氷帝での出会い編
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*忍足side
今日の授業が全部終わって、教室が一気に騒がしくなり始めた。
そんな放課後ならではの解放感に満たされた教室で、俺は一人、考え事をしとった。
それはおとといの放課後の出来事。
あの日、偶然ななしちゃんと会った俺は、そのまま廊下で他愛ない話をしとった。
そこに来た女の子がななしちゃんに話がある言うて、二人はカフェテリアに行った。
俺はそれを一旦は見送ったんやけど…。
ななしちゃんに対する彼女の態度に小さな違和感を覚えた俺は、それがどうしても気になって二人のあとを追ってカフェテリアへと向かった。
脳裏をよぎった良くない想像に、確証があるわけでもないし俺の考えすぎであってほしい。
そう思いながら。
けど、二人と適度に離れた席に座った俺の耳に聞こえてきたんは、その想像が当たってしまった、聞きたくない言葉やった。
「私はあなたを品定めするために――。
何の取り柄もないあなたが、跡部様たちと親しいことに納得がいかなくて――」
そして俺は見ることになったんや。
ななしちゃんの…悲しそうに曇っていく顔を。
俺はすぐにななしちゃんを助けにいきたい気持ちをなんとか押さえて、冷静になるよう自分に言い聞かせた。
ある意味当事者の俺が出ていったら、余計に話がややこしいことになりかねんかった。
そうしてしばらく様子を伺っとるうち、俺は気がついた。
もし彼女が強い悪意をもってななしちゃんに接触してきたとしたら、誰に見られとるか聞かれとるか分からんようなこんな場所を、自分から選ぶはずないということに。
張りつめとったものが少し緩むのを感じた俺は、それからしばらくして笑顔まじりで話し始めた二人を見て、その場を離れた。
彼女はななしちゃんに会いに来た理由を、品定めやて言うとった。
せやからきっと、ななしちゃんと会ってみて、彼女なりに何か感じるところがあったんやと思う。
ななしちゃんはそんな彼女の気持ちを受け入れて、許してあげたんやろう。
二人の間のことは、俺が口を出すことやない。
俺が見た二人はほんまに楽しそうやったし、ほっとしたんも事実や。
せやけど…。
あのとき見たななしちゃんの悲しそうな顔を忘れることは、できそうもなかった。
その次の日、俺は一連の出来事を跡部に話しておくことにした。
細かいことはふせておくにしても、大筋は跡部には知っといてもらったほうがええと思ったんや。
けど意外なことに、跡部は俺が言うつもりやったことはもう知っとった。
樺地から聞いたらしい。
そのとき、ななしちゃんに会ってみるようあの子にすすめたんが樺地やいうことを、初めて知った。
樺地はあの子が悪い子やないと分かっとったから、会ってちゃんと話せば分かってくれるはずやと思ってそう言うたらしい。
それでも、ななしちゃんに対してそういう気持ちを持つ子がおること自体が心配やったようで、跡部に報告してきたいうことやった。
それから俺らは樺地をその場に呼んで、これからは三人でななしちゃんの様子を気にかけるようにしようと話し合って決めた。
こんなことがまた起きるなんて考えたくないことやけど、万が一の為や。
樺地は自分が軽率やったと言うとったけど、それは違うと俺は思う。
樺地の口から何を言うたところで、あの子はきっと納得せえへんかったはずや。
半端にかわして火をくすぶらせたままにしておくより、ずっとええ方法やったと思う。
ななしちゃんの受ける傷を、最小限に抑える為に。
それは俺からも跡部からも、樺地によう言うて聞かせた。
それはええんや。
けど、もし…。
俺らと一緒におることで、もしまたななしちゃんにあんな顔させてしまうようなことがあったら…。
そんなん…俺には耐えられへん。
そんなふうにきのうまでの事を考えとったとき、俺はふと、ななしちゃんの顔が見たくなった。
今日はまだ会うてへん。
跡部と樺地から、元気な様子やて聞いてはおるけど…。
俺は席を立って、ななしちゃんのクラスへと向かった。
目的の場所辺りまで行くと、廊下で友達らしき女の子と一緒におるななしちゃんを見つけた。
ななしちゃんに変に思われんためにも教室まで行くんは避けたかったから、よかったわ。
そのとき友達と手を振って別れたななしちゃんが、こっちのほうに歩いてきた。
まだ俺には気づいてへんみたいやけど。
「ななしちゃん、こんにちは」
『えっ。…あっ、忍足先輩!』
突然声をかけられたななしちゃんは一瞬驚いたようやったけど、声の主が俺やと分かるとパッと笑顔になった。
こんにちは、と言いながら俺のところに来るななしちゃん。
その笑顔から俺に気を許してくれとるんが伝わってくる。
会ったばかりの頃には見られへんかった笑顔や。
いつもならこういうとき、自分の気持ちがじんわりと暖かくなっていくのを感じるんやけど…。
今日は少し…切ない。
『先輩、今日はもう帰るんですか?
今日は部活お休みだって鳳くんから聞きました』
…跡部と樺地から聞いたとおり、元気そうや。
それに…鳳ともいつもどおり話しとるんやな、…よかった。
けど……あんなことがあって、心の中まで全くいつもどおりでなんて、おられるはずあらへん。
「そうや。ななしちゃんは?」
『私もそろそろ帰ろうかなって思ってたところです。
本当はすぐ帰るつもりだったんですけど、つい友達と話しこんじゃって』
跡部の話やと、きのうななしちゃんと一緒に生徒会の活動をしとったけど、跡部にはあの事は何も言わんかったらしい。
樺地にも。
…そして、俺にも。
俺らに気を使わせる、責任感じさせる可能性を考えて黙っとるんや。
いや…俺らの為だけやない。
多分、あの子の為にも。
ななしちゃんは、一緒におると不思議と気が楽になる子や。
会う前は、跡部がえらい気に入っとる様子やったから、どんな子なんやろかて思っとったんやけど…。
生徒会室で初めて会ったときの印象は、特に変わったところはなさそうな、普通の子やった。
けど少し話してみたら、えらい素直な子やなぁと思った。
いろんな噂やら評判やらを散々耳にしとったはずの跡部に対しても、先入観にとらわれず、直に接して知ったことや感じたことを通して慕ってくれとる。
そういうのは、出来そうでなかなか出来んことや。
それに、考えとることが顔や態度に出てしまうんも、無防備で可愛らしい。
…ああ、なるほどなぁ、て。
跡部が気に入った理由が、そのときなんとなく分かった気がした。
鳳も宍戸も、それに跡部も俺も、きっとななしちゃんがそんな素直で可愛らしい子やから、こんなふうに仲良うなれたんや。
せやのに……困った子やなぁ。
こんなときだけ、いつもより隠すの上手いなんて。
……………………。
もっと、頼ってくれたらええのに…。
…そのほうが、よっぽど安心やのに。
今ここで、実は全部知っとるんやって打ち明けて、もっと俺らに頼るように言うんは簡単や。
けど、それはななしちゃんが俺らのことを考えてくれた、その気持ちを無下にしてしまうことになる。
それに今の時点では、俺らがいつも通りでおることこそが、ななしちゃんにとってきっと一番ええことなんやと思う。
せやから、俺も何も言わへん。
何も言わへんけど……。
俺は…俺らは、ちゃんと知っとるで。
ななしちゃんがほんまに…優しい子やいうこと。
『忍足先輩、どうかしましたか?』
「…ななしちゃんは、可愛いなぁ思て」
『あ、そうなんですか。
……………………………………………えぇっ?!』
俺を二度見して固まるななしちゃん。
それがおかしゅうて、俺は思わず吹き出した。
『……あ。
あー!先輩、からかいましたね?!』
ひどいですよ、もう!と、ななしちゃんは俺から顔を背けた。
それがまた可愛いんや。
分かってへんなぁ、この子は。
「笑ったんは堪忍してや。
せやけど、可愛い思ったんはほんまやで。
俺はいつもそう思っとるんやけど……あれ、知らんかったん?」
『…っ!
も、もういいです!わわわ分かりましたからっ』
…こういうのは全く隠されへんのに。
…………………。
…なぁ、ななしちゃん。
俺もみんなも、ななしちゃんのそばにおるで。
俺らがもう、あんな悲しい顔、させへんようにする。
せやから…。
これからもこんなふうに、俺らと一緒におってな。
俺はななしちゃんが、ほんまに…可愛いんやから。
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