合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*木更津side
俺たちの少し前を歩くバネと名無しさんの後ろ姿を見つめる。
みんなと合流してからの名無しさんは元気そうで…今もバネと話す彼女は楽しそうだ。
でも、あのとき…。
約束の時間になっても待ち合わせ場所に姿をみせない彼女を、俺たちはだんだん心配し始めた。
名無しさんはこの合宿所に来るのは初めてだと聞いていたし、もしかしたらどこかで迷ったり危険な目にあっているのかもしれないと。
それでとりあえず、剣太郎と俺の二人で彼女がいそうな場所をあたってみることになった。
探し始めてからそう時間もたたないうちに俺たちは彼女を見つけた。
でもそこにいたのは名無しさん一人じゃなかった。
剣太郎に促されて歩いていくと、途中でもう一人そこにいることに気がついた。
最初は死角になっていて分からなかったけど、そこには名無しさんと一緒に日吉がいた。
どうやら剣太郎も同じだったらしく、話に割って入ったことを二人に謝っていたけど…。
正直言って、俺はそれより気になったことがあった。
どう見ても、二人の様子がおかしい。
二人が一緒にいること自体は、特に不思議でもなんでもない。
同じ学校に通う、同級生。
仲がよくてもおかしくない状況下にいるわけだし、そもそも日吉は名無しさんのことが好きみたいだし。
それはミーティングのときの千石に対する態度を見れば一目瞭然だ。
名無しさんは何も分かってないみたいだけど。
あえて話題にするようなことはサエやバネも誰もしないけど…。
…どうかな。
あれであの場にいた全員が感づくとは思わないけど、気がつくやつは気づいただろうな。
あからさまといえば結構あからさまだったし。
…まぁ、それはいいんだけど。
とにかく俺は二人が一緒にいたことよりも、二人の間に流れる空気に気をとられた。
名無しさんを日吉が拒絶しているように見えたから。
日吉の方が名無しさんを好きなはずなのに、どうしてこうなってるんだろう?
そう思った。
まぁ、日吉が好きな子のことを好きだ好きだと素直に追いかける種類の人間じゃないことくらいは知ってるつもりだったけど。
それでも最初はその状況が飲み込めなかった。
だけど、少し離れたところにこっちの様子をうかがう樺地の姿を見つけたとき、俺の中で一つの仮説が出来上がった。
もしかして、何か揉め事が起きてる?
二人の間に何か問題が起きて…。
それが個人的な問題という枠をこえて、テニスにまで悪影響を及ぼしている。
樺地がここにいる理由が仮に跡部の指示なら、たぶんテニスが絡んでいるから。
その状況を打開するために名無しさんが動いたけど、日吉はそれを受け入れられずにいる…。
その理由に名無しさんへの感情が関係してる可能性も高いけど、それははっきりとは分からない。
でもその仮説がもし正解だったら、名無しさんがあまりにも可哀想で。
それに…日吉も。
剣太郎と俺が来てしまったせいで、日吉はそれを口実に名無しさんとの話を無理矢理終わらせようとしていた。
名無しさんの顔を見れば、話が中途半端な状態のままなのは明らかだったのに。
俺は何とか二人の話を継続させようとしてみたけど、駄目だった。
……………。
…二人の表情が、俺からは見えていた。
日吉と名無しさんは位置的にお互いの顔は見えていなかったと思うけど…。
二人とも…悲しい顔をしてたな。
一体何があってあんな状況になったのか興味がないわけじゃないけど、そこまで踏み込むのはためらわれた。
…あんな顔を見ちゃうとね。
それでもやっぱり二人のことは心配だった。
俺たちが去ったあと一人になる日吉のことが気がかりだった俺は、その場から離れるとき剣太郎と名無しさんに悟られないように振り返った。
すると予想通りこっちの様子を気にしていた日吉と目があったあと、まだ樺地の姿があることを確認できた。
これはきっと俺たちがいなくなったあと、樺地が日吉のところへ行くはず…。
そう確信した俺は、剣太郎と名無しさんと一緒にみんなとの待ち合わせ場所へと向かった。
…たぶんあのとき樺地はわざと俺に姿を見せたんだろうな。
俺が二人のことを気にしていることに気づいて、日吉のことは心配いらないと俺に伝えたかったんだろう。
そして同時に、名無しさんのことを頼むと言いたかったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、バネが言っていた大きな木の元へとたどり着いた。
「わー、ここは日陰になっててちょうどいいね!」
「心地よくて寝てしまいそうだな」
「こういい風が吹いてると、潮風が恋しくなっちまうぜ」
「わかるのね。
でも海の匂いはしないけどそのかわり木の匂いがして、気持ちいいのね」
「そうだね。
本当にここはいい場所だなぁ」
みんなはそれぞれ思い思いに木の周辺でくつろぐ。
俺はその中にいた名無しさんに歩みよった。
「名無しさん、俺と二人で話さない?」
そう尋ねると、座っていた彼女は、えっ、と言って少し驚いたように俺を見上げた。
その隣でバネがからかうような口調で言ってくる。
「お、抜け駆けか?」
「まぁね。
俺って昔から手がはやいでしょ」
「ハハ、そうだったな」
カラカラ笑うバネの横で、戸惑いに眉をよせる名無しさん。
…うーん、分かりやすく困ってるなぁ。
「ね、付き合ってよ」
『は、はい…分かりました』
「ありがとう。
じゃあ、あっちに行こう。ついてきて」
『はい』
「亮、泣かせるんじゃねぇぞ」
「…はいはい」
手がはやいっていうさっきの俺の冗談に、バネも冗談で返しただけだろうけど…。
…泣かせないって約束はできないな…。
名無しさんを連れ出した俺は、みんなから少し離れた場所にある別の木へと向かった。
「名無しさんは木のぼりしたことある?」
『えっと…小さい頃ならありますけど…。
あの、どうしてそんなこと聞くんですか?』
「一緒に木のぼりしようと思ったからだよ」
『えっ、木のぼり…ですか?』
俺の答えにまた驚く名無しさん。
「経験があるなら大丈夫だよね。
木に少しのぼっただけでも景色も変わるし風も気持ちいいから、そこで話そう」
嘘は言ってないけど、考えてること全てを言ってもいない。
込み入った話になったら、みんなからは俺たちの様子が見えづらくなったほうがいいから、葉の茂りがある木の上は好都合。
…ただ楽しく話すだけならそんな必要なかったんだけどね。
『木更津さんも木のぼりしたりするんですね』
かなり強引だったと思うけど、素直についてきてくれる名無しさん。
そんな姿に愛らしさを覚えたけど、素知らぬ顔で答える。
「何それ。
名無しさんの中で俺ってどんなイメージなの?」
『えぇっと…』
しばらく考えたあと、パッと笑顔になって俺に視線を合わせた。
『静まりかえった早朝の海辺に一人でたたずんで、朝焼けを眺めてる、みたいな感じがします!』
………………………。
『?
木更津さん?』
「……正解」
『え?』
「だから、正解。
合ってるよ、その答え」
『えぇっ!?本当ですか!?』
「うん、本当」
名無しさんのこの驚きようからすると、完全に勘だったんだろうけど。
確かに俺は天気が悪い日以外はほとんど毎朝早い時間に海に行って、空が白んでいくのを眺めている。
もう数年続いている日課だ。
「あっさり当てられちゃうなんて、ちょっと悔しいな」
『……………』
すっかり黙りこんでしまった名無しさんは、俺の顔をどこかボーッとした様子で見つめた。
「何?」
『カッコいい……』
「……え?」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまった。
『あっ!い、いえ、すみません!その…』
あっという間に頬を真っ赤に染めて、オロオロする名無しさん。
『えっと、あの…、似合うなって思いました。
木更津さんが海辺に一人でいたら、絵になるなって…』
「………」
正直、女子からカッコいいと言われることに不慣れだというわけじゃなかった。
直接言ってきてくれることもあれば、女子のヒソヒソ話は密やかになっていないことも多いから、キャーキャー言ってるその内容がこっちに丸聞こえだったりすることもよくあって。
他人から見ると瓜二つだという双子の弟である淳がまだ六角にいた頃には、二人で一緒にいることも多かったせいか、余計に目立つと男子からも言われた。
そういうことを言われて、嫌な気はしない。
そのかわり、特別嬉しいと思うこともなかった。
産まれたときからずっとそばに淳がいたことで、自分に対する賛辞を自分だけのものだと思わず、どこか客観的に受けとめていたことも要因のひとつかもしれない。
だけど今の名無しさんの“カッコいい”は、淳の存在を知らない彼女から俺だけに向けられたもの。
そしてそれは、意図せず心の中からポロッとこぼれ落ちてしまったような、何の装飾も無い生まれた感情そのままが言葉になったもののように思えた。
そのせいか、俺の心の奥にまであっけなくするりと入り込んできて…。
思いがけず、揺さぶられた。
恥ずかしそうに目をふせる名無しさんは、何ともいえないほどいじらしくて…。
もっとこの子のこんな姿を見たいと、率直に思った。
「ねぇ、もう言ってくれないの?」
『えっ』
顔をあげた名無しさんの、羞恥からかわずかに潤んだ瞳を見つめる。
「カッコいい、って」
『……!!』
「ね、ほら。もう一回言ってみてよ。
俺のこと、カッコいいって思ってくれたんでしょ?」
『そ、それは…思いましたけど…』
「じゃあ、ほら」
催促するようにジリジリ近づいて顔をのぞきこむと、名無しさんは涙目のまま俺を見て、怒ったような口調で言った。
『そ、そんなこと、恥ずかしくて言えませんっ』
そのまま、ふいっと顔を背けてしまった。
その小さな子どもみたいな横顔に、思わず笑みがこぼれる。
「どうして?
さっきは言ってくれたのに」
『っ、あれは…!
つい、口に出たっていうか…』
「それってつまり、無意識に言ってしまうくらい強く思ってくれたってこと?
クスクス…嬉しいなぁ」
『っ!!』
今度はくるりと俺に背を向けてしまった。
うーん、さすがにちょっとやり過ぎたかな。
「名無しさん、ごめん。
もう言わないから、こっち向いて?」
すねた背中もそれはそれでいいけど、この子に嫌われるのはやっぱり少しさみしいしね。
『…本当ですか?』
「うん。……たぶん」
あ。
つい本音が。
『!
たぶんって何ですか!?』
言いながら、名無しさんはぐりんと勢いよく振り返った。
「だってたぶん無理だから。
君を見てると、どうしてもからかいたくなるんだよね。不思議だなぁ」
『もう、木更津さん!』
プンプン怒ってる名無しさん。
だけどそんな姿すらどこか愛らしい。
あー、やっぱりダメだ。
さっそくちょっかい出したい。
そんなうずうずする気持ちをなんとか押さえこむ。
このままだと本来の目的が果たせなくなりそうだから。
目指していた木へとたどり着くと、ざっと確認してみる。
…よし、やっぱり丈夫そうだ。
これなら安全だな。
適当に足場を見つけつつその木にのぼると、それほど高さもない、幹から枝分かれした頑丈な部分に俺は座った。
「君もおいで」
幹に近いほうの隣をポンポンと軽く叩くと、名無しさんは笑ってうなずいた。
『はい!
うわー、木のぼりなんて久しぶり。何年ぶりだろう』
少し前まですねていたのに、今はもう楽しそうだ。
切り替えが速いのかな、この子。
でもそうなると…日吉との事がそれだけ重大だってことだ。
もし今の元気が空元気なら…。
ゆっくりと少しずつのぼってくる名無しさんを見守りながらそんな考えを巡らせていると、彼女が途中で止まってしまった。
『あれ…?
えぇっと、次は…』
そうつぶやいてあれこれ足を動かしている。
どうやら次の足場が見つからないらしい。
俺は彼女に手を差し出した。
「つかまって。
あと少しだし、俺が引き上げるよ」
『あっ、ありがとうございます』
彼女が俺の手に自分の手を伸ばす。
…けど。
手が重なりそうになった瞬間、その手はピタッと止まってしまった。
『あ、あの…やっぱり自分でのぼります』
そう言って、チラッとどこかを見やる。
その視線を辿ってみると、そこには葉っぱで何かをせっせと作っているダビデがいた。
………………。
あー、なるほど…。
「俺よりダビデのほうがいい?」
名無しさんが手を止めた理由くらい分かってるけど、俺はついそんなことを聞いていた。
『!い、いえっ。
そんなことないです!』
「でも今ダビデのこと見てたでしょ。
ショックだな…」
『ちちち違います!
あのっ、これには訳が…』
「うん、だから俺の手には触りたくないけど、ダビデの手ならいいんだよね?」
『そんなまさか!
触りたくないなんてこと、あるわけないです!』
名無しさんが必死に否定しながら俺を見上げる。
……俺って性格悪いな。
分かってるくせにこんな顔させたりして…。
――“亮のは好意の裏返しだから”
さっきサエが名無しさんに言っていた言葉がふっと頭のなかを過ぎっていった。
……………。
そりゃあ名無しさんは面白いから、好きと言えば好きだけどね。
だからってこんなことするとか…。
小学生か、俺は。
「…ごめん。
ちゃんと分かってるから、つかまって」
『え…?』
「大丈夫、心配いらないよ。
これでも俺も鍛えてるから、君ひとり引き上げるくらい平気だよ」
『あ…』
「だからほら、ね」
最初はポカンとしていた名無しさんも、俺の言っている意味が飲み込めたのか、もう一度手を伸ばした。
俺の手に重ねられたその温かい手をグッと握る。
「よし、いい?引っ張りあげるよ」
『はっ、はい。お願いします!』
「あーっ!
いいなー、亮さん。
名無しさんと手つないでる…」
「まぁ、亮もなぁ…なんだかんだ言って面倒見いいからな。
ある意味あいつもあれが通常運転……って、お前だって手つないでただろうが」
「あ、あれは…。
つないでたっていうより、僕が勝手に掴んでただけだし…」
「うーん、まぁそうかもしれねぇが…。
だがそう思うならとっとと動いて自分でチャンスを作らねぇとダメなんじゃねぇのか?亮はすぐに声かけに来たぜ。
な、ダビデ」
「そう。
スタートダッシュが肝心」
「うー、分かってるけど…」
「つーかダビデ、お前さっきから何作ってるんだ?」
「ミニ花かご。
ちなみにここが取っ手」
「うわぁー、上手だね!ダビデ!」
「それほどでも」
「お前はでっかい図体してホンット手先が器用だよなー、昔から。感心するぜ」
「それほどでも」
名無しさんが隣に無事座ることができたのを確認してから、俺はそっと手を離した。
『木更津さん、ありがとうございます!
あっという間に座れちゃいました!』
無垢な笑顔を俺に向ける名無しさん。
…嬉しそうだなぁ。
でも俺、ついさっき君に意地悪したんだけど。
「クスクス…。
いいの?そんな顔してて。
俺が君をわざと困らせたこと、気づいたんでしょ」
すると名無しさんはハッとしたように一瞬顔を曇らせたけど、またすぐ笑顔に戻った。
『いえ、木更津さんの手を借りなかったらもっと時間がかかってたと思うので…。
それに私が木更津さんに頼りやすいように、わざとあんなふうに言ったのかなって思いますし』
……………。
この子…。
『だから、ありがとうございます』
やっぱり切り替えが早いんだな。
それにお人好し。
どうしてそんないいほうにとるかな。
…危なっかしい。
.