氷帝での出会い編
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みんなの前で一人語りをしてしまうという恥ずかしい出来事をなんとか乗り越えた私は、新たな困難に直面していた。
ど、どうしよう…。
…完全に迷っちゃった。
そう、この広すぎる豪邸で、トイレの帰りに私は迷子になってしまった。
迷子になるなんて、小学校低学年のとき以来だ。
こ、困った…。
どっちの方向から来たのか全然分からないよ。
あっ、そうだ!
メイドさんに聞きにいけば…!
って、ダメだ…。
メイドさんを探してるうちに余計迷いそう。
今はこの近くにはいなさそうだし…。
あぁぁ、本当にどうしよう。
「…名無し…さん」
『どわっ!』
背後から声をかけられて、ビクッと肩がはねる。
バッと振りかえると、そこには樺地くんがいた。
『あ…、樺地くん』
「……」
『ごめん!
考え事してたからびっくりしちゃって』
「…ウス」
はー、まだ心臓ドキドキしてるよ。
『そういえば、樺地くんはどうしてここに?』
「名無しさんを…探しに…来ました」
『えっ?私を探しに?』
「ウス」
迷ってたからそれは助かるけど…でもなんでだろう?
まさか…。
『…跡部先輩に言われて?』
「ウス」
『あいつのことだから迷子にでもなってんじゃねぇか、とか言われて?』
「…ウス」
『…樺地くんもそう思った?』
「……」
『…気を使わなくていいよ。そう思ったよね、やっぱり』
「………………ウス」
…ハッ。
樺地くんに目をそらされてしまった。
いつも冷静な樺地くんが、今ちょっと動揺してたような…。
…やっぱり跡部先輩にも樺地くんにも頼りないやつだと思われてるんだな、私。
「こっち…です」
樺地くんは私に背を向けてスッと歩き始めた。
あ、部屋、こっちの方向だったんだ。
『ありがとう、樺地くん。
すごく困ってたから、樺地くんが来てくれて本当によかった』
「ウス」
私の前を歩きながら答える樺地くん。
…背中、大きいなぁ。
『ね、樺地くん。
こんなふうに二人で話すの、初めてだね』
「ウス」
初めて話したのは私が生徒会に入った日だったけど、あのときもあれからも他に必ず誰かいたもんね。
なんだかこうして二人でいるの、新鮮だなぁ。
……。
そのとき私の脳裏にある事が思い浮かんだ。
それは生徒会に入ってしばらくした頃からずっと心にあった事。
誰にも言わないほうがいいと思っていたけど、その思いは大きくなる一方で…。
私はいつからか、それを樺地くんに相談してみたいと思うようになっていた。
『あの、樺地くん。
ちょっと話があるんだけど…いい?』
「…?」
樺地くんは足を止めて振り向いてくれた。
こうして向き合うと緊張するけど…やっぱり聞いてみよう。
せっかくこんな機会がきたんだから。
『あのね…生徒会のことなんだけど…』
「……」
『その…樺地くんも知ってることだけど、私が生徒会に入ったのは樺地くんの負担を減らす為だったでしょ?』
「ウス」
『でも私…本当にその目的の役にたってるのかなって』
「……」
『跡部先輩も…本当に時々なんだけど、疲れてるなって私にも分かるときがあって』
「……」
『私、心配なんだ。
補佐が私じゃ役者不足なんじゃないかって。
もしそうなら…可能なら、今からでも誰か他の人を探したほうがいいと思って』
「……」
『そのほうが、生徒会の為にも跡部先輩の為にも…きっとテニス部の為にもなるから』
…そう。
分かってたことだけど、樺地くんと私じゃあまりにも差がありすぎて…。
どんなにがんばっても、不安になる。
なぐさめてほしいわけじゃない。
優しくしてほしいわけじゃない。
ただ、本当のことが知りたかった。
私は私なりに努力はしているつもりだ。
だけど跡部先輩ならきっと、相手が誰だろうと、たとえ努力していたとしても、ダメなものはダメだってはっきり主張すると思う。
だから私が何も言われないっていうことは、ある程度はやるべきことをできているんだとも思う。
でも…。
…でも、生徒会に入って一緒に活動をしていくうちに、それまで持っていたイメージとは違う跡部先輩の一面を、私は知ったから。
跡部先輩は…。
強くて、厳しくて、……優しいから。
だから、ずっと心にひっかかってた。
私は本当に役にたててるのかなって。
…きっかけはあんなだったけど、生徒会に入ったことは私にとって本当にいい事だった。
仕事はいろいろ大変なこともあるけど、先輩達と一緒に頑張って何かを達成できたときはすごくうれしいし、楽しい。
だからこそ、こんなに気になるんだと思う。
でも跡部先輩たちに直接聞くことなんてできないし、他にこの事を相談する相手っていったら、跡部先輩のことをよく知ってる鳳くん達テニス部のみんなが思い浮かんだけど…。
それはなんだかみんなに甘えてるような気がして、なかなかできなかった。
だからってこのままいつまでも一人で悩んでてもしょうがない。
だから思いきって誰かに相談してみようと決めたときに、思い浮かんだのが樺地くんだった。
樺地くんは跡部先輩のことよく分かってるはずだし、生徒会でも一緒で同じ学年だから話しやすいし、それにきっと…本当のことを教えてくれる。
『ごめんね、急にこんなこと聞いて…。
でもずっと気になってたことなんだ。
だから、樺地くんの目からみてどうなのか教えてほしくて…』
「……」
『遠慮はいらないから、本当のこと言って、樺地くん』
「……この間…」
少し間をおいて、樺地くんが話し始めてくれた。
樺地くんがなんて言うのか気になって、ドキドキする。
「…跡部さんが早く帰った日が…ありました」
『あ、うん』
私がたまには早く帰ってくださいってお願いした日のことだよね。
あれは勇気がいったなぁ。
なんか照れくさくて…。
でも跡部先輩に任せてもらえて、休んでもらえて、嬉しかった。
「あれが…答えです」
『えっ?』
よ、よく意味が分からない…。
「…跡部さんは…何でも完璧に…こなします…。
その為の努力は…弱いところは…ほとんど人に…見せません」
『うん…そうだね』
跡部先輩の本当にすごいところは、何でもできるところじゃないと思う。
何でも簡単にできているようにみえてしまうくらいに、強い意思で努力を重ねて、自分に自信をもっているところなんだ。
だからこそ先輩と一緒にいると、もっと頑張りたい、少しでも力になりたいっていう気持ちに自然となるんだと思う。
「仕事を残した状態で…帰るのは…名無しさんに…完璧ではないところを見せること…です」
あ…。
「跡部さんは…名無しさんを…信頼していると…思います」
樺地くんは私の目を真っ直ぐに見て話してくれた。
…樺地くんの目はすごく静かだ。
跡部先輩は見透かすような目をするけど、樺地くんの目は何もしようとしなくてももう見えてるような…そんな目だ。
だから…、樺地くんの言葉はスッと心におりてくる。
もし樺地くんが言ってくれたとおりなら、本当に嬉しい。
でもそうじゃなかったとしても、そうなるように頑張りたい。
だったらどっちにしても、今の私にできることはたったひとつしかないんだよね。
『…ありがとう、樺地くん。
私…、もっとがんばるね』
「無理は…しないでください」
『うん、無理しないでがんばるよ!』
「………ウス」
あ、今ほんの少しだけ樺地くんが笑った。
わー、樺地くんが笑うところ見たの初めてだ。
なんか嬉しい。
それからみんなのいる部屋まで、樺地くんと私はいろんな話をしながら戻った。
といっても、ほとんど私が一方的に話しかけてたんだけど。
でも樺地くんはちゃんと聞いてくれて、時々さっきみたいに少しだけ笑ってくれた。
本当にありがとう、樺地くん。
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