合同合宿編
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*日吉side
先日、跡部さんがクリスマスパーティーを開いた。
今日はそれぞれ家族と過ごせるようにとの配慮から、日をずらして行われたため、俺も今日は家で過ごすことになっている。
母さんが張りきって普段作らないような料理を作ろうとしたら、肝心の毎日必要になるものを買い忘れたらしく、その買い物を頼まれたわけだが…。
予定外の兄貴からの頼まれ事のせいで、こんな所にまで来るはめになってしまった。
…まぁ、いつまでも言っていてもしょうがないが……。
壁に寄り掛かったまま絶え間ない人の流れに目をやると、多くの人間の話し声や物音が、その光景と一緒に押し寄せてきた。
一歩引いた場所から、それらをただなんとなく眺める。
見慣れた街並みを彩るイルミネーションやクリスマスツリー。
着飾った、見知らぬ人々。
と、ふいにその中に見知った顔を見つけた。
あいつは…。
それは同じ学年の女子だった。
名前は知らないが、確かに見たことがある。
まぁ、これだけ人がいれば、一人くらい知っているやつがいても不思議じゃない。
そして話したことも無いただの同級生に街で会ったからといって、わざわざ声をかけるほど酔狂でもない。
俺は当然のように、そいつが通りすぎるのを見送ろうとしていた。
だが、そのとき…。
後ろから小走りで近づいてきた男が、その女子にぶつかった。
それほど強く当たったようには見えなかったが、拍子が悪かったのか、その女子はよろけて転んでしまった。
「…!」
反射的に俺は壁から背を離して、足を一歩踏み出そうとしていた。
助けに行こう。
瞬間的に確かにそう思った。
だがそれと同時に、別の考えがよぎる。
…小さな子どもでもあるまいし、きっとすぐに立ち上がるだろう。
俺は足を進めるのを止め、様子をうかがい…そしてそのまま数秒がすぎた。
それでも動きだす気配はない。
そのあいだにも、その女子の周りを人の波が避けるようにして流れていく。
チラチラと視線を向けたり気にしているような人間は何人もいたが、結局は声をかけずに過ぎ去っていった。
その中心にひとり取り残された女子はうつむいていて、ここからは顔は見えない。
だが、きっとそこにはさっきまでの表情の片鱗も残っていないんだろう。
さっきまでの、あの幸せそうな顔は……。
冷たいアスファルトに手をついたまま動かない姿に、転ぶ前に見たその表情が重なる。
「…くそっ……!」
俺は今度こそ走り出した。
わずかな時間とはいえ、助けに行くことを躊躇してしまったことに後悔の念が押し寄せる。
それほど離れてもいなかった距離は、みるみるうちに縮まっていく。
すぐに行動に移さなかったくせに、なぜか胸には焦りが募っていた。
そのとき――。
俺の視界の中を、誰かがすごい速さで走り抜けていった。
人混みを器用にすり抜けて、そいつはしゃがみこんだままの女子の前で立ち止まる。
!!!
あれは……!
「大丈夫かい?」
よく通るその声…千石さんの声は、この喧騒の中にあっても俺の耳まで届いてきた。
「…キミ、大丈夫?
どこか痛むのかい?」
顔を上げはしたものの黙りこんだままだった女子は、もう一度投げかけられた問いにようやく言葉を返したようだった。
その言葉は俺には聞こえてこなかった。
だが、差し出された手に自分の手を重ねて立ちあがったその様子を見れば、大丈夫だと答えたのは間違いないだろう。
突然目の前で起きた出来事に俺がその場にただ立ちつくしていると、千石さんは女子の膝の辺りを気にし始めた。
どうやら怪我をしていたらしい。
だがそれも大きな怪我ではないようで…。
「よかったら、簡単にだけど手当てさせてくれないかな?」
最初は断っていたようだったが、やがて根負けしたようにうなずいて、女子は千石さんと二人で歩き出した。
さすがにここで手当てをするわけにもいかず、移動するらしい。
どんどん変化していく状況に頭が追い付かないまま、少しずつ小さくなっていく二人を目で追っていると、何かを話しかけた千石さんにその女子はかすかな笑顔を向けた。
…………………。
…………。
――ドンッ
不意に、肩に軽い衝撃が走った。
「あっ、すみません」
聞き慣れない声がするほうを反射的に見ると、歩きながらこちらに小さく頭を下げる人と目があった。
そのとき、俺は往来で立ちつくしたままだったことにようやく気がついた。
「いえ…、こちらこそすみません」
慌てて頭を下げる。
通りすぎようとしていた相手になんとか意志が伝わったようで、ホッと息をつく。
それからすぐに通りの端によってもう一度視線を巡らせてみたが、あの二人の姿は見えなかった。
「………」
いつまでもこうしていてもしょうがない。
俺は本来の目的地のほうへと…、あの二人とは逆方向へと歩き始めた。
冷たい風に吹かれながら、いつのまにか少し乱れていたマフラーを巻き直す。
周りには相変わらず人があふれているのに、その圧力も不思議と今ではあまり気にならない。
頭の中ではずっとさっきの出来事を考えていた。
もし…、声をかけてきたのが、俺もあの女子も面識がない男だったら、俺は歩き出した二人を黙って見送ることはしなかった。
人目があるとはいえ、陽も落ちてきたなか、見知らぬ男と二人になるのはいい状況とは思えないからだ。
ましてや身体的にも精神的にもダメージがある今の状態なら尚更、同級生である俺のほうがあの女子も安心できるだろう。
だが、声をかけてきたのは千石さんだった。
あの人は軽薄な所はあるが、他人に危害を加えるような人間じゃないことくらいは、俺も知っている。
だから、引きとめなかった。
そしてその判断が間違っていなかったことは、さっき最後に見たあの女子の表情が証明していたような気がする。
あのとき……。
もし、あいつを助けに行くことをためらっていなかったら、先にあいつのところへたどり着いたのは間違いなく俺だった。
そうしたら、今頃どうなっていただろう。
あいつはあんなふうに笑っていただろうか…。
………………。
…いくら考えても、答えが出るはずもない。
そうと分かっているのに、胸の中はまるで霧が立ちこめたようによどんでいく。
正体の分からないその妙な感覚に、俺は無意識のうちに胸の辺りを手で押さえていた。
「…なんだよ、これ……」
つぶやいた言葉はあっけなく風に消えていく。
それとは対称的に、さっき見た光景が…。
千石さんと女子の手が重なった、その瞬間の二人の姿が…。
心の奥に焼きついて…、離れようとしてくれなかった。
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