氷帝での出会い編
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*跡部side
ある日の放課後、生徒会室に入ると、名無しがいた。
こいつが宍戸や鳳とも親しくしていると知ったあの日から数日。
今日もいつものように黙々と仕事に取り組んでいる。
出会う前の俺の想像を上回る、真面目なやつだ。
最初に名無しの資料を見たときのことを、今でもはっきりと覚えている。
見事なまでに、全てにおいて中程度の成績。
こいつの担任が俺に話をもってきたとき、名無しは生徒会の一員として立派にやっていってくれるはずだとかなんとか、えらく力説していったところをみると、教師の立場から見ても扱いやすい、いい生徒なんだろう。
だがこいつには何かあるんだろうかと思った。
己の心を強く揺さぶってやまない、何か。
無いなら無いで、生きていくのに支障はねぇだろうが…。
資料を眺めながら、もしこいつが俺の想像通りのやつなら、もったいないと思った。
見つけていないだけなら宝の持ちぐされだ、と。
時間には限りがあるからな。
自分の特性を知らねぇだけなら、この俺が教えてやろうと思ったんだ。
その推測が確信に変わるまでに、そう時間はかからなかった。
名無しが生徒会室に入ってきてそうそうに、俺はその様子に違和感を覚えた。
自分の意思で来たのなら、オドオドしていたとしても自分を良く見られたいという欲が見え隠れする。
だがこいつにはそれが全くなかった。
その様子から想像するに、他に立候補者がいないからとあの担任に頼みこまれたか、何かの手違いで立候補しちまったか。
あるいは両方か。
俺がじっと視線を外さずにいると、こいつも迷いなく視線を返してきた。
嫌々来やがったくせに、この俺の視線を受けて何食わぬ顔。
度胸があるんだか、何も考えていないだけか。
その時点ではまだはかりかねていたが、どちらでも構わないと俺は思っていた。
主体性が無いわりに何でもそれなりにこなせるということは、余程器用か、気が向かないことに対しても手を抜けない質かのどちらかしかねぇ。
そのどちらだとしても、生徒会に入れるに十分値するからだ。
お前を生徒会に入れることにしたと伝えると、こいつはポカンとしていた。
そのあまりにも間抜けな顔を見て、器用なやつだという線は俺の中であっけなく消えた。
しまいには神妙な面持ちで、ここに来ることになっちまった、うっかりがすぎる経緯まで話し出しやかった。
どうせ、黙ったままでいるのは俺に悪いとか何とか思ったんだろうが…。
やりたくもないことをやらせようとしてる相手に、よくあんな顔ができるな。
今思い出しても…バカ正直なやつだ。
だが俺はな、そういうやつは嫌いじゃねぇんだよ。
…お前にそんなつもりは無かったんだろうけどな、あれは逆効果だったぜ。
新しく入ってもらうやつには元々俺の補佐をさせるつもりだったが…。
ますます俺のそばにおいてみたくなっちまったんだからな。
これは名無しにも樺地にも説明してあることだが、俺が生徒会にもう一人加えることにしたのは、樺地の為だ。
あいつはテニス部でも生徒会でも俺のサポートをしてくれている。
だがこれから先、テニス部でのあいつの存在は今までより更に重要になってくる。
いくら代えがきかない優能なやつだといっても、少しは負担を減らしてやりたい。
そのための募集だったわけだが…。
実際、名無しはよくやっている。
さすがに樺地のようにとはいかないが、それでも十分だ。
最初のころはミスをかなり気にしていたようだが、あんなものは誰にでもある。
何かを得ようと行動を起こせば、そのぶんミスをする確率も上がる。
努力するやつは失敗もおかす。
こいつはそれに伴う不安と恐れを乗り越えてみせた。
それでいい。
俺の目に狂いはなかったな。
『…あのー、跡部先輩』
突然、名無しがおずおずと俺を呼んだ。
「何だ」
『えーっと…あの…』
俺をチラチラと見てやがるが…。
何か言いたいことがあるようだな。
『今日も…い、忙しいですか?』
「アーン?」
なんだ、急に。
妙なことを聞きやがる。
『…私、今日はなんだか調子が良いみたいでスイスイ仕事進んじゃって、もう終わりそうなんです』
…なるほど、そういうことか。
「そうか。ならもう帰ってもいいぜ」
俺は来なかったが、こいつは今日、朝も昼もここに来ていたようだった。
何の為だか知らねぇが、早く帰りたい理由があるんだろう。
そう思って帰るように言ったんだが……なぜか帰ろうとしない。
「どうした」
『あ、あのー…』
?…何なんだ、一体。
ここまで言いよどむなんて、らしくねぇな。
不思議に思っていると、名無しはおそるおそるといった様子で話しはじめた。
『あの…時間があるので、私が出来ることは私がやります。
今日は部活もないんですよね?
だから…跡部先輩、たまには早く帰って…その……や、休んでください』
…………………………。
……まさかこいつ、俺を心配してるってのか?
朝も昼も仕事してたのは、俺のためだったのか?
…………。
『あ、跡部先輩?』
何も言わない俺の様子を伺うように、名無しが少し不安げに俺を見つめる。
「…フッ」
自然と、笑みがこぼれた。
お前は本当に…バカなやつだな。
「…名無し」
『は、はい』
「お前…、可愛いところ、あるじゃねぇか」
『!』
名無しは目を白黒させている。
何が今日は調子が良い、だ。
お前の下手な嘘なんか、この俺にはお見通しなんだよ。
………。
「…何か分からないことがあれば、副会長に聞け。
今日はもうじきここに来るだろうからな」
『えっ?じゃ、じゃあ…』
「ゆっくりさせてくれるんだろ?お前が」
『…はいっ!
任せてください!』
…なんて嬉しそうな顔をするんだ、こいつは。
…ったく。
生徒会室を出たあと、俺は迎えの車に乗った。
帰りが早いことに運転手が驚いていたが、俺はただ早く帰ることにしただけだと答えた。
「景吾様、何か良いことがおありでしたか?」
ふと、運転手が聞いてきた。
「なぜそんなことを聞く」
「そのような表情をなさっておいでですから」
「…そうか」
さっき見た名無しの笑顔が、ふっと思い浮かぶ。
「あながち外れてもいないかもしれねぇな」
「?」
「……放っておけない後輩が一人、増えたんだよ」
まだ明るい空を、車内から眺める。
なぜこれほど、気持ちが凪いでいるんだろうな。
………………。
徐々にまぶたが重くなる。
俺は平気だと思っていたが……確かに新年度が始まったここ最近は忙しかった。
…自分で思っていたよりも……疲れていたのかもしれない。
…見通されていたのは……俺のほう…だったのかもしれねぇな…。
襲ってくる眠気に抗わず、俺は目を閉じた。
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