合同合宿編
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うわっ、どうしよう。
もう時間過ぎちゃった!
夕食の後片付けに思ったより時間がかかって、千石さんとの待ち合わせに遅れてしまった。
一年生たちは待ち合わせのことを知ってるから、もう行ってくださいって言ってくれたけど、そういうわけにはいかない。
私はお手伝いしに来てるんだし、一年生に押し付けるみたいなことできないよ。
というわけで、全部仕事が終わったらこんな時間に…。
…待ってるかなぁ、千石さん。
ちゃんと謝らなきゃ。
…………………。
…さっきから、心臓がすごくドキドキしてる。
急いでるからか、これから千石さんと会うからか、分からないけど…。
でも、ドキドキするのなんて当たり前かも。
だってあのとき以来、初めてちゃんと話ができるんだもん。
千石さんは、私にとって大切な恩人。
人混みの中で転んでしまって動けずにいたところを助けてくれた。
そして、もうひとつ。
人との出会いがすごく不思議で大切なものだってことを、教えてくれた。
私の心に小さな、だけどすごく大切な変化をくれた人。
千石さんとの思い出は、ずっと私にとって特別だった。
何度もふっと思い出して、その度に前向きな気持ちになった。
だから、もう一度会えたときは本当に嬉しかった。
また会えるなんて思ってなかったから…。
もう二度と会うことのない人だと、ずっと思ってたから。
だけど…。
…本当は少しだけ、不安な気持ちもあった。
千石さんがどんな人なのか、私はきっと分かってない。
あの短い時間を一緒に過ごした、あのときの千石さんしか私は知らない。
もし私の記憶の中の千石さんと違っていたら…。
もしそうだとしても、もちろん千石さんは何も悪くない。
ただ、私が勝手に自分に都合の良いように記憶を装飾してるかもしれないって…。
そんな考えが頭をよぎって、不安になった。
きっとこんなに不安に思うのも、あの日の思い出がそれだけ私にとって特別だから。
でも、そんな不安を和らげてくれる出来事があった。
それは、お昼ごはんの配膳中に室町くんが私に言ってくれたこと。
――“…まぁ、あの人ああいう感じだから軽いヤツに見えるかもしれないけど、結構いい人だから、安心して”
そう言われたとき、なんだか嬉しかった。
室町くん自身が優しい人なんだってことも、千石さんが後輩にそんなふうに思ってもらえる人なんだってことも、分かったから。
それに…、あのストラップ。
別れ際、私がほとんど衝動的に、しかも強引に渡しちゃったものだけど…。
あのサンタさんとタオルは私も気に入ってたから、あの男の子が…千石さんが使ってくれてるかなって、ずっと気になってた。
だからカバンにつけてくれてたことが、すごくすごく…嬉しい。
少なくとも迷惑じゃなかったんだなって、安心もしたし。
そういうことを思い出して、今は不安よりも楽しみな気持ちのほうがずっと大きい。
だから、すごくドキドキするけど…。
早く、千石さんに会いたいな。
小走りで急いで、ようやく待ち合わせの場所までもうすぐというところまで来た。
次の角を曲がった先だ。
窓際に小さなテーブルセットがいくつか置いてあって、窓から遠くまでよく景色が見える場所。
跡部先輩が案内してくれたときには昼間だったけど、今の時間だと街のほうの灯りがきっときれいだろうな。
そんなことを考えながら角を曲がると、その先に千石さんの姿が見えた。
千石さんは椅子に座って外を眺めていたけど、私の足音が聞こえたのか、こっちを向いて立ち上がった。
『すみません!遅れてしまって』
建物の中を全力で走るわけにはいかないから小走りできたのに、それでも結構息がきれちゃった。
あんまりゼェゼェ言ってるのも気をつかわせるかと思って、なんとか抑えてるけど…。
「そんなの気にしなくてもいいんだよ。
遅れたっていってもほんの少しだし」
『いえ、本当にすみません。
待たせてしまって…』
頭を下げたけど何の反応もなくて、それが気になっておそるおそる顔をあげると、千石さんは私にほほえみかけた。
「…これくらい、平気だよ。
キミが来てくれるなら、どれだけでもオレは待つよ」
…なんか、今…。
今、一瞬だけ千石さんが苦しいような切ないような顔をしたような気がしたけど…。
「それより、さぁ、座って座って。
夕食の後片づけしてたんだよね?疲れたでしょ」
『…はい、ありがとうございます』
千石さんは自分がいた席の向かいの椅子をひいてくれた。
そこに座って、向かい合ったテーブル越しの千石さんはニコニコしていて、さっきの表情は微塵もなかった。
うーん…。
気のせいかな?
「名無しさん」
『は、はい』
なんか、こんなふうに向かい合ってると…緊張しちゃうなぁ。
「来てくれてありがとう。
嬉しいよ」
『いえ、そんな。
私の方こそ、誘ってくれてありがとうございます。
私も千石さんと話をしたかったので、嬉しかったです』
「ホントかい?ラッキ~!」
……ラッキー?
ラッキーっていうのとはちょっと違うような気がするけど…。
でも千石さんは嬉しそう。
…ふふ、まあいっか。
それから私たちは改めてお互いに自己紹介をして、私はこの合宿に参加することになった経緯も説明した。
ミーティングのときには本当に大まかな説明だけだったから、千石さんは気になってたみたいだ。
「なるほどねー、そういうことだったんだ」
『はい』
「でも、そのおかげでオレはキミにまた会えたんだから、やっぱりオレってラッキーかも」
また、ラッキー?
口ぐせなのかな。
なんだか千石さんらしくて、ちょっと可愛い。
「名無しさん」
ふいに名前を呼ばれて千石さんを見ると、いつのまにか私は見つめられていた。
その真剣な眼差しに、思わず身体が固くなる。
「オレは…ずっとキミに、…名無しさんに、会いたかった」
……!
「キミに初めて会ったあのクリスマスからずっと…。
…ずっと、もう一度会いたいと思ってたんだ」
壇くんから聞いていた言葉を本人の口から改めて聞いて、気恥ずかしさも増して…、顔がどんどん熱くなる。
千石さんが深い意味を込めて言ってるわけじゃないことくらい、分かってる。
あのとき、あんな少し変わった出会いかたをしたから印象に残ってて、もう一度話してみたかったっていうことなんだと思う。
そんなこと分かってるけど…。
心臓が、うるさいくらいにドキドキしてる。
「だからキミを見つけたときは、すごくびっくりしたよ。
一瞬、声が出せなかったしね」
そう言って、今度はニコッと笑う千石さん。
表情が次々変わって、なんだか初めて会ったときのことを思いだす…。
あのときもそんな千石さんに、私はドキドキしてばかりだった。
言われなれてないこととか、されなれてないことを一度に体験したから、気持ちが追いつかなくて…。
『…私もすごくびっくりしました。
でも実は私、ミーティングルームに入る前に、もしかしたらこの中に千石さんがいるんじゃないかって思ってたんです』
「えっ…?」
『日吉くんとミーティングルームに行く途中に、廊下に置いてある荷物を見つけて…。
その中のひとつに、あの…。千石さんに渡した、サンタさんのストラップがついてたので』
ちょっと自意識過剰かなと思いつつ、本当に嬉しかったから、つい言ってしまった。
『半分押し付けたみたいな渡し方になっちゃったので、迷惑になったんじゃないかって心配だったんです』
……あれ?
千石さん、無反応だ。
…ハッ!
や、やっぱり自意識過剰だったのかな?
あれつけてくれてたのは、ただの気まぐれだったとか…?
もしそうだったら、こんなこと言われても困るよね?
…いやいや、希望は捨てちゃいけない。
……けど、捨ててしまいそう。
……………………。
あのとき千石さんが受け取ってくれて、笑顔になってくれて、私はすごくすごく嬉しかった。
…千石さんはあのとき、どう思ってたのかな。
今は、どう思ってるのかな…。
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