くすることが出来ていなかったら、見当違いもいいところ。
ただの自己満足だ。
『…ありがとうございます、木更津さん』
そっとほほえんだかと思うと、名無しさんはそう言った。
その言葉と表情が、何に対してのものなのか、俺ははかりかねていた。
だから言葉を発することができずにただ彼女を見つめていた俺に、名無しさんはゆっくりと続けて言った。
『無理矢理こじ開けたのは、私のため…ですよね…?
あの場にいた木更津さんは、知ってたから…』
………………。
本当に聡い子だな。
俺としては、責められることも覚悟してたんだけど…。
『みんなと合流したとき、本当は全然大丈夫じゃなかったんです。
泣いてしまいそうになったりして』
「…ダビデに助けられた?」
『あ、やっぱり木更津さんも気づいてたんですね』
あのときダビデがギャグを言ったのは、名無しさんの悲しい気持ちを少しでも癒すためだったと俺も思う。
何があったのか具体的には知らなくても、名無しさんが遅れてきたこととその様子から、何かがあったことは想像がついたんだろう。
他のみんなも、なんとなく察したはずだけど…。
でも誰も何も言わないし聞かないのが、みんならしい優しさだと思った。
そして名無しさんの口から、日吉との間にあったことをおおまかに聞いた。
話の途中には表情が暗く沈むこともあったけど、一通り話し終えると心なしか彼女の顔に明るさが戻っていた。
『木更津さん、ありがとうございます。
聞いてもらえて、なんだか気持ちが軽くなりました。みんなと一緒にいて元気ももらえましたし』
「そう、よかった。
でも俺にありがとうなんて、言わなくていいよ」
『えっ?どうしてですか?』
「君を泣かせちゃったでしょ。
バネにも泣かせるなって言われてたのに」
『それは私のためを思ってしてくれたことじゃないですか』
「そうだとしても、乱暴なやり方だったよ」
『そんなこと…!』
名無しさんは否定するけど、実際、本当に乱暴だったと思ってる。
結果的に名無しさんが良いほうに受けとめてくれたからよかったものの…。
触れられたくない話題に、そうと分かっていて触れたんだから。
だから俺は、名無しさんが不快に思ったり俺を責めたとしてもしょうがないと思ってたわけだけど…。
『乱暴だなんて、そんなこと、絶対にありません。
少なくとも私はそう思ってません』
名無しさんは必死にそう訴えてきた。
『木更津さんは全部分かってて…、私が怒ったりするかもしれないって分かってて、それでも私のために行動に移してくれたんじゃないですか。
一人で抱え込むんじゃなくて、誰かと共有することができたらきっと気持ちが軽くなるって、そう思ったからですよね』
俺の目をじっと見つめて離さない。
俺がからかうと、恥ずかしがったり拗ねたりしてすぐに目をそらすのに。
『私だって、それくらい分かります。だから感謝してるんです』
………………。
…変な子。
理由はどうあれ、君を泣かせた俺に、そんなに一生懸命になんてならなくてもいいのに。
……あーあ。
ちょっと悔しいけど、サエの言うとおりだね。
名無しさんのこういう危なっかしいところ…。
俺、わりと好きだよ。
「クスクス…」
俺ってやっぱり性格悪いなぁ。
俺のために必死になってる名無しさんを見て、こういうところがいいなぁ、なんて思ったりしてさ。
『木更津さん…?』
不思議そうに、少し首をかしげる名無しさん。
そういう仕草をされると、またイタズラ心が刺激されるんだけど…。
「わかったよ」
素直な君に、今回は俺も素直な答えを返そう。
「俺は君を助けてあげられたんだって思うことにする」
名無しさんの表情が、みるみるうちに笑顔に変わっていく。
「ありがとうっていう言葉も気持ちも、受けとらせてもらうよ」
『…はいっ!』
嬉しそうにほほえむ名無しさんは本当に小さな子どもみたいで、さっきまでの真剣な眼差しはあっという間にどこかに消え去ってしまった。
その無防備すぎる表情に、少し前までは俺のこと警戒してるような感じだったのにとか、警戒解くの早すぎでしょとか、いろいろ心配に思うところはあったけど…。
屈託のない彼女の笑顔を見ていると、そんなふうに冷静に考える自分と一緒に、単純に嬉しく思っている自分もいることに気がついた。
…こんな素直な子にこんな素直な笑顔を向けられたら、放っておけるわけないか。
俺の立場を考えれば少し首を突っ込みすぎかもしれないと自覚しながらも、名無しさんのことを助けてあげたいと思った理由が、分かったような気がした。
「名無しさん。
今はどう、大丈夫?」
ついさっきまで目に涙を浮かべていた子が、こんなにすぐに大丈夫になんてなるはずがない。
そもそも、日吉とのことが何か解決したわけでもない。
それは分かってたけど、もう名無しさんの悲しい強がりを見たくなかった俺は、あえてそう聞いた。
ねぇ、名無しさん。
今は俺しかいないんだから、正直に大丈夫じゃないって言えばいいんだよ。
そんな俺の心を知ってか知らずか、名無しさんは迷わずうなずく。
『はい。
今度こそ、大丈夫ですよ』
…………………。
まーた、この子は。
まだかすかに赤みが残る目じりに自分で気がついていない名無しさん。
…そんな状態で大丈夫だって言われても、全然説得力ないんだけど。
この期におよんで、まだ強がるわけ?
なんとなくイラッとした俺は、もしかしたらいつもより声が低くなっていたかもしれない。
「……本当?」
すると、ハッとしたように肩をビクッとさせた名無しさんは、慌てて言い直した。
『あっ、えーっと…。
ほとんど、大丈夫です。まだちょっとだけ大丈夫じゃないです』
「クスクス…。よくできました」
『あ…、はい!』
ホッとしたように息をついたあと、ふふっと笑う名無しさん。
その笑顔は、俺を十分すぎるほど安心させてくれた。
だってそれはもう、ここで何度も見た、彼女らしい素直な笑顔だったから。
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