氷帝での出会い編
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*鳳side
「名無しさん」
『ん?なに?鳳くん』
今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は名無しさんに声をかけた。
「これからちょっと話せないかな?」
今日は部活はオフだし、生徒会の活動もないと聞いていた。
『え?いいけど…何かあったの?』
少し心配そうに俺を見上げるその目を見ると、決心が揺らぎそうになる。
…でもダメだ。
ちゃんと確かめないと。
きょとんとしている名無しさんを、屋上へと誘った。
屋上に続く廊下を二人で歩く。
俺があまり話さないからか、彼女も口数が少ない。
これからしようとしていることを考えると、正直、怖い。
俺の問いに名無しさんは何て答えるんだろう。
肯定されたら…いや、もし否定したとしてもそれが本心じゃなかったら…。
俺は…どうしたらいいんだろう。
だけどそうなら尚更、俺は彼女の気持ちを知らないといけないんだ…。
屋上について辺りを見回す。
よかった、誰もいない。
静かなところで話がしたかった。
『今日、あったかいね』
名無しさんが俺を見て言った。
「…うん、そうだね」
今、俺たぶん笑えてなかったな…。
名無しさんもいつもよりぎこちない笑顔だった。
俺の様子がおかしいことに気がついているんだと思う。
「ごめん、急に。
こんなところまで連れてきたりして」
彼女はううん、と言って首を横に振った。
「俺、君に聞きたいことがあるんだ。
君の本当の気持ちが知りたい」
いつの間にか握りしめていた右のこぶしが、小さく震える。
「名無しさん…。
……………俺といて、無理してない?」
彼女の目が大きく開いて…それが何を意味するのかたまらなく不安になる。
「ごめん、変なこと言って…でも前から気になってたことなんだ。
俺といるときの名無しさんは少し…緊張してるような固くなってるような…そんな気がして」
名無しさんは目をふせたまま、何も言わない。
「俺…、俺は…」
お願いだから…違うって言って。
「俺にとって、君は…」
こんなに不安になるのが何故なのか、俺はもう知ってる。
「…大事な友達、だから」
はじかれたように顔をあげた彼女と目があう。
「だから、君に無理してほしくないんだ。
もし…もしも無理させてるのが俺なら…」
グッと胸の辺りが苦しくなる。
「俺…君と関わらないようにするから…」
名無しさんの顔を見ていられなくて、思わず目をそらしてしまう。
「…だから、俺に気をつかわないで正直に言ってほしい」
『ち、違うっ!』
屋上に彼女の叫ぶような大きな声が響いた。
彼女は驚いて唖然としている俺に一歩二歩と歩み寄って、今度は消え入りそうな声で言った。
『私、私も…鳳くんのこと…友達だって思ってるよ。だから…』
俺をじっと見つめるその目に、涙がにじんでいく。
『関わらないなんて、言わないで…』
ポロポロと名無しさんの目からこぼれ落ちる涙。
そこで俺はようやく我に返った。
慌ててブレザーのポケットからハンカチを出して、彼女の目元にそっとあてる。
そのまま少し拭ったとき、名無しさんはハッとしたように顔を背けた。
『ご、ごめん』
「これ、使って」
『でも…』
「使ってほしいんだ」
名無しさんはためらいがちに俺の手からハンカチを受け取って、涙を拭いている。
彼女の性格を考えたら、簡単に人前で泣いたりするはずがない。
そんな子を…泣かせてしまった。
俺は…最低だ。
「ごめん…名無しさん。俺…」
名無しさんは首をブンブンと横にふる。
『違う、鳳くんは何も悪くない。
全部、私が悪いから…鳳くんは謝らないで。
…私も、鳳くんに言わなきゃいけないことがあるんだ』
それから、名無しさんはいろんな事を話してくれた。
人から注目を浴びるのが苦手なこと、だから俺達と…テニス部のレギュラーとはできるだけ関わりたくないと思っていたこと、随分慣れたけどやっぱり今でも緊張してしまうこと…。
それでも今は、俺達と過ごすのを楽しいと感じてくれていること。
『聞いてくれてありがとう。
…今まで黙ってて本当にごめんね。
そのせいで鳳くんにあんなに気をつかわせて、嫌な思いさせて……っ』
言い終わる前に、彼女の声が震えてくるのが分かった。
さっきも何度も涙声になって、それでも息を整えながら話してくれた。
こんな名無しさんを見るのは初めてだった。
俺の隣に小さくなって座っている彼女は、すごく弱々しくて…。
彼女のあの強さの裏に、こんな弱さがあったなんて…。
「…さっき俺が言ったこと、覚えてる?」
名無しさんは精一杯俺に気持ちを伝えようとしてくれている。
俺も、俺の気持ちを彼女に知ってもらいたい。
「俺は、名無しさんに無理してほしくないんだ。
だから、俺といるときは本当の君のままでいて」
『…っ。鳳くん…そんな優しいこと言わないで。
また…泣いちゃうよ』
「いいよ。
どんな名無しさんも名無しさんなんだから」
名無しさんはあれからまた泣き出してしまったけど、ようやく少しずつ落ち着いてきたみたいだ。
『…ごめん、鳳くん。
ハンカチ、洗って返すね』
「そのまま返してくれてもいいよ」
『えっ。だ、だめだよ!そんなの』
「あはは」
『あははじゃないよ、もう』
まだ赤い目が痛々しいけど、風に髪を揺らしながら微笑む彼女を見て少しほっとする。
『…あのとき鳳くんと隣同士になれてよかった』
「うん…そうだね」
本当に、そう思う。
「あのさ、泣かせておいて何だけど……俺、名無しさんが俺のこと友達だと思ってるって言ってくれたとき、すごく嬉しかったんだよ。
そう思ってるのは俺だけかもしれないって思ってたから」
『私だって嬉しかったよ。
鳳くんがそんなふうに思ってくれてるなんて知らなかったから』
「………」
『………』
お互いに顔を見合わせたまま、一瞬無言になってしまった。
こういうことを言い合うのは少し照れくさいな。
『なんか…照れちゃうね』
名無しさんの頬がうっすら赤い。
「俺も今、同じこと思ってた」
きっと今、俺も顔赤くなってるんだろうな。
「あ、そうだ」
ふと、いい考えが浮かんだ。
「今から音楽室行かない?」
『音楽室?
…あ!もしかして』
「うん、弾くよ。ピアノ」
『本当?』
名無しさんが無邪気に喜んでくれる。
そんな彼女を見ていると、自然と気持ちが暖かくなっていく。
君はありがとうって俺に言ってくれたけど、それは俺のセリフだよ。
本当に君に会えてよかった。
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