合同合宿編
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うー…。
冷静になると、今すごい状態だよ。
顔も身体も近すぎて、どこ見ていいか分からない。
手塚さんは私を見てるから顔を見たら絶対目が合っちゃうし、だからって他のどこに目をやっても結局手塚さんが視界に入る。
早く離れないといけないって思ってるのに、至近距離で見られてるから、何か言おうと口を動かすのさえ緊張してしまう。
そんなことを考えているうちに、自分の顔がどんどん熱くなってくるのが分かって…。
赤くなった顔を見られてしまうのが恥ずかしくて、私はつい身じろぎしてしまった。
すると、ふいに手塚さんの腕に力がこもって。
それに気づいた次の瞬間、私はグッと引き寄せられていた。
えっ……!
ますます近くなる手塚さんとの距離。
そしてそれに比例するみたいにどんどん速くなる、私の鼓動。
手塚さんが今私を引き寄せた理由は分かってるのに。
私が急に動いたせいで、安定していたバランスが少し崩れちゃったからだって、ちゃんと分かってるのに。
それでもドキドキがとまらない。
息が、苦しい…。
『…あ、あのっ、手塚さん』
「なんだ?」
返ってきた声も、当たり前のように近い。
…あー、もうダメ。
早く離してもらわないと、ドキドキしすぎておかしくなりそう。
『あの、た、助けてくれてありがとうございます。
それで、あの…。
も、もう…離してもらっても大丈夫…です』
「…あ、ああ」
何とか声をしぼり出して伝えると、手塚さんは私を支えてくれていた腕の力をそっと緩めてくれた。
私が出せた声はものすごく小さかったけど、ちゃんと伝わったことに距離の近さを改めて思い知らされる。
こみ上げる恥ずかしさを出来るだけ意識しないようにしつつ、私はしっかりと立って手塚さんに向き直って頭を下げた。
『本当にすみませんでした!
私は手塚さんのおかげで大丈夫でしたけど…手塚さんは大丈夫ですか?
どこか痛めたりとか、してないですか…?』
本当に心配…。
私の体重、決して軽いとは言えないし…。
「大丈夫だ。問題ない」
『そうですか…。よかった…』
ほっ……。
手塚さんの言葉を聞いて、肩の力が少し抜ける。
『あ、それと…迷惑かけてしまってすみません』
手塚さんからすれば、なんとも思ってない女子にあんなふうに近づかなきゃいけなかったわけで…。
あ゛ぁぁぁ……申し訳ない…。
「迷惑をかけられたとは思っていない。
お前が無事で、良かった」
『…は、はい。
ありがとうございます…』
手塚さんはべつに、相手が私だからこんなに親切にしてくれてるわけじゃない。
そんなことはもちろん分かってるし当たり前なんだけど、じっと見つめながら言われると……。
ついさっきまで、手塚さんはそういうことあんまり言葉にしない人だと思ってたし、それに…。
……うわっ!
ダメダメ!
抱きとめられてた時のこと、思い出しちゃう…!
「あ、手塚。
こんなところにいたのか」
「ほんとだ。
名無しさんと一緒だったんだね」
「ん…?」
静かだった倉庫に突然何人かの声が響いた。
あ、あれは…。
「大石…。タカさんと乾も」
手塚さんは大石さんたちの姿をみとめてつぶやくようにそう言うと、今度は問いかけた。
「みんな、何かあったのか」
「いや、何もないよ」
「もうすぐ練習が始まるし、手塚の姿が見えないから、どこに行ったんだろうねって話してたんだ」
「そうか…。
ひとこと言っておくべきだった。すまない」
「それは構わないよ、手塚。
それより俺は他に聞きたいことがあるんだが」
「聞きたいこと…?
なんだ、乾」
乾さんはニヤリと笑った。
…気のせいか、眼鏡がキラッと光ったような…。
「二人で何をしていたんだ?」
「ああ、練習に必要な用具の準備をしていた。
一人より二人のほうが、効率が良い」
「本当か?」
「…?本当だが」
………?
乾さん、何が言いたいんだろう?
「…ふむ。
そうだな…、それなら言い方を変えよう。
本当に、それだけ、か?」
……それだけ?
どういう意味??
見ると、河村さんと大石さんも乾さんの意図が分からないみたいで、首をひねってる。
「フフ…。
タカさんと大石も分からないかい?
俺が気になったのはね、この場に足を踏み入れたときの空気だよ」
「空気?」
「そうだ。
手塚と名無しさんの間に流れる空気が、ただ準備をしていただけとは思えないものだったんだよ。
少なくとも、俺にはね」
…!!
ま、まさか…。
乾さん…、さっきの、見てた…?
う、嘘…。
うわっ、どうしよう…。
変な汗でてきたよ…。
「…なるほど。
俺の推理が正しい確率、99%」
乾さんは私を見て不敵に笑った。
『……!』
もしかして…。
カマかけられた!?
くぅ……。や、やられた…。
手塚さんからじゃ情報を得にくいから、ボロが出やすい私を標的に…。
悔しいけど…、ものすごく正しい判断だ…。
「乾、なんだかよく分からないけど、名無しさん困ってるじゃないか。可哀想だぞ」
「大石の言うとおりだよ。
可愛い子がいたら、かまいたくなるのも分かるけど」
大石さんと河村さんが、焦りまくっている私を助けようとしてくれる。
…二人とも、優しいなぁ。
可愛いなんてお世辞までわざわざ盛り込んで…。
ありがたや、ありがたや…。
「…名無し。困っているのか…?」
『えっ』
ふと気がつくと、隣にいた手塚さんが少し不安そうに私を見つめていた。
『あ…、えっと…』
「俺は何か…お前にしてしまっただろうか」
『い、いえ!何も!決して何もしてません!』
「そうか…?」
うっ……。
そ、そんなふうに見つめないで…。
手塚さんに見つめられると…、さっきのことを思い出しちゃう。
大石さんたちもいるし…恥ずかしくて、まともに顔、見られないよ。
「…フフ。
俺の推理が正しい確率、100%」
――――ギクッ。
「あれ?
なぁ、乾。ついさっきまで99%だって言ってただろ?
なんで今100%になったんだ?」
「それは名無しさんのおかげだよ、大石」
「?」
「名無しさんはとても素直な性格のようだ。
いいデータが集まりそうだよ…フフ…フフフ……」
怪しい笑みを浮かべながら、何かをノートにスラスラと書き連ねる乾さん。
『あ、あの…乾さん。
一体何を書いてるんですか…?』
ちょっと聞くのが怖いような気もするけど…。
「気になるかい?」
好奇心に勝てず、私は黙ってうなずいた。
ゴクリ…。
「君と手塚の間にあった出来事の推理と未来の展望さ。
もちろんただの想像じゃない。
この場に来たときに見聞きした君と手塚の表情・声色・仕草などの客観的事実と、今までに知り得た君と手塚の人物像、それらから導き出される平常時との相違点を踏まえて考察すると、おのずと非日常的なハプニングが発生したとの結論に至り、さらにはその出来事が二人の関係に作用し、部活動の合宿で知り合ったただの他校の生徒という認識をも変化させ、互いに異性として少なからず意識せざるをえない状況になったとするのが中学生という多感な年代としてはむしろ自然であり、またそのわずかな精神的揺らぎが特別な異性に対する感情へと繋がることも充分に考えられることから、その進展の確率をこれまでの経験と膨大なデータから編み出した俺独自の見解と一般的な見地の両方から公平に推測しつつ、君と手塚の未来の関係性について様々な方向からありとあらゆる可能性をつぶさに――」
『わーーーーーーー!!』
もういいです、わ、分かりました!』
「そうかい?遠慮はいらないんだよ。
俺の考えが知りたくなったら、いつでも俺のところに聞きに来るといい。喜んで時間を作ろう」
『は、はぁ…。ありがとうございます…』
うぅー…。
どっと疲れた……。
すごいこと言い出すんだもん、乾さん…。
…あれ?
ふと気がつくと、大石さんと河村さんの顔が少しだけ赤い。
「なぁ…、乾。
今の…どういう意味だ?」
「その…まさか、手塚と名無しさんが…?」
えっ……!?
ちょっ…。
「そういうことだよ、大石、タカさん」
「……!」
「ええっ?」
『えー!?』
「いや…、ちょっと待てよ、乾。
名無しさんには千石が…」
「あ、そういえばそうだったね」
大石さん、河村さん、それは誤解――。
「甘いな、二人とも。
俺が見るかぎり、千石と彼女はそういう関係じゃない。少なくとも、今はまだ」
「えっ。そ、そうなのか。
俺はてっきり…」
「だけど、それなら問題は無いってことだね」
「ああ、そのとおり」
全然そのとおりじゃない!
『あの!誤解してます、皆さん』
「それはどっちのことだい?」
『え?』
「手塚とのこと?
それとも、千石とのことかな」
乾さんがほほえむ。
…乾さんて、淡々と話すから、どこまで本気でどこまで冗談なのか分からないなぁ。
『…どっちもです』
「フフ…」
『えっ、な、なんで笑うんですか?』
「人の気持ちほど先を推測するのが難しいものはない。
今は誤解だとしても、いつか真実になるときがくるかもしれないだろう?」
『それは…』
普通に考えればありえないことだけど、1%もその可能性が無いとは確かに言いきれない。
…自分でコントロール出来るものじゃないもんね、そういうのって。
「俺としてはぜひそうなってくれると嬉しいんだけどね。
……もちろん、手塚と」
『えっ…』
手塚さんの名前のところだけは私にだけ聞こえるような小さな声で、それを聞いて戸惑う私を見て乾さんは楽しげに笑った。
わ、私が手塚さんとなんて、そんなことあるわけないよ。
………………………。
…って、ボーッとしてる場合じゃない!
手塚さんに聞かれてたよ、今の最後のところ以外全部!
どどどどうしよう!?
慌てて手塚さんを振り返る。
「乾、さっきから何の話をしている?」
………………………………全っ然気づいてない…。
手塚さんて…こういうことには鈍いのかも…。
で、でも、おかげで助かった。
よかったぁー…。
もし意味を理解されてたら、いくら乾さんの推測の話とはいえ、気まずすぎて顔を合わせられないところだったよ…さっきのこともあるし…。
と、とにかくここから離れよう。
乾さんにまた何か言われちゃったら大変だ。
『あの、手塚さん。そ、そろそろコレ運びませんか?
もう時間がせまってきましたし』
「ああ、そうだな。
ではみんな、俺たちは先に行っている」
手塚さんは大石さんたちにそう伝えると、荷物を持って歩き出した。
「手塚、名無しさん、また後で」
「ああ」
『し、失礼します』
私は声をかけてくれた大石さんたちに会釈して、手塚さんと一緒にコートのほうへと向かった。
…と、その途中。
「越前」
「部長…と、名無しさん」
越前くんに会った。
なんだかキョロキョロしてたみたいだったけど…。
『越前くん、誰か探してるの?』
「うん、まぁ。
乾先輩、知らない?」
『え!…い、乾さん?』
「?そうだけど」
うぅ、条件反射みたいにギクッとしちゃう。
「乾なら倉庫の辺りにいるはずだ。
ついさっき別れたばかりだからな」
「どうも」
手塚さんと私に小さく頭を下げて倉庫へと歩き出した越前くんは、なぜか私の隣で立ち止まった。
「…ねぇ、何かあったの?」
『えっ。ど、どうして?』
「様子が変だから」
『!な、何もないよ』
「ふーん………」
越前くんは疑いの眼差しを遠慮なく私に向けてきた。
ハラハラしながら、なんとかその視線に耐える私。
「…まぁ、いいけど」
まだ納得はいってないみたいだったけど、越前くんは私から視線をはずすと、スタスタと行ってしまった。
それからなんとか無事に荷物を運び終えることができたんだけど…。
はー、緊張したー…。
越前くんもそうだけど、乾さんも…手塚さんも。
それぞれ違う意味で緊張する…。
心臓に悪いよー。
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