合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
木更津さんと葵くんの姿を見て、もう六角のみんなと約束した時間になってたんだ、と気がつく。
きっと探しにきてくれたんだ。
とにかく、二人に…みんなに謝らなくちゃ。
でも…日吉くんとまだ何も話せてない。
どうしよう……。
「…あっ、日吉さん!
日吉さんとご一緒だったんですね!す、すみません!
僕、気がつかなくて…!」
途中で葵くんが日吉くんの存在に気がついたみたいで、慌てたように私たちに謝り始めた。
葵くんと木更津さんがいた場所からだと木の影になって、日吉くんが見えなかったのかもしれない。
「本当にすみません!お話し中に…」
「…………。
気にするな、葵。べつにたいした話はしてなかったんだからな」
全力で謝る葵くんに、日吉くんが声をかけた。
それは葵くんを気遣っての言葉だったのかもしれない。
でも……。
――“たいした話はしてなかったんだからな”
………………。
確かに…確かにそうだけど…。
私はまだ何も言えていなかったけど…。
話しかけるの……勇気、いったのにな…。
ついさっきまであんなにうるさかった心臓の音が、一気に静かになっていく。
「………。
剣太郎、俺たちは一旦戻ろう」
「えっ?あ、はい、そうですね」
「名無しさん。
用が終わって、もしまだ時間があったら来て。
みんなにもそう伝えておくから」
本当はさっきの言葉でまた少し、話しかけることを怖いと思う臆病な気持ちが出てきてしまっていた。
でも、それでもやっぱり……私は日吉くんと話がしたい。
怖さに勝ったその思いが背中を押してくれて、私は木更津さんの言葉にうなずこうとした。
だけど…。
「木更津さん、気を遣わないでください」
それより早く、日吉くんがそう言った。
え…、日吉くん……?
「名無し、木更津さんたちと行けよ」
…………………。
私に言ってる言葉だけど…、日吉くんは私のことは…見てくれない……。
「約束してたんだろ」
……………………。
……………。
……。
「…日吉。
いいんだよ、俺たちは。
先に話してたのは君たちなんだから、ちゃんと彼女の話、聞いてあげなよ」
話しながら、木更津さんが私のほうを見ているのが分かる。
「彼女との話、途中だったんじゃないの?」
「………。
名無し、緊急の用なのか」
緊急の、用…?
………。
私にとっては…緊急だけど…。
日吉くんにとっては…。
きっと………。
『…ううん、違う……』
「…だったら行けよ。
俺たちはいつでも話せるだろ。
木更津さんたちは明日千葉に帰るんだぜ」
……そう。
六角のみんなは、この合宿が終われば千葉に帰ってしまう。
次に会うことも…もしあったとしても、いつになるか分からない。
だけど、日吉くんと話すのだって…。
私には、いつでも話せるだなんて…思えない。
でも…日吉くんの言ってることは…間違ってない……。
『……うん、そうだね』
「名無しさん…?
本当にいいんですか?
僕たちとのことは亮さんの言うとおり、また後からでも…」
葵くんの不安げな声に、ハッとする。
見ると、その声と同じように、心配そうな顔をしていた。
あ……、ダメだ。
しっかりしなきゃ。
待たせてしまったうえに、わざわざ探しに来てくれた人たちに気を遣わせて、こんな顔させて…。
このままじゃ、葵くんや木更津さんや…六角のみんなにまで迷惑かけちゃう。
『…ううん、大丈夫だよ、葵くん。行こう?』
「そうですか…?」
『うん、ごめんね、約束の時間になったのにいなくなったりして。
探すの、大変だったでしょ?』
「えっ。
いえ、それは心配しないでください!
名無しさんに何もなかったならそれでいいんです。
ね、亮さん」
「…そうだね。
名無しさん、それは本当に気にしなくていいよ」
『はい…、ありがとうございます』
約束をすっぽかしてこんなところにいた私に、葵くんと木更津さんは優しくしてくれる。
それがすごく申し訳なくて…、でも今は…それに救われる。
「…それじゃ、行こうか。
みんな、君が来るのを待ってるよ」
『はい』
「日吉。
悪いけど、彼女、借りていくよ」
「…ええ」
日吉くんは視線を川のほうへ向けたまま木更津さんに返事をした。
「日吉さん、僕たちのことを気遣ってくれて本当にありがとうございます!
それじゃ、僕たちはこれで失礼します!」
深々と日吉くんに頭をさげる葵くん。
「さぁ、早く、早く行きましょう!
みんな名無しさんと遊ぶのをすっごく楽しみにしてたんですよ!」
少し前に走っていって満面の笑顔で手招きする葵くん。
…元気でかわいいなぁ、葵くん。
ちょっと元気を分けてもらえそう。
『日吉くん』
「……」
やっぱり…見てくれない…。
『…それじゃ私、行くね』
「……」
『えっと…。
………またね』
「………ああ」
………………。
…行こう。
私は日吉くんに背を向けて、木更津さんと葵くんと一緒に歩き始めた。
「名無しさんと遊ぶのを楽しみにしてるのは、俺たちの中でも剣太郎が断トツぶっちぎりで一位だけどね」
「あーっ!!
そういうこと名無しさんの前で言わないでよ、亮さん。
は、恥ずかしいなぁ」
「クスクス…。
俺が言わなくてもバレてるよ、きっと。
そうでしょ、名無しさん」
木更津さんにその涼しげな目を向けられる。
葵くんを見ると、頬を赤くしてなんだかアワアワしていた。
『ありがとう、葵くん。
私、すごく嬉しいよ。私も楽しみにしてたから』
そう答えると、葵くんはパッと目を輝かせて笑顔になった。
「ぼ、僕のほうこそ嬉しいです…!
ありがとうございます!」
「クスクス…。
やっぱりバレてたみたいだね」
「…!!
もうやめてよー、亮さん!」
「はいはい、分かったよ」
二人の掛け合いが面白くて楽しくて、そのおかげで少し気持ちが落ち着いてきたみたい。
…………………。
日吉くん、元気なかったな…。
私のことを怒ってるとかそういうことだけじゃなくて、何ていうか…。
……寂しそうだった。
…やっぱり調子が悪くて本当の力が出せないから、苦しいのかな。
私のせいで日吉くんがそんな思いをしてるとしたら…。
ううん、もし私が全然関係ない場合だったとしても、日吉くんが苦しんでるなんて…イヤ。
今回は私のせいなんだから、余計に…。
日吉くんの様子が気になるけど…振り返っちゃダメだよね。
私が日吉くんのことを気にしてるって知られたら、木更津さんと葵くんにまた気を遣わせちゃう。
ついさっき、やっと見つけた日吉くんに向かって必死に走ったこの場所。
…………………。
結局…何も言えなかった。
何も…できなかった。
…私、日吉くんに謝ることで日吉くんの役にたてると思ってた。
怒らせて調子を崩れさせてしまったことへの、少しでもつぐないになると思ってた。
普通に話せるようになりたいとか、どんな人なのかもっと知りたいとか、ちょっとでも認めてもらいたいとか、そういう望みが叶わなくても…。
日吉くんが元通りに日吉くんらしくテニスをできるようになれば、それでいいと思ってた。
でも……。
私が近づこうとすればするほど、日吉くんを苦しめてるような気がする。
嫌な気持ちにさせてしまってるような気がする。
…当たり前だよね。
日吉くんからすれば、嫌いな…部外者の女子が、大事な合宿でうろちょろしてるんだから。
しかも、やるべきこともきちんとやらずに。
……………………。
私…、日吉くんの邪魔になってる。
日吉くんは私のことが嫌いでも、何度も優しくしてくれた。
なのに…私は……。
……………。
私……。
これ以上、邪魔になりたくない。
私…、もう……。
日吉くんとのことは…。
……諦めよう。
.