合同合宿編
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*日吉side
―――――――
“日吉、彼女のこと知ってる?
彼女は名無し――”
“――ななし”
“え?”
“名無しななし、だろ。知ってる”
―――――――
鳳が俺に名無しのことを紹介しようとした、あの日。
あの日が俺が名無しと初めて言葉を交わした日だった。
…と言っても、楽しく会話した、とはとても言えない代物だったが。
あのとき、いつもの俺ならわざわざ名無しの名前を言ったりしなかった。
言ったところで、面倒なことにしかならないからだ。
俺が必要以上に他人の名前を覚えないことを知っている鳳は、きっと不思議に思うだろう。
そうなれば、なぜ知っているのかと聞かれてしまうかもしれない。
結局鳳が深く追及してこなかったから良かったものの…。
名無しのことを知っている理由なんか、口にできるはずもない。
なのに俺はあいつの名前を…名字だけじゃなく、名前まで知っていることを自分から明かしてしまった。
鳳に用があってあいつらのクラスへ行って…。
ほんの少しのやりとりを見ただけで、あいつらの距離の近さを感じさせられた。
まだ知り合ったばかりなのに、あの二人は仲良くなっていた。
そんなあいつらを見ていたら…。
無意識に俺は名無しの名前を口にしていた。
あのときは……いや、今の今まで自分でも分かっていなかった。
なぜあんなことをしてしまったのか。
だが、今ははっきり分かる。
俺はあのとき…、鳳に対抗心を持っていた。
お前に教えてもらわなくても俺はもう知っているんだという気持ちが、確かに俺の中にあった。
鳳は名無しのことを、同じクラスになる前までは顔と名前が一致する程度の認識だったと言っていた。
それがクラスが一緒になって、隣の席になって…。
あっという間にこんなに仲良くなっている。
俺はもっと前から…。
そう思ったら、鳳と…そしてきっと名無しにも。
主張したくなったんだ。
あの二人の様子をただ見ているのが、なんとなく…。
……悔しかった。
俺はもうあの頃には心の底で思っていた。
名無しと、話をしてみたい。
どんなやつなのか、知りたい。
それは、初めて言葉を交わしたあの日よりもっと前から…。
…あのクリスマスの夜から、自分でも気がつかないうちに、少しずつ大きくなっていた望みだった。
――――――――
「…まったく、兄貴のやつ」
母親から買い物を頼まれて、俺は街へと出てきた。
といっても、本当ならこんなところまで来る必要はない。
母親の買い物だけなら家の近くのスーパーで事足りたのに、出掛けに兄貴がついでに頼むとメモを渡してきた。
走り書きされたそのメモを見ると、行くつもりだったスーパーでは扱っていないものがあって。
「…兄貴。
これは近くの店には無いだろ」
「そうそう。
だからさ、ほら!最近できたあのでっかいスーパーに…」
「断る」
「えっ。なんでメモ突っ返すの!?」
「自分で行け」
「若くん!冷たいよ若くん!今日の外の空気のように冷たいよ、若くん!」
「…その冷たい空気のなか、弟を遠出させようとしてる兄貴に言われたくないな」
「だ、だって、出掛けようとしてたからさ…」
「母さんの買い物は近場で済むから。じゃあな」
「あ、待って、俺の可愛い弟よ!兄を見捨てないでっ!」
「やめろ、気色悪い。俺は急いでるんだ」
「まぁまぁ、そんな悲しいこと言わないで、ちょっと考えてみろって。
あのスーパーに行くには街へ出るだろ?
今日はクリスマスだし、可愛い女の子がたっくさんいるぞ!出会いがあるぞ!」
「全く興味ない」
「うっ…!
そこまであっさり言い切るとは…。
俺たち、青春時代のど真ん中にいるんだぞ!彼女とか、欲しくないの?!」
「全く欲しくない。
そんなに女子が好きなら、その機会、兄貴に譲る。いい弟だろ」
「うぅっ…!
いや、女の子もいいけどさぁ、こーんな寒い日はやっぱコタツでみかんでも食べながら熱めにいれたお茶をすすってゴロゴロしていた――」
「…………………」
「――くない!全然したくないぞ!
あったかい部屋で飲み食いしながらゴロゴロぬくぬくウトウトしていたいなんて、そんなだらしないことは全く、本当に、完っ全に、これっっっっっぽっちも、兄は思ってないぞ!」
「へぇ、そうなのか。
じゃあ自分で行けるな、よかったよかった。じゃあまた」
「あ、待ってぇー!若くぅーん!!」
――――――――
…なんで俺は引き受けたんだ……。
兄貴との馬鹿馬鹿しいやり取りを思い出して、ため息が出る。
結局俺は泣きすがる兄貴を振りきることができず、メモを受け取って家を出てきた。
さっさと終わらせて帰ろう。
そう思って、深く考えることをしないまま最短ルートを通ろうとしたのが失敗だった。
ふと気がつくと、周りには人、人、人……。
…そうだ、今日はクリスマス。
この辺りは混むよな…。
自分が今いるのは、こういう時期いつも混みあう場所だ。
冷静な状態なら避けて通ったのに…。
振り返るが、すでに通りの中をかなり進んできてしまっている。
今から戻っても、このまま行くのと変わらない。
…しょうがない、か。
諦めて、前を向き直す。
…が。
一旦気がつくと、人混みがさらに圧迫感を増したような錯覚を覚える。
ため息をついて辺りを見回すと、人が比較的少ない一画へと足を向けた。
端へ寄って、建物の壁に背を預ける。
静かに息をはくと、ようやく落ち着くことができたような気がした。
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