合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
「あ、あっちのほう席あいてるわよ、みんな」
「ほんとだ。
じゃあ、あそこで食べよっか」
夕食の準備も無事に終わって、小坂田さんと竜崎さんがみんなの分の空いている席を見つけてくれた。
お昼はお手伝いメンバーみんなで一緒に食べたんだよね。
晩ごはんもみんなで食べるっていうことになってたんだけど…。
『あっ、ごめん。
私、一緒に食べる約束があって』
配膳してるときに誘われて、約束したんだ。
「えっ、そうなんですか」
『うん、さっき誘われたんだよ』
竜崎さんにそう答えると、小坂田さんがズイッと詰め寄ってきた。
「あーっ!
それってまさか…千石さんですか?
夜にも会うのに、ごはんまで一緒に食べるんですか?
もー、ラブラブですねー!」
は、始まった…。
『ちっ、違うよ。
誘ってくれたのは、宍戸先輩と鳳くんだよ』
「なーんだ、そうですか」
小坂田さん…ものすごく残念そうだなぁ。
みんなと別れて宍戸先輩と鳳くんを探していると、私の名前を呼ぶ声がした。
「名無し、こっちだ」
その方向に目を向けると、少し離れた席で手招きしてくれている宍戸先輩がいた。
トレイを持ってそっちに歩いていくと、先輩の斜め向かいに座っていた鳳くんが隣へと促してくれた。
わざわざ私のために席をあけておいてくれたんだ…。
『ありがとう』
お礼を言ってその席に座ると、二人が私に笑いかけてくれた。
「よぉ、来たな」
「名無しさん、お疲れさま」
宍戸先輩と鳳くんは、いつもと同じように私を迎えてくれた。
でも……なんだろう。
なんか…変な感じがする。
「名無しさん?」
「どうしたんだよ、大丈夫か?
疲れてるんじゃねぇか?」
あ…。
ふと気がつくと、二人が心配そうに私を見つめていた。
『すみません、大丈夫です。
おなかすいたなーと思って』
…つい、ごまかしちゃった。
だって、なんか変な感じがした、なんて言えない。
自分でもその理由が分からないのに。
うーん…。
二人がいつもと同じように笑いかけてくれたとき、なんだか…。
胸のあたりが、ほわっとしたような…。
それから、私たちは今日あった出来事をいろいろ話した。
午後の練習では三人とも違う班だったから、宍戸先輩と鳳くんから知らない話をたくさん聞くことができて、すごく楽しかった。
他の班で起きたハプニングとか、他校の人のこととか。
私はというと、お手伝いメンバーのみんなのことを話して、そして次に一年生の会のことを話題にしようとした、そのとき――。
「名無しさん、ちょっといい?」
ふいに名前を呼ばれた。
二人との話に夢中になっていた私がそっちのほうへと顔を向けると、そこには越前くんが立っていた。
『あれ?越前くん。どうしたの?』
その問いかけに、越前くんは手に持っていたものを私へと差し出した。
「これ、アンタのじゃない?」
『…あ!これは!』
越前くんが手にしていたのは、いつの間にかなくしてしまっていた私のタオルだった。
『これ、どこにあった?
越前くんが見つけてくれたの?』
「練習してた場所から少し離れたところにあった。
やっぱりアンタのだったんだね」
『うん、そう!
うわー、よかったー!
ごはんの準備するときに気がついて、あとで探そうと思ってたんだ』
「練習が終わったあとに落ちてたのを見つけたから、アンタのじゃないかと思って。
さっき言えばよかったんだけど、あのときは持ってなかったからね」
『そうだったんだ、ありがとう!』
越前くんの手からタオルを受け取る。
無造作に落ちてたわけだから、土とか草とか何かしらの汚れが当然少しは付いてたはずだけど、そのタオルにはそういうのは全然なくて、そのうえきれいに畳まれていた。
『ごめんね、越前くん。
落ちてたんだったら、汚れてたでしょ?』
言いながら越前くんを見ると、越前くんは私からスッと目をそらした。
「…べつに」
……………。
この様子だと、やっぱり汚れてたみたい。
わざわざきれいにして持ってきてくれたのかと思うと、なんだか胸がじーんとなる。
「ワリィな、越前。
手間かけさせちまって」
「越前、ありがとう」
私が密かに感動を覚えている間に、宍戸先輩と鳳くんが越前くんに声をかけた。
「………。
偶然視界に入っただけなんで。それじゃ」
淡々とそう答えると、その場から離れようと背を向ける越前くん。
『あっ、ちょっと待って』
慌てて呼び止めると、越前くんは足をとめて振り返ってくれた。
『ありがとう、越前くん。
すごく助かった』
お礼を言うと、越前くんはなぜかかすかに笑った。
……?
「人に渡すタオルは忘れないのに、自分のタオルは忘れちゃうんだ。
そういうの、本末転倒って言うんだっけ」
うっ…!
「おっちょこちょいなんだね、アンタ」
うぅっ…!
『返す言葉もございません…』
また痛いところをつくな、越前くん…。
でも否定できない…。
ああ…、これで越前くんにとって私はおっちょこちょいなうえに変な人、か…。
ちょっと落ち込んじゃうな…アハハ……ハハ…。
「まぁ気が向いたら一応フォローしてあげてもいいけど。
一応仲間なんでしょ、一応」
『え…、仲間?』
「一年生の会の」
『あ、うん、そうだね。
…うん、そうだね!』
一応って強調されてるのがちょっとだけ気にならないこともないけど…。
…仲間、だって。
越前くんってあんまりそういうこと言わないタイプっぽいから、こんなふうに言われると一段と嬉しいなぁ…。
…ムフフ。
…ムフフフ。
…ムフフフフ。
「…………………。
…それじゃ、俺もう行くから」
『うん、またね!越前くん』
「じゃあ、また。
おっちょこちょいで、ちょっと変わったセンパイ」
………………。
ガーン…。
ショックを受ける私の顔を見て満足したように笑いながら、越前くんは歩いていった。
おっちょこちょいで、ちょっと変わった先輩……。
ちょっと、ってつけてくれたところに越前くんの情けを感じる…けど…。
やっぱりそう思われてたんだ…。
ガーン………。
「名無しさん、ずいぶん越前と仲良くなったんだね」
「だよなぁ、いつのまに。
なんかあったのか?」
『え…?』
仲良く……?
今のって、仲がいいっていうような会話だったっけ?
「どうしたの?名無しさん」
『えっと…。
今の会話の一体どこに仲がいい要素が…?』
「え?要素って…」
「何言ってんだ?全部だろ、全部」
???
ますます分からない。
私は思わず首をかしげた。
するとそんな私を見た宍戸先輩と鳳くんが、顔を見合わせて笑いだした。
「そっか、お前は越前とは知り合ったばっかりだったな」
「名無しさん、越前のあの態度は悪くとる必要ないよ」
『え?
えーっと、…どういうこと?』
「越前があんなふうに言うのは、名無しさんに親しみを覚えてるからだよ」
「そういうこと。
そうでもなけりゃ、あいつは最低限の用だけ済ませてさっさと行っちまうぜ?
そういうやつだ、越前ってやつは」
『そ、そうなんですか…?』
親しみ…。
そうなのかな…?
うーむ……。
「この合宿が終わる頃には名無しさんもきっと分かるようになってると思うよ。
あいつがそういうやつだって」
「そうそう。
それより、さっき越前が言ってた一年生の会ってなんだ?
もしかして、それか?仲良くなったきっかけは」
『あっ。
そういえば、まだ話してなかったですね』
私は二人に一年生の会のことを話した。
その話を、二人ともなんだか嬉しそうに聞いてくれて…。
「へぇ、そんなことがあったんだ」
「じゃあ、葵とか壇とも仲良くなったんだな」
『はい、葵くんも壇くんも親切にしてくれました』
「…よかったな」
ふと、宍戸先輩がいつもより静かな声でそう言った。
『先輩…?』
「お前、心配してただろ?
他校のやつらとうまくやれるかどうか」
『あ…』
「だから…、よかったな」
宍戸先輩はいたわるような目で私を見つめた。
合宿が始まる前に不安がっていた私が一年生のみんなと楽しく過ごせたことに、先輩も安心してくれてるのが伝わってくる。
「やっぱり俺たちの言うとおりだったでしょ?
名無しさんならきっと大丈夫だと思ってた」
『あ…、うん』
鳳くんが言ってるのは、テニス部の部室でみんなが言ってくれたことだよね。
私ならきっと他校の人たちにも馴染めるよって…。
そのおかげで、前向きにこの合宿にのぞむことができた。
「だけどね、名無しさんは真面目だし、みんなと打ち解けるまでに気疲れするんじゃないかって少し心配だった。
だから安心したよ」
『鳳くん…。
ごめんね、心配かけて』
「ううん、友達なんだからそんなの当たり前だよ。
それに、一年生の中に女子がいたこともよかったね。
手伝いに来てくれてる一年生とはよく一緒に行動することになるし、名無しさん、女の子と仲良くなりたいって言ってたから」
『うん…、本当にそうだね。
小坂田さんも竜崎さんも、男の子たちもみんな、すごく優しくしてくれるよ』
それに、宍戸先輩も鳳くんも…。
すごくすごく、優しくしてくれるね、いつも……。
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