新しい日常編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ベンチの端っこギリギリにそっと座る。
そして気になっていたことをおそるおそる聞いてみた。
『あの…、さっきの“ならいいか”って、どういう意味ですか?』
「ああ?んなこと言ったか」
『はい。友達ならいいか、って』
「ああ…」
どうやら思い当たったらしい。
だけどなぜか眉間にシワを寄せたまま、何も答えてくれない。
『あの…?』
「うるせぇな。たいした意味なんざねぇよ。
ただ…、もしお前に男がいたとしたらそいつにワリィと思っただけだ」
『え?えっと…なんでですか?』
「分からねぇのか?
あのクズ野郎どもの手前とはいえ、お前を俺の女にするだのなんだの言っちまっただろうが」
『…あ、なるほど。
でもあれは私を助けるためについた嘘なんだし…』
「それが分かっていても嫌なもんなんだよ、男は」
『そ、そうなんですか』
でもそれで悪いと思って気にするなんて…。
『真面目なんですね』
「……誰が」
『え?あなたがですけど』
「……お前」
『えっ、な、何ですか…?』
驚いたようにこっちを振り向いたかと思うと、今度は穴が空くかというほどジッと見つめられた。
目力がすごくて、落ち着かない。
「頭オカシイんじゃねぇか」
な……。
な……………。
なんですと……………?
「この俺のどこが真面目なんだ。頭イカれてんぞ」
頭イカれてる…。
頭オカシイ…。
「頭イッちまってるだろ、お前」
『ちょっと!?いろんな言い方で何回も同じこと言わないでくださいよ!』
「親切に言ってやってんだろうが。ダチと遊ぶより、病院に行ったらどうだ」
本当にちょっと哀れんだような目をしている…。
『そ、そんな必要ありません!』
「あるだろ。俺は真面目なんてモンとは縁のない人生送ってきた奴なんだぜ?」
『そんなことないですよ、私は真面目な人なんだなって思いました。それに…優しい人だとも思ってます』
「…ハァ?」
私は思ったままを正直に言っただけだけど、その人はあっけにとられたように固まってしまった。
だ、だって、本当のことだもん。
初対面の私を面倒なことになると分かっていながら助けてくれて、暴力だって振るわなかったし、そのあとだってこうしてわざわざ私の為に一緒にいてくれてる。
ほら、どこをどう考えたっていい人だ。
確かに見た目は少し…かなり怖い雰囲気だけど、言ってることもやってることも結局は親切だし。
その見た目だって、見慣れると兄貴って感じでむしろカッコイイよね。
うん、“漢”って感じ。
“男”じゃないよ、“漢”ね。
『あ、そうだ!
私、今来てくれる友達にテニスを教えてもらう予定なんです。よかったら、一緒にどうですか?』
体格もいいし、スポーツ得意そうだなと思って提案してみる。
すると固まっていたその人は、ピクリと反応して、「テニス…?」とつぶやいた。
「…お前、テニスやんのか」
あ、これはもしかして?
『やるって言えるほどじゃないんです。つい最近、教えてもらい始めたばっかりで。
あの、もしかしてテニスするんですか?』
「…………さぁな」
そう答えたときの横顔がほんの少し悲しげに見えて…。
なんとなく、これ以上は聞かないほうがいいような気がした。
だけど、意外にもその人のほうから話が続けられた。
「そのダチってのは腕は確かなんだろうな?ヘタクソから教わっても、ヘタクソがもう一人増えるだけだぜ」
『あ、それは大丈夫です。師匠としては申し分ないって、先輩たちからもお墨付きなんです。
それに説明も丁寧で分かりやすいし、師匠の言うとおりにすると上手くできるし、最高の師匠です』
「…お前、そいつのこと師匠って呼んでんのか」
『たまにです』
「ハッ、おかしな奴だな。やっぱイカれてやがる」
『だから、イカれてませんってば』
ククク、と笑われて、少しムッとする。
だけど、ちょっとホッとした。
さっきの寂しそうな顔よりは、理由が何であれ笑ってくれてるほうがいいから。
『あ、あの…』
「あ?」
…どうしよう。
名前とか、聞いてもいいのかな?
よく考えたらこの人がどこの誰だか全然知らないし、このまま別れちゃったらもうそれきりで終わっちゃうんだよね。
いや、べつに本当ならそれでいいはずなんだけど…。
なんだかそれは寂しいなと思う自分がいる。
どうしてだろう?
理由は分からないけど…。
でもこの人本当に優しいし、ケンカも強そうだけど、内面だって強いよね。
それに言葉はきついけど、話してると結構楽しい。
意外と肩肘はらずに話せるし。
それに内面だけじゃなくて…見た目も…カッコイイ、と思うし…。
……って、なに考えてるの?私!
離れがたい理由、めちゃくちゃ不純じゃん!
浮かんできた恥ずかしい理由に動揺した私は、慌ててブンブンと頭を振った。
「オ、オイ」
ああもう、恥ずかしい!
私、今まで好きなタイプとか分からなかったけど、もしかしたらこの人みたいなタイプが好きだったのかな?
だとしたら今まで好きなタイプが分からなかったのも当たり前だ。
だって、こういう人に今まで関わったことがなかったから。
……って、また変なこと考えちゃってる!
す、好きなタイプとか…。
は、恥ずかしい…!!
「オイ、聞いてんのか。オイ!」
『えっ!!』
少し強めに肩を掴まれて、ハッとする。
「何ボケッとしてんだ。俺に聞きたいことがあったんじゃねぇのか」
『えっ、あ……』
…そうだ、名前とか聞いてもいいのかなって思ってたんだった。
そこから変なこと考えちゃって…。
「…まて。
どっか具合でも悪いんじゃねぇだろうな」
さっき私はベンチの端っこに座ったから、この人とはかなり距離があったのに、様子がおかしい私のことを気にしてか、その人は私のすぐそばまで来ていた。
そしてそれまでとは少し違う静かな様子で、私の顔をのぞきこもうとする。
『!!』
好きなタイプだとかカッコイイだとかさんざん考えてしまっていた挙げ句、その相手がグッと近づいてきて、冷静でいられる私じゃなかった。
「…ってオイ。顔が赤いじゃねぇか」
『こ、これは違うんです』
「何が違うんだよ。現に赤いだろうが」
『あの、つ、つまりこれはですね…』
ど、どうしよう!?
誤解解かなきゃだし、言うしかないよね!?
死ぬほど恥ずかしいけど、言うしかないよね!?
はぁ、ホント、顔に出るのやだ…!
『あの、身体は大丈夫、なんです…。
そ、その…あなたの名前とか知りたいなって考えてたので、なんだか恥ずかしくなっちゃって…』
言ってるうちにますます顔が熱くなる。
もう絶対、真っ赤っかだ…。
「は…ハァ!?」
その人は驚きの声をあげて、ベンチの反対側の端まで瞬時に移動した。
「な、なに言ってんだ、テメェ!」
『す、すみません、すみません!』
「バ、バカじゃねぇのか!」
『すみません、すみません!お許しください、お代官様!』
「誰がお代官様だ!!」
それきり気まずくなってしまい、沈黙に包まれてしまった。
で、でも具合が悪いと思われてるよりはマシだよね。
そんなの悪いし…。
だけどもう本当にこれっきりなの決定しちゃった。
あぁ…、しょうがないけど…もっと仲良くなりたかったな……くすん。
「…俺が怖くねぇのか」
『!』
「怖くねぇのかって聞いてんだよ」
は、話しかけてくれた…!
奇跡……!
『ぜ、全然怖くないです』
「…変わってんな。
学校の女ども…男もだが、みんな俺に近寄ろうとしないどころか、避けていきやがる。まぁ、そのほうが楽だがな」
『え、そうなんですか?勿体ない…』
「勿体ない?」
『そうですよ。
だってこんなに優しくて強くてカッコイイ人が…えっと、同じ学校に…いる、のに…』
「なっ…」
言ってて恥ずかしくなってきてしまった。
また顔が熱くなってくる。
『わ、私だったら仲良くなりたいです…』
い、言ってしまった。
で、でも、もうこれでサヨナラなんだもん。
これくらい言ったっていいよね…?
そ、そうだよ、どうせもう会うこともないんだし、平気平気!
それきりまた沈黙が下りた。
…あぁ、やっぱり言わなきゃよかったかも。
そうすればせめて普通にお別れできたのに…。
これじゃ、完全に変なヤツだ…。
もう、隣を見ることすら出来ない。
恥ずかしいやら気まずいやら…。
「…もう15分たったぞ。そいつ、まだ来ねぇのかよ」
突然の質問に内心ドキドキしながら時計を確認すると、確かにあれから15分が過ぎていた。
立ち上がって、辺りを見渡す。
すると、公園の入り口付近にちょうど到着したところらしい室町くんの姿が見えた。
『あっ、来ました!入り口のところに!』
「そうか」
そう言うと同時に、その人はベンチから立って室町くんが来るのとは反対方向へと歩きだした。
『えっ、もう行っちゃうんですか?』
「ダチが来るまでって話だっただろ。俺はお役御免だ」
『そう、ですけど…』
…もう、行っちゃうんだ……。
そうだよね、そういう約束だった。
でも…やっぱり寂しいな…。
…違う、もう一回ちゃんとお礼を言わなきゃ。
こんなにお世話になったんだから。
でもお礼を言ったら、本当に本当にそれで終わりだ。
嫌、だな……。
うつむいたまま、何も言えなくなってしまった。
顔をあげて、ありがとうございましたって、きちんと言うべきなのに。
すると、足をとめたままでいてくれたその人の小さなため息が聞こえてきた。
「チッ、しょうがねぇな…」
困ったような声だ。
…それはそうだよね。
この人からしたら、とんでもない厄日だよ。
面倒なことに巻き込まれちゃったうえに、こんな変な女に絡まれて…。
「もしまた会うことがあれば、教えてやる」
え………?
「俺の名前だ。聞きたいっつっただろうがよ」
その人は私の顔は見ないまま、ぶっきらぼうにそう言った。
『は、はい!聞きたいです!』
また会うことがあれば……。
それって、また会ってもいいってこと…だよね?
ここに来たらひょっとして会えたりするのかな?
たぶん、今それを聞いても“さあな”とか言われちゃうんだろうけど…。
「じゃあ、俺はもう行くぜ。
あとはその師匠とやらに守ってもらうんだな」
『あっ、はい…。
あの…今日は本当にありがとうございました!また会えるのを楽しみに待ってます!』
「分かった分かった。…じゃあな」
『はいっ、さようなら!』
その人はかすかに笑みを浮かべながら後ろ手に軽く手を振ると、ゆったりと歩き去っていった。
私はその強くて優しい背中が見えなくなるまで、ずっとブンブン手を振り続けたのだった。
.