新しい日常編
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室町くんとの練習の途中、雲行きがあやしくなってきたので、予定より少し早めに練習を切り上げることにした。
片付けながら、雲で覆われた空を見上げる。
『天気予報だと1日晴れだったのになー』
「まぁしょうがない。外れることもあるよ」
『そうだけど…』
せっかく約束した日だったのに、と言いかけて、やめた。
愚痴っぽいことを言ってもしょうがないよね。
もう少し一緒に練習できるはずだったから残念だけど…。
「名無しさんさえ良かったら、また一緒に練習しようか」
『えっ、いいの?』
「うん。
ほら、俺、師匠だし?」
フフン、とわざと少し得意気に笑ってみせる室町くん。
おかしくて、ついふきだしてしまった。
『ありがとうございます、師匠!嬉しいです!』
「良いのじゃ。
弟子を一人前になれるよう導くのも、師匠の役目じゃからのう」
『あはは、いつのまにかおじいちゃんになったね』
「あ、ほんとだ。急に歳とったな」
室町くんって、淡々と面白いこと言うなぁ。
「あぁ、そうだ。名無しさんも電車でここまで来たんだろ?」
『うん、そうだよ』
「駅、どこ?方向同じなら、途中まで一緒に帰ろう」
『えっと、私はね…』
いつも使っている駅名を伝える。
すると、室町くんは「えっ!」っと言って、固まった。
『どうしたの?』
「それ、ほんと?」
『???
本当だけど…なに?』
「マジか」
『え?』
「めっちゃ近い」
『何が?』
「俺が乗ってきた駅と」
『え…えぇ!?そ、そうなの!?』
「うん。ちなみに俺は…」
今度は室町くんの家の最寄り駅を聞く。
『えー!!ホント!?』
「…本当。
ウソだろ、こんなことってあるのか…」
室町くんから聞いた駅は、私が使っている駅とさほど離れていない。
近所とまでは言えないけど、歩いてでも行けないほどじゃないし、自転車ならすぐと言ってもいい距離だ。
あまりの驚きで、無言のまま思わずお互いに顔を見合わせた。
そして笑ってしまった。
「ははっ、知らなかった。意外と近くに住んでたんだな」
『ホントに。すごいね!
今までもどこかですれ違ったりしてたかもね』
「かもな。じゃあひとまず今日は一緒に帰りますか」
『うん!』
荷物を片付け終わった私たちは、並んで駅へと向かった。
途中で、ここからより近い室町くんの家の前まで行ってみようという話になった。
実際にどのくらいの距離にお互いの住む家があるのかを、知りたくなったからだ。
『うわー…、本当に近い…』
「やっぱりそう?」
『うん…、びっくり…』
室町くんと一緒に駅を降りて、室町くんの家の前まで案内してもらった。
“室町”という表札を見て、これは本当なんだと実感していると。
ポツリと頬に冷たいものがしたたり落ちた。
反射的に顔をあげると、空からいくつも雨粒が降りてきた。
「まずい、降ってきたな」
室町くんはそうつぶやくと、玄関のほうに歩きながら私に向かって手招きした。
「名無しさん、こっちに」
『あ、うん』
玄関のすぐ前辺りには雨が吹き込んでこない。
このまま少しここで待たせてもらえれば、そのうち雨もあがるよね。
そう思ってホッとひと息ついていると、隣にいた室町くんが荷物の中から鍵を取り出した。
「ちょっと待ってて。たぶん母さんがいると思うから一応声かけてくるよ」
『えっ』
「そしたら中で雨が止むの待てばいいし」
『そんな、悪いよ。急に来て家にあがるなんて。
私はここで待たせてもらえれば充分だから』
「何言ってんの。そんなことさせられないよ。ここだって雨足が強くなったら濡れるし」
『でも…』
「うちは平気だから、遠慮なくあがってって」
言いながら慣れた手つきで鍵をあけると、室町くんは家の中に向かって声をかけた。
「ただいまー」
おかえりー、と奥から明るい声が帰ってきて、続けてパタパタと足音が聞こえてきた。
「十次、ずいぶん早かったじゃない。練習もう終わりにしたの?……って、あら?」
室町くんのお母さんと思われる人が私の存在に気がついて、目が合った。
なんだか快活そうな雰囲気の人だな、と思いつつ、慌てて頭を下げる。
『は、はじめまして。名無しと言います』
「母さん、今日この子と一緒に練習してたんだ。本当はもっと練習する予定だったんだけど天気が悪くなってきたから帰ってきたんだけど、もう降ってきちゃって。
だから雨宿りしていってもらってもいい?」
「……」
「母さん?聞いてる?」
「………十次」
「何?」
「ちょっとあんた、どういうことなの、これは」
「どういうって…何が」
な、なんだか室町くんのお母さん、怒ってる?
やっぱり突然来たのが悪かったんだよね、きっと…。
わ、私は家の前で待たせてもらうことにしよう…。
「もっと早く言いなさいよ!なんで黙ってたの!」
『あ、あの、すみません。私は玄関の前で…』
「こんなに可愛い女の子と一緒だなんて、知らなかったじゃない!」
『…………………え?』
「…はぁ、やっぱりこういう反応になるか……」
何がなんだか分からず、室町くんとお母さんをオロオロしながら見比べる。
「お母さん、心配してたんだから。あんたに全然女っ気が無いから。全っ然、全っ然、本当に全っっっ然無いから!」
「ハイハイ、そんなに何回も言わなくてもいいって」
「もう中学生になったっていうのに、暇さえあればテニステニス…。口を開けばテニステニス…」
「ハイハイ、悪うございましたね」
「夢中になれるものがあるのはいいことよ?でも年頃なんだから、一人くらい仲がいい女の子がいたっていいじゃない」
「ハイハイ、おっしゃるとおりです」
「それがまさかこんなに可愛らしいお友達がいたなんて…。
どうして今まで黙ってたのよ。もう、お母さんの気も知らないで。あんたって子は昔からドライなんだから」
「ハイハイ、申し訳ありませんでした。
とにかくうちで雨宿りしていってもらってもいいんだよな?」
「もちろんよ、当たり前でしょう。毎日でもいいくらいよ。
あぁ、嬉しいわぁ。あとでお父さんにも言わなくちゃ!」
「ハイハイ。……はー、疲れた。
じゃあ名無しさん、俺の部屋行こう」
『あ、う、うん』
予想外の展開にまだ頭がついていかない中、室町くんのお母さんに改めて頭を下げた。
『あの…突然来てしまって、すみません。お世話になります』
「あらそんな、気にしなくていいのよ。ゆっくりしていってね。
十次、いつもの素っ気ない態度じゃダメよ。女の子相手なんだから」
「ハイハイ。分かってますよ」
「もう、本当に分かってるのかしら?」
室町くんに続いて私が部屋に入ると、室町くんは扉を閉めて長い息をはいた。
「はぁ~……。
こうなるかもしれないと思ったんだよ…」
ガックリと肩を落とす様子が、なんだかおかしい。
いつも淡々としていることが多い室町くんのイメージとのギャップがあって、つい笑ってしまった。
「…笑ってるし」
『ご、ごめん。だって、おかしいんだもん。
室町くんもそういう感じになるんだなって』
「べつにいいけどさ」
室町くんは少し照れくさそうに顔をそらすと、
「タオル持ってくるから、適当に座ってて。遠慮しなくていいから」
そう言って部屋から出ていった。
扉が閉まって、一人になる。
なんとなく辺りを見渡すと、不意にあることに気がついた。
部屋が……部屋が、キレイ……!
机も棚もきちんと整頓されていて、床はまるで掃除機をかけたばかりのよう。
ベッドも綺麗に整えられていて、朝起きたときのままにクシャッとなってる私の部屋のベッドとは大違い。
何でこんなにキレイなの…?!
…って、ダメダメ。
人の部屋をジロジロ見るなんて良くないよね。
室町くん本人がいない今は、なおさら。
そう思って、慌てて視線を雨に濡れた窓のほうへと向けた。
近づいて、そこから外を眺める。
自分の部屋からの見慣れた風景とは全く違う風景が、そこには広がっていた。
……なんだか不思議。
室町くんにとってはこの風景が見慣れた風景なんだよね。
私が室町くんのことを知る前からずっと、室町くんはこの部屋で勉強したり友達と遊んだりしてきたんだよね。
今よりもっと小さい子どもだった頃からずっと…。
それで今、私がこの部屋にいるなんて…本当に不思議。
ほんの少し何かが違っていたら、私がこの窓からの風景を見ることなんてないままで、こんなに近くに住んでるのにお互いの存在も知らないままだったんだろうな…。
そう思ったら、今こうして室町くんと一緒にいるのって、すごいことだよね。
室町くんみたいないい人と知り合えて、私って幸せ者だなぁ。
ーーーコンコンコン、ガチャ
「お待たせ。タオル、持ってきたよ」
『あっ、ありがとう…』
「いえいえ。
…って、あれ?どうかした?」
『な、何が?』
「何がって…顔、少し赤いような…」
『そっ、そんなことないよ?!』
「そう?…なら、いいけど。
とにかくほら、髪とか早く拭いたほうがいいよ。風邪ひいたら大変だし」
『う、うん。ありがとう』
差し出されたタオルを受け取って、顔を隠すように頭にかける。
室町くんのことを考えているときに当の本人が戻ってきたから、恥ずかしくなってしまった。
「何か飲み物持ってくるよ。何がいい?…っていってもそんなに種類があるわけじゃないけど」
『お、お構いなく…』
「構いますよ。特に希望がなければ適当に持ってくるけど、いい?」
『う、うん』
「分かった」
もう一度、部屋から出ていく室町くんの背中を見送る。
…はぁ、よかった。
室町くんが戻ってくる前に落ち着かなきゃ。
顔、もう赤くないよね?
それから室町くんは、焼き菓子と温かい紅茶を持ってきてくれた。
今は寒い季節ではないけれど、雨にうたれてほんの少し冷えていた身体があたたまる。
良い香りが立ちのぼる紅茶と、バターの風味がおいしい焼き菓子を食べながら、お互いのこれまでのことをたくさん話した。
小さい頃からよく遊びに行っていた公園や、親と一緒に買い物に行ったスーパーマーケット、今はもう閉店してしまった古びたレストランにあったお子様ランチ。
共通の思い出がいっぱいで、びっくりすると同時にすごく嬉しい。
本当に近いところでずっと暮らしていたんだなぁと実感する。
そんな話をひとしきり終えたあと、室町くんが何気なく切り出した。
「そういえばさ。今日の練習、実は千石さんにも声かけたんだ、断られたけど」
『えっ』
突然でてきた“千石さん”というワードに心臓が跳ねる。
「なんか先約があるとかで、まぁギリギリに声かけた俺が悪いんだけど」
『そ、そうなんだ…』
な、なんだろう、この気持ち…。
ホッとしたような、少し…モヤッとするような。
……先約って、女の子との約束かな。
絶対モテるもんね、千石さん。
だからってどうって訳じゃないけど…。
べ、べつに千石さんにそういう女の子がいたって私には関係ないことだし…。
「一応言っておくけど、先約って生徒会からの頼まれごとだからな」
…………………………。
『えっ』
「なんか、生徒会から仕事手伝ってくれって頼まれてたんだってさ。役員の中に体調不良の人がいて人手が足りないらしくて。千石さん、前からよく生徒会の仕事手伝ってるから」
『そ、そうなんだ…』
「うん。
あの人、顔が広いし何でも出来ちゃうからね。すぐ頼られるんだよ。断ったっていいのに、ああ見えて根が真面目でお人好しだから二つ返事で引き受けちゃってさ。だからまた頼られる、のスパイラル」
『な、なるほど…』
「安心した?」
『えっ』
思わず室町くんの顔を見返すと、室町くんはおかしそうに笑った。
「不安そうな顔してたよ」
『!』
慌てて自分の頬を手でおさえる。
その頬が熱い。
『そっ、そんなこと…』
「千石さんはああいう人だからとにかくモテるけど、決まった相手はいないよ。名無しさんに出会った頃からはナンパもしなくなったし」
『な、なんでそんなこと言うの?べつに私には関係ないよ…!』
「ははっ、そう?」
『そ、そうだよっ』
「っはは、まぁ、名無しさんはそのままでいてよ」
『ど、どういう意味?』
「うーん、なんて言ったらいいんだろうな。
まぁとにかく、名無しさんはそのままが何かいいよってこと」
『えぇ…?それっていいことなの?』
「もちろん。俺と同じ意見の奴、いっぱいいると思う」
『えー?そんな人いないって』
「それがいるんですよ。
…あー、この全然分かってない感じがまさに名無しさんだわー」
『???』
ひとり納得してウンウンうなずく室町くんを、私は意味も分からずただ見つめるのだった。
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