氷帝での出会い編
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「…っ!!
鳳!お前、なに勝手にっ!」
「でも、完璧だっただろ?」
「くっ…」
言葉につまった日吉くんは、そのまま黙ってしまった。
日吉くんなりのエール…。
本当に……?
「お前もガキの頃から変わらねぇな、日吉」
「ややこしいC~」
「もっと分かりやすく言ってみそ?」
宍戸先輩たちが次々に声をかけると、日吉くんは真っ赤な顔でチラッと私を見たあと、あたふたしながら反論した。
「べっ、別に俺は!」
「…誰かを心配して…励ますのは……」
そのとき、樺地くんが静かに話しだした。
「…隠すようなことでは…ないと思います……」
「…っ」
それっきり、日吉くんはまた無言になってしまった。
…樺地くんの言葉を否定しないってことは、鳳くんが言ってくれたこと…本当なのかな…?
もしそうだとしたら…。
すごくすごく……嬉しい。
『…ありがとう、日吉くん』
私がそう伝えると、日吉くんはぷいっとそっぽを向いた。
「べ、べつに。
鳳が勝手に想像で膨らませただけだからなっ」
膨らませただけ…。
…それって、完全な間違いでもないってことだよね?
……………。
やっぱり、優しい。
日吉くんは…優しい。
そして、それを気づかせてくれたみんなも。
みんな…本当に優しい人ばっかりだ。
―――――――キーンコーンカーンコーン………
そのとき、辺りにチャイムの音が響き渡った。
…………あ。
そういえば、今って…。
「げっ!やべー!
くそくそ、今が昼休みだってこと忘れてたぜ!」
「俺もだ、激ダサだぜ…」
わ、私もだ…。
「チッ、俺としたことが…。
おい、お前ら、一旦解散だ。
放課後またここに集合しろよ」
跡部先輩の声を合図にみんなで部室から出る。
そのとき、跡部先輩と忍足先輩に肩や背中をポンポンと叩かれた。
見ると、跡部先輩は前を向いたまま私の頭を軽くなでて、忍足先輩はうなずいて笑いかけてくれた。
二人は私が日吉くんとのことで悩んでることを知ってるから、きっと、さっきのこと良かったなって言ってくれてるんだ…。
気遣ってくれる先輩たちのその気持ちが伝わってきて、嬉しくて、私は二人に小さく頭を下げた。
「なんか俺、眠くなってきたC~…」
「ちょ、芥川さん、こんなときに寝ないでくださいよ」
「ほなみんな、また放課後に」
「ウス」
「俺たちも急がないとね。
行こう、名無しさん」
『うん、そうだね』
私は鳳くんと一緒に小走りで教室へと向かい始めた。
みんながお互いに手をふって、それぞれの教室の方向へとわかれていく。
遠ざかっていくみんなの背中。
…またすぐ集まるのに、少しさみしいのはなんでかな。
それに合宿も、行くって決めたときよりも楽しみになってるような気がする。
……………………。
「名無しさん?どうしたの?」
少し考え事をしてたら、鳳くんが声をかけてくれた。
『鳳くん』
「ん?」
『…私、合宿楽しみだよ。
みんなのおかげで、前よりももっと楽しみになった』
並んで一緒に走りながら、鳳くんは少し驚いたように私を見た。
「名無しさん…」
言ったはいいもののなんだか照れくさくなって、鳳くんの視線を私は笑ってごまかした。
「それは…俺もだよ。
合宿はずっとテニスをしていられるからもともと好きだけど、今回はいつもよりずっと楽しみなんだ。
たぶん、みんなも同じだと思う」
『え、そうなんだ?
何か特別なことがあるの?』
「うん、そうだよ」
『へー、なになに?
私が聞いても大丈夫なことなら教えて?』
「えー、どうしようかなぁ」
うー…、私が知ってちゃいけないことなのかな?
それならしょうがないけど…き、気になる。
「そんなに知りたい?」
『え?う、うん。
でも言えないことなら――』
「君だよ」
『……え?』
気がつくと、私の足は止まっていた。
言葉の意味をのみこめなくて、目の前の鳳くんを見つめる。
すると同じように足を止めた鳳くんは、私に向き合った。
「名無しさんだよ。
いつもと違う、特別な理由」
『私…?』
うなずいて私を見つめ返す鳳くん。
「名無しさんは、俺たちにとって特別な存在だから」
………………………。
…みんなにとっての特別な存在……。
……私が?
『…鳳くん、もしかして…からかってる?
そんなこと、あるわけ…』
「ないと思う?」
『だ、だって…』
「こんな嘘、つかないよ。
みんながみんな、はっきり言葉にするわけじゃないけど…。
なんとなく、分かるんだ」
鳳くんがこんな嘘つかない人だってことくらい知ってるけど…。
それじゃ、鳳くんの言ってることが本当だってことになっちゃって…。
ま、まぁ…特別っていっても良い特別と悪い特別があるけど、もし悪いほうだったら鳳くんはわざわざこんなふうに言ったりしないだろうし…。
でも、そんなの…やっぱり…。
「どんなふうに特別かは、みんなそれぞれ違うだろうけど…」
やっぱりどうしても信じられなくて何も言えずにいる私に、鳳くんは続けて言った。
「突然こんなこと言われても、信じられないかもしれないね。
でも…、本当だよ」
…………………。
…鳳くんが冗談とか嘘でこんなこと言うはずない。
でも……。
「うーん、やっぱり信じられないかな」
困ったように笑う鳳くんに、私はハッとして慌てて首を横にふった。
『あっ、ううん!
鳳くんのこと信じてないわけじゃないんだよ?
ただ、えっと…』
「あ、違うんだ、ごめん。
急に言ってもただびっくりさせてしまうだけかなって思ってはいたから。
本当にごめんね」
私は何も言えなくて、ただ首を横にふった。
確かにびっくりしたけど…、それは嫌なびっくりじゃなくて…。
すんなり信じられないのは、もし…本当だったら…。
…すごく嬉しいって思うから。
「本当はね、こんなふうに話すつもり、なかったんだ。
言葉にしなくても、みんなで一緒にいて、いつか自然にそれが君に伝わればいいなと思ってたから」
鳳くんは「でも…」と言うと、廊下の窓から外へと目を向けた。
その先にはさっきまでみんなといたテニス部の部室がある。
「さっきの部室での話、あったでしょ?合宿の話。
名無しさんが他校の人たちと馴染めるかどうかっていう話」
『うん…』
「俺は本当に大丈夫だって思ってるけど、日吉の言うこともそのとおりだなと思った。
だから、この機会に名無しさんに知っておいてほしいと思ったんだ」
私のほうへと視線を戻す鳳くん。
「俺たちが、一緒だよ」
『え…』
私を見つめる鳳くんの目は優しくて…真剣だった。
「今度の合宿だけじゃなくて…これからのいろんなとき、俺たちが一緒にいるってこと、忘れないでほしいんだ」
『鳳くん……』
「俺だけじゃ頼りにならないかもしれないけど、先輩たちも、日吉や樺地もいるから。
それで、いつか…。
いつか、名無しさんにとっても俺たちが…特別な存在になれたらいいなって」
鳳くんは照れたように笑った。
「あはは…、俺の勝手な願望だけどね」
みんなが私にとって、特別な存在に…。
……………………。
みんなが私のことを鳳くんの言うとおりに思ってくれてるとはやっぱりちょっと思えないけど…。
でも、私にとってみんなは……。
さっき感じたさみしさも、合宿を楽しみに思う気持ちも…。
もしかしたら…。
……………………って。
『あ゛ーーーーーーーっ!!!』
「えっ!?
な、何?どうしたの?」
どどどどどどどうしよう~~~~~!!
わ、忘れてた…………。
『今…』
「今…?」
『…………授業中…』
「あ……」
鳳くんと顔を見合わせて固まること、数秒。
「は、走ろう、名無しさん!」
『う、うんっ!』
私たちしかいない廊下を、今度は全力で走り出す。
『…鳳くんっ』
さっき鳳くんが言ってくれたことの中に気になる言葉があった私は、走りながら声をかけた。
『私ね、鳳くんのこと…』
……うっ…。
いざとなると、照れちゃうな…。
小さな声しか出せないよ。
でも鳳くん、私の気持ちとは全然違うこと言ってたから…。
だから、それは違うよって言わなきゃ。
「?
ごめんっ、聞こえなかった」
不思議そうな表情で、私との距離を少し狭める鳳くん。
わー、ダメだ!
恥ずかしいうえに走ってるから、顔が赤くなっちゃう。
「走るペース、速すぎる?」
『あっ、ううん、大丈夫っ』
うー、気を遣わせちゃってるし…。
『…あのねっ』
「うん?」
『私っ、鳳くんのこと…』
よ…よし、言うぞ!
『すごくすごく、頼りにしてるよっ』
「…っ」
――“俺だけじゃ頼りにならないかもしれないけど”
さっき鳳くんはそう言ったけど…。
テニス部のみんなの中で一番最初に知り合って、あれから私は何度も鳳くんに助けられてきた。
すごく頼りになる、大切な友達。
『いつもありがとう、鳳くんっ』
すごく恥ずかしかったけど、思いきってそう伝えた。
すると鳳くんの頬がさっと赤く染まって、
「…ありがとう、名無しさん!」
にこっと嬉しそうに笑ってくれた。
「合宿、楽しみだね!」
『うんっ、楽しみ!』
「一緒にがんばろうね!」
『うん!一緒にがんばろう!』
鳳くんと一緒だと、ささいなことでも楽しい。
テニス部のみんなといるのも、なんだか楽しい。
そんなふうに思えていることが嬉しい。
そんなふうに思える人たちに出会えたことが嬉しい。
私にとってテニス部のみんなは…。
――“いつか、名無しさんにとっても俺たちが…特別な存在になれたらいいなって”
もしかしたら…もう…。
もう、特別かもしれない人たち。
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