合同合宿編
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「…話は分かった」
跡部先輩はコートの中へと視線を向けた。
『はい…、すみません』
…先輩、あきれたかな。
それとも、怒ったかな…。
……ううん、もしかしたら両方かもしれない。
「だが…、お前のせいじゃねぇ」
そう言った跡部先輩は、ゆっくりと私へと視線を戻す。
「お前のせいじゃ…ねぇよ」
その語りかけるような…優しさと少しの苦しさが入り混じった声と眼差しに、私は戸惑ってしまった。
こんな反応が返ってくるなんて、思ってなかったから…。
『で、でも…!』
「納得いかねぇって顔だな」
『それは……』
だって…。
やっぱり無関係だとは思えない。
日吉くん、あのときすごく怒ってて怖いくらいだったし…。
それにさっきだって…。
私のことを見て、あきらかに表情が変わった…。
「お前は…あいつがそんな小さい男だと思ってるのか」
『え…?』
「そんなことでいちいち腹をたてるような、器の小さい男だと思ってるのか」
跡部先輩の目が私を捕らえる。
そんなこと…。
…日吉くんがすぐに怒りだすような人じゃないことくらい、ちゃんと分かってる。
『そんなこと、思ってません』
どうしてか分からないけど、無意識のうちに口調が強くなっていた。
「……そうか。
なら、もう気にするな」
『でも…、今は合宿中です。いつもよりも緊張した状態だろうし…。
だから、私の態度が余計に気にさわったのかもしれないです』
私がそう言うと、跡部先輩は小さくため息をついた。
「強情なやつだな」
『す、すみません』
「ハッ、まぁいい」
先輩の表情にかすかに笑みが浮かんだけど、それはすぐに消えていった。
「…仮に、あいつの不調の理由がお前の言うとおりだとする」
『…はい』
「もしそうなら…あいつはレギュラー失格だ」
『…………えっ』
先輩の口から出てきた思いがけない言葉に、自分の身体が瞬時にこわばるのが分かった。
「いいか、名無し。
俺たちはレギュラーなんだ。200人以上いる氷帝学園男子テニス部のな。
レギュラーは氷帝の名と他の部員の名誉をもかけて戦う。
だから俺たちは勝たなきゃならねぇ」
『……っ』
「コートの外でどんな事があろうと、ひとたびコートの上に立てばそんなことは関係ねぇ。
いついかなるときも勝つ、それがレギュラーなんだ」
強い意志が秘められたその瞳と言葉が、まるで心の中に突き刺さったみたいだった。
……………………。
確かにそうなのかもしれない。
コートに立ったら…試合が始まったら、他のことは関係ないのかもしれない。
でも…。
でも……!
『あのっ、跡部先輩!
でも日吉くんは…今度のことは、私が…!
だ、だから……!』
「…心配するな。
今すぐレギュラーからどうこうなんてことは考えてねぇよ」
跡部先輩にそう言われて、一気にはりつめていた糸が緩んだ。
そこで私はやっと自分の心臓がドクドクと大きな音をたてていることに気がついた。
よかった…、本当に。
もし日吉くんが今回のことでレギュラーから外されることになったりしたら、私…。
私が怒らせたから…。
…ううん、違う。
そもそも私がここに来たから…。
コートに立つ日吉くんは苦しそうで悔しそうで…、それでもラケットを手に手塚さんに立ち向かっていた。
日吉くんの額を、頬を、汗がつたっていく。
日吉くんはあんなに一生懸命で…。
それなのに、私が邪魔してる…?
日吉くんは今まで何度も私を助けてくれたのに……。
…ダメだ、今はこれ以上考えないようにしなきゃ。
そうじゃないと…涙が出てしまいそう。
こんな…みんながいるところで…泣きたくない…。
「…心配か?」
涙が出ないように気持ちを落ち着かせようとしていると、跡部先輩にふいに尋ねられた。
「日吉のことが…心配か?」
何かを確かめるように、先輩が私の目をじっと見つめる。
『……はい』
心配…。
すごくすごく、心配……。
「…名無しさん」
そのとき、ずっと何も言わずにいた樺地くんが私の名前を呼んだ。
背の高い樺地くんを見上げると、私を見るその眼差しはいつもよりもっと優しいように思えた。
「大丈夫…です」
………!
「大丈夫……です」
樺地くん…。
『ありがとう…』
「……ウス」
いつも優しい樺地くんにこんなふうに言われると、ますます涙腺が緩む。
嬉しいけど、今は…とにかく我慢しなきゃ。
…私が泣いていいはずがないよ。
大変なのは…頑張ってるのは、日吉くんなんだから…。
「…さっきも言ったが」
跡部先輩が今度は私のほうを見ずに話し始めた。
「今の時点でレギュラー云々とは考えてねぇ。そこは安心しろ」
『はい…』
「こんな調子が続くようなら、考えざるをえなくなるがな」
『……はい』
……………………。
「それと…」
『……?』
「くだらねぇこと考えるんじゃねぇぞ」
『え…?』
跡部先輩が私と視線を合わせる。
「お前をこの合宿に呼んだのは誰だ」
……?
どうしてそんなこと聞くんだろう。
そんなの、跡部先輩に決まって…。
……!
ま、まさか…。
先輩、私がここに来たことを後悔したこと、気がついてる…?
「この俺の判断をお前は疑うのか」
…………。
やっぱり、そうだ……。
『いえ…』
「だったら、おとなしく信じてろ」
『え…?』
「俺を信じろって言ってるんだよ」
跡部先輩の手が、そっと私の頭に伸ばされる。
「名無し…お前のせいじゃねぇ。
日吉のことはあいつ自身の問題だ。あいつが自分の力で乗り越えるしかねぇんだよ。
分かるな?」
『はい…』
私の髪を撫でるようにそっと触れる先輩の手が暖かくて、私はあふれてきそうな涙をこらえながらうなずいた。
「それでいい」
…跡部先輩だって、本当は日吉くんのこと、心配なはずだ。
だけど、跡部先輩は部長。
個人としての気持ちと、部長としてやるべき事言うべき事が違っていたら、きっと先輩なら部長としての立場を優先させるんじゃないかなと思う。
言いたくないことでも言わないといけなかったり、逆に言いたくても言えないときもあるはず…。
跡部先輩はやっぱりすごいな…。
それに…みんなも。
厳しい世界で戦ってるのに、普段のみんなはそういうことを感じさせないから。
…跡部先輩もみんなも、そんな大切な場所に部外者の私が立ち入ることを許して、受け入れてくれたんだ。
…………………。
頑張るって、決めたのに。
日吉くんにもちょっとでも認めてもらいたいって…そう思って。
みんなと一緒にいて、合宿を楽しみに思うようになってたのに。
来たことを自分で否定するなんて…情けないな、私。
みんなに迷惑かけたなら、そのぶん頑張らないと。
日吉くんのこと、すごく心配だけど…私がこんなふうに落ち込んでても何も変わらない。
だから、今はとにかく頑張らなきゃ。
お手伝いの仕事を頑張って、日吉くんにもう一回ちゃんと謝って…、それから…。
それから……、信じよう。
信じろって言ってくれた、跡部先輩のこと。
信じて…、とにかく今できることをしよう。
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