合同合宿編
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*跡部side
日吉と名無しの様子を見に行かせていた樺地が戻ってきた。
樺地のこの表情からすると…。
…予想通り、状況は良くねぇようだな。
昼食のとき、日吉を追いかけるようにして食堂から急いで出ていった名無しを見て、俺は樺地に二人の様子を見に行くように言った。
個人的な感情の問題に首を突っ込むのは、あまりいい趣味とは言えねぇが…。
妙な胸騒ぎがした。
――――――――
「…樺地、あいつらの様子を見てこい」
「ウス」
「だが報告はいらねぇからな」
「……?」
「お前はあいつらの友人だ。だから友人としてお前の判断で行動しろ。
何をするのか何を言うのか…全てお前の判断に任せる」
「……ウス」
―――――――――
日吉が名無しに対して持っている感情について、具体的に言葉にして誰かと話をしたことはない。
俺と忍足、そして名無しの三人で生徒会室にいたところへ日吉が来たあの日。
あのときの日吉の態度で、俺はすぐに気がついた。
あいつのことをよく知らなければ、真逆にとられかねないあの視線。
怒り、苛立ち、不快感。
だが本当は…。
戸惑い、動揺、執着。
全ては、名無しのことが気になるから…好きだからこそのあの視線なんだ。
名無しが誤解するのもしょうがない。
会うたびあんな視線を向けられたんじゃあな。
俺たちと違って、名無しはまだ日吉との付き合いが長くない。
そのうえ口数も多くない日吉は、一度誤解されてしまえば解くのは難しい。
…まぁ、はなから解く気も無い奴だがな。
だがいつもはそれで良くても、今回ばかりはそうも言っていられない。
今日の練習試合…日吉があれほど集中力を欠くとは…。
…………………。
俺はあの試合の最中に見た名無しの表情を思い出していた。
悲しげに揺れる瞳。
自分を責めてあふれだしそうな涙を必死に堪えようと、俺たちにそれを悟られまいとする名無しの心の内がにじみ出ていた。
ったく、日吉のやつ……。
…好きな女に、あんな顔させるんじゃねぇよ。
お前の集中力をあれほど奪っちまうほどに、惚れてるんだろう?名無しに。
だったら、あんな顔させるな。
俺が知ってるお前はそんな小さい男じゃねぇはずだ。
それに…。
――“日吉くんの調子が悪いのは…、私のせいだと思います”
――“本当に…すみません”
………………。
俺はあいつの…名無しのあんな顔は見たくねぇんだよ。
あんな顔にはさせたくねぇんだよ。
あいつにはもっと…似合いの表情があるんだ。
――――――
「名無し、お前…」
『な、なんですか?
そんなにジッと見ないでください』
「少し顔が丸くなったんじゃねぇか」
『なっ!
そっ、そんなことないですよ!
確かに最近ちょっとだけ食べ過ぎちゃってるかな~って思ったりもしないこともないような気もしますけどっ。
で、でも太ったって言っても1キロくらいですもん!』
「…ククッ。
やっぱり太ったのか」
『!!
す、すぐに痩せてみせます』
「痩せる必要なんざねぇよ」
『え?』
「俺は今のままでいいと思うぜ」
『跡部先輩……。
ありがとうございます…っ!』
「フッ…、その丸い顔もなかなか面白いしな」
『!
ひ、ひどい…。せっかく感動してたのに…。
私の感動を返してくださいよ…』
「なんだ、怒ったのか?
いいじゃねぇか。悪くないぜ、お前の顔は」
『そ、そうですか…?』
「ああ。
多少丸くなろうが、たいして変わらねぇよ。なかなか面白い顔だ」
『その面白いっていうのは…いいことなんでしょうか』
「アーン?
少なくとも俺にとってはそうだな」
『そ、そうですか…。
うーん…、うぅーん……。それじゃ、まぁ…いっか。
えーっと、ありがとうございます、跡部先輩』
―――――――
この合宿に来る少し前の名無しとのやりとりを思い出す。
ひとしきり考え込んでから、ありがとうございます、と俺に言ったあいつは、嬉しそうに笑った。
あのとき俺は、あいつをからかうつもりでわざと“顔が丸くなった”と、たいして思ってもいない話題を振った。
だがそんな俺の胸の内なんか知るよしもない名無しの笑顔は、本当に純粋だった。
笑顔に限らず、名無しの表情はいつも純粋だ。
笑っていても、怒っていても…。
俺はあのとき、あいつの顔を面白いと言った。
だがそれは顔立ちが面白いという意味じゃなく…。
あれほど純粋な表情をさせる、あいつの心が面白いという意味合いを込めていた。
俺たちくらいの年齢にもなれば、そうそうああいう表情はできなくなる。
それは周囲の人間との関係を円滑にする為の嘘を覚えるからだ。
周囲も嘘をつき…自分も嘘をつくからだ。
それが悪いことだというわけじゃない。
そうしなければならないときもある。
だがそれを繰り返すうち…。
いつの間にか、嘘をつかないことが逆に難しくなる。
嘘のない顔を忘れてしまうんだ。
だからこそ、名無しみたいなやつは珍しい。
あいつは嘘をつけない…というより、壊滅的に下手だ。
さすがの俺もあきれることがあるくらいだ。
だが、俺はあいつのそういうところをこそ気に入っている。
それでもそれがいつもいい方に働くとは限らない。
例えば今日のように…。
名無しの悲しみも苦しみも、ダイレクトに伝わってきてしまう。
…生きている限り、いつも笑っていられるわけじゃない。
避けられない、避けてはいけない悲しみや苦しみもある。
それを越えた先にようやく見えてくるものもある。
それは分かっているつもりだ。
だが、それでも……。
名無しにあんな顔はさせたくない。
できるかぎり、あいつには…。
いつもの名無しらしく、のんきに笑っていてほしいと思う。
そうしていられるように、俺がしてやりたいと思ってしまうのは……。
「…やっぱり、過保護だろうな」
そうつぶやくのと同時に、長いため息がもれた。
「それやったら、俺も過保護やなぁ」
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