新しい日常編
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「ごめん、名無しさん!」
“漢”の背中がすっかり見えなくなった頃、入れ替わるように室町くんが走ってきた。
肩で息をしながら、額の汗をぬぐう。
『だ、大丈夫?そんなに急がなくてもよかったのに』
「いや…待たせるのは悪いし、それに電話のとき何かちょっと変だったから気になって」
あ。
やっぱりそう思うよね…。
これはごまかしたりしないで、きちんと説明したほうがよさそう。
『ごめん、実はね…。私、嫌な感じの人たちにナンパされちゃって』
「え!な、ナンパ?!」
『うん』
「ちょっ、えっ。それで…大丈夫だった?何かされたりとかは…」
あ、いけない。
あの助けてくれた人のことを思い出すと、ついニヤけちゃう。
『ふ…、ふふふ…、ふふふふふ…』
「は?!な、なんでニヤけてんの?!怖いんですけど!?」
『あ、ごめん。それが、すっごくカッコイイ人に会えたから…ふ、ふふふ。
ふへへへ……』
「ちょ、ちょっと待って。ナンパされたんだよな?嫌だったんだよな?」
『うん、嫌だった。でも…カッコよかった…えへへへへ』
「……どうする。名無しさんがおかしくなったぞ…」
…ハッ。
思い出に浸ってるあいだに室町くんが頭を抱えてしまってる。
『ご、ごめん、室町くん。
あのね、嫌な人たちにナンパされたんだけど助けてくれた人がいて、カッコよかったっていうのはその人のことなんだ』
「あ、なるほど…そうだったのか。話が繋がった」
よっぽど安心したのか、室町くんはふぅっと息をはいた。
「ちなみにその人は?もうどこかに行っちゃった?」
言いながら、辺りをキョロキョロと見回す。
『うん。室町くんが来るまで一緒にいてくれたんだけど』
「そっか。できれば直接お礼を言いたかったんだけど…残念。
でも本当に親切な人だな。名無しさんのために一緒に待ってくれたってことだろ?」
『うん、そう。それにね、すごかったんだよ!
ナンパしてきたのは二人組だったんだけど、ものともしない感じで、“…おい”って言ってナンパ男を撃退したの!』
「へぇ、すごいな」
感心したように私の話を聞いてくれる室町くんに、つい気をよくして熱弁してしまう。
『でしょでしょ?
こーんなに背が高くてガッシリしてて目つきも鋭くてケンカ強そうなのに、優しくて私の体調とか気にしてくれて』
「ふんふん」
『“俺の女になれ”とか言われちゃった!キャッ!』
「ふんふ……えぇっ!」
『“あなたの女になります”って言っちゃった!キャッ!』
「えええええぇっ!!?」
『私…、あの人に惚れたみたい…。あぁ、カッコよかった…』
「惚れ…」
うっとりと虚空を眺めていると、室町くんがなぜか焦ったように私の両肩を掴んでジッと目線を合わせてきた。
「名無しさん。
その…それって、その人を…好きになった、っていうこと…?」
深刻な様子の室町くんを少し不思議に思いつつも、うなずく。
『うん、そうみたい!』
「!!!」
『でも、好きっていうより…やっぱり“惚れた”って感じかも』
「?
ええっと…同じ意味だろ?それって」
『違う違う。好きっていうと、恋みたいでしょ?私のは恋とかじゃなくて…、うーん、なんて言ったらいいんだろう。
…あ、そうだ!ほら、“兄貴、どこまでもついていきます!”みたいなのあるでしょ?ああいう感じ』
「あ、あぁ…、男気に惚れた、みたいな?」
『そうそう、それそれ!男気男気!漢の背中!くぅーっ!』
「な、なるほど…、そういう意味か…」
すっかり熱くなっていた私は、室町くんが大きく息をはいていることに全く気づいていなかった。
「それで、その人の名前とか学校とか聞いた?というかそもそも何歳くらいの人?」
『歳はたぶん私たちより少し上くらいだと思う』
「高校生くらい?」
『うん、そんな感じ。
名前は聞いたんだけど教えてくれなかったんだ。でもそれすらなんか硬派な感じでカッコよかった…』
「そ、そう…」
恍惚の表情を浮かべる私に、引きぎみな室町くんが苦笑いを浮かべる。
「でもそれだともう会うことも難しいか。俺にとっても恩人だし、ちゃんとお礼が言いたかったけど…しょうがないな」
『えっ、恩人って?』
「だってもしその人がいなかったら、名無しさんはもっと大変な目に合わされてたかもしれないわけだしさ。
俺が遅れたせいでたたでさえ待たせちゃったのに、そのうえそんなことになってたら謝っても謝りきれないよ。
だから、その人は俺にとっても恩人」
室町くんって、真面目だ…。
『室町くん、私に対してはそんなに思わなくてもいいよ。
ちょっとくらい遅刻することなんて誰でもあるし、電車の遅延なんかどうしようもないもん』
「そう言ってくれるのはありがたいけど…。でも、怖かっただろ」
『えっ…』
突然、不安そうな声色に変わった室町くんを思わず見つめ返す。
「その人が来てくれて本当によかったけど、それまでは怖かっただろ?
女子一人で男二人に絡まれて、怖くないはずないし」
『それは…』
確かに…怖かった。
無理矢理連れていかれたらどうしようって、すごく怖かった。
腕を掴まれたとき、その力が思った以上に強くて振りほどけなくて、すごく怖かった。
「ごめん…、本当に。
電車のことだって、念のためにもう一本早いやつに乗ればよかったんだ。
名無しさんがそう思わなくても、俺は今回のことは俺に責任があると思ってる」
『えっ、それは違うよ』
「違わない。だから、次からはもうこんなことがないように、気をつける。
俺も一応…男だし?」
『?
一応って?』
私が首をかしげると、サングラスの奥の室町くんの目がかすかに泳いだ気がした。
「いや、名無しさんがその助けてくれた人のことをめちゃくちゃ誉めるから、ちょっと言いにくいっていうか…。確かにすごい人みたいだし。
だからその人には敵わないかもしれないけど、俺も一応は男だから、その…名無しさんのこと…俺なりに守りますよ、って話」
『えっ…』
「だから、もしナンパしてきた奴らがここに戻ってきても、安心して」
室町くん、そんなこと考えてくれてたんだ…。
「と、とにかくそういうことだから。
じゃ、じゃあ、練習しよう。うん、練習練習…」
『あ、う、うん…。あ、ありがとう、室町くん』
「ど、どういたしまして」
守る、とか…。
無性に恥ずかしくて、胸の辺りがムズムズする。
そういうことをあまり言いそうにない室町くんから言われたから、余計にそう感じるのかもしれないけど…。
あの人ももちろんカッコよかった。
だけど、室町くんだってカッコいい。
……うん。
室町くんも、“漢”だ。
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