合同合宿編
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*跡部side
突然の背後からの聞き慣れた声に、もう一度さっきとは違うため息が出た。
「…何か用か、忍足」
「冷たいなぁ。
そんな態度とられたら、俺泣いてまうで」
「好きにしろ。
お前が泣いてもほうっておくぞ」
「なら誰が泣いたら構ってしまうん?」
「…っ」
頭の中に、目に涙をいっぱいにためた名無しが思い浮かんだ。
かすかに動揺した自分に、思わず舌打ちする。
「まぁ言わんでも分かるけどな。
今の舌打ちの理由も、さっきのなっがいため息の理由も」
言いながら、忍足は俺の隣へと腰をおろした。
「…こんな展開が待っとるなんて、想像もしてへんかったわ。
ななしちゃんと千石があんな出会い方しとったなんて。
日吉、あれからますますピリピリしとるしなぁ」
「…ああ」
俺が名無しをこの合宿に参加させたのは、あいつがいればよりスムーズに有意義に合宿を進められると思ったからだ。
だが…、あいつと日吉の事が頭の片隅にも無かったと言えば嘘になる。
俺が直接あいつらの為に何かをするつもりは全くなかった。
合宿に共に参加するという、変化を起こすにはうってつけの機会を与えてやっただけ。
行動を起こすも起こさないも、あとは本人たち次第……のつもりだった。
集まった人間がそれぞれの意志で動き始めれば、当然思いもよらないことが起きる。
だからある程度のことは想定していたが、さすがにあれには…この俺もただ驚くだけだった。
「…問題はテニスにまで悪影響が出ちまってることだ。
今日の試合内容も散々だったぜ」
俺の言葉に、忍足が何かを考えるように黙りこんだ。
「どうした」
「あぁ、ちょっとな…。
やっぱり朝のこと、引きずっとるんやろうか…」
朝のこと…?
「もしかしてお前、今朝あった事知ってるのか」
「え?
跡部のほうこそ知っとるん?」
「日吉の試合、樺地と名無しの三人で見てたんだが、そのとき名無しから直接聞いたんだよ。
日吉の調子が悪いのを自分のせいだと言い出して、訳を聞いたら…な」
「やっぱりそうか…。
せやからななしちゃん、ずっと元気なかったんやな…」
そうつぶやくように言うと、忍足はうつむいた。
日吉だけじゃなく名無しの様子もおかしいことに、忍足も気がついていたらしい。
まぁ当然と言えば当然だ。
他校のやつらには分からないかもしれないが、俺たちには分かる。
…と言いたいところだが。
まぁほぼ間違いなく、名無しの異変に関しては他校にも気づいているやつはいるだろう。
あまりにも分かりやすすぎるからな。
「忍足、お前はなんで知ってるんだ」
「あぁ、俺は偶然その場に出くわしたんや。
食堂に入ったら二人がちょうど一緒におったんやけど、ななしちゃんが青い顔しておびえとるように見えたから、妙に思って様子うかがっとったら…」
「日吉が名無しに対してきつい調子で何か言ってたんだな」
「せや。
そのときは俺が間に入って、それ以上悪い状況になるんだけはなんとか避けられたと思うんやけどな…」
「…チッ、しょうがねぇな」
脳裏をよぎった考えの自分らしくない甘さに、我ながらあきれるが…。
「この俺様が直々になんとかしてやるか」
あの二人はお互いに誤解しあっているだけだ。
必要以上に踏み込むつもりはねぇが、その誤解をとくくらいのことはしようと思えばいくらでも手はある。
「ちょっと待ってくれへん?」
頭にいくつかの手段を思い描いていたとき、忍足がそれにストップをかけた。
「その役目、俺に任せてもらえんやろか」
「…なぜだ」
「乗りかかった船やし、たまには俺も後輩のために一肌ぬいだろ思って。
跡部と同じで、俺も過保護な先輩やねん」
「…お前、なに企んでやがる」
「ん?まだ何も」
忍足は淡々とそう答えた。
「…まぁ構わねぇが、名無しはともかく、日吉は半端な策は見抜いちまうぜ。
そうなったら逆効果だ」
日吉は観察力が優れているからな。
下手な誤魔化しはきかない。
…とはいえ、忍足のことだ。
どうせうまくやるだろうが。
「ふふ、今からきっちり企んでみることにするわ」
…含みのある笑いかたしやがるな。
一体どんな手を使うつもりなんだか。
…まぁ、なんにせよ、この問題が解決すればあいつらもそれぞれのやるべき事に集中できるようになるだろう。
合宿と切り離して考えても、必ずいい影響を――。
…………………。
…ちょっと待て。
俺は一体なにを考えてるんだ?
この大切な合宿中に、この俺様が後輩たちのプライベートな問題で頭を悩ませるはめになるとはな。
まったく、世話のやけるやつらだ。
「跡部の為にも頑張るからな」
「アーン?俺の為って何だ」
「自分、さっき俺が後ろから近づいても全然気づかんかったやろ。
これは重症やなぁ思ったんや」
「お前が気配を絶ってたからだろうが」
「それでも、いつもの跡部なら察知しとったはずやで」
…………。
他のことに気をとられて冷静さを欠いていたのは俺も同じ、か。
「……チッ。俺としたことが」
思わず口にした言葉に、忍足はなぜか嬉しそうに笑った。
「ええ先輩やな」
慰めるように肩をポンと叩かれて、苦い表情に変わっていくのが自分でも分かった。
もう一度出そうになった舌打ちを何とか飲み込んで、隣にいるクセ者を見やる。
…今回は忍足に任せてみるか。
あの二人に対する思いは、俺と同じだからな。
こいつになら、託すことができる。
「頼んだぜ」
短くそう告げると、同じように一言だけ返ってきた。
「任せとき」
干渉のしすぎかもしれない。
この期に及んで、まだそんな考えが脳裏をかすめるが…。
日吉と名無しのふさぎこんだような落ち込んだ表情を思い出すと、放っておくこともできない。
………………。
まぁ、あいつらの顔から陰りが消えるのなら――。
「過保護でもええやん」
……!
「俺はやっぱり、日吉とななしちゃんに元気になってもらいたいし。
跡部もやろ?」
故意かどうかは分からないが、忍足は絶妙なタイミングで言葉を被せてきた。
こいつなら、故意の可能性も高い。
だが…追及するのは止めにした。
「…ああ。そうだな」
少し、迷いが晴れた気がした。
過保護でもいい。
それは甘い考えだと分かっていて、それでもついかまいたくなる。
――“跡部先輩!”
俺の名を呼ぶ、名無しのはずんだ声を思い出す。
「早く……」
――“跡部先輩、私、すごく楽しいです!”
「…早く、戻ってこい」
俺は、楽しそうに笑っているお前を見たい。
無邪気にはしゃいでいるお前を見たい。
嬉しそうに俺のところに駆け寄ってくるお前を見たい。
名無し、俺はそんなお前を見ているのが好きなんだ。
好きなんだよ。
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