新しい日常編
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*黒羽side
今日は朝から丸一日、部のみんなで遊び倒した。
んで、今はオジイん家で晩メシ中。
「今日も一日楽しかったねー、みんな!」
剣太郎が心底楽しそうに言いながら、ごはんを口に運ぶ。
「そうだな。楽しかった」
「砂の城もなかなか上手くできたのね」
「いっちゃんのは上手いなんて程度のものじゃないけどね。お金とってもいいくらいのレベルだよ、あれは」
「ハハッ、確かにね。いっちゃんは昔から本当に器用だよな」
「壊れちまうのがもったいないよな」
「そこがいいところなのね」
みんなと遊ぶときは街へ出ることもあるが、今日は海で遊んだ。
砂浜で砂の城を作ったり、貝殻を探したり、波打ち際を歩いたり。
海はいいよな、本当に。
何をしていても楽しいし、何もしなくてもいい。
あの潮の匂いとそれを運んでくる風、そして視界に広がる水平線があれば、ただ浜辺にいるだけでも最高の気分になれる。
俺たちにとって、海はガキの頃から自分ん家の庭みたいに馴染んだ場所でもあり、最高の遊び場だった。
それは中学生になった今でも変わらない。
そして海で散々遊んだあと、オジイの家でメシを食って、そのままみんなで泊まっていくのも昔からのお決まりのパターンだ。
明日が休日の今日もまた、オジイの家に世話になることになっている。
「バネさん、電話がかかってきたみたいだよー」
いつものようにオジイの家の台所を借りてみんなで作ったメシを食べていると、剣太郎が俺の端末を指差した。
「お、サンキュー」
漬け物を口に放り込んで、たぶん親からだろうと思いつつ画面を確認すると、そこには意外な名前が表示されていた。
ーーー“橘桔平”
不動峰の橘とは妙に馬があって、知り合ってすぐに仲良くなった。
当然連絡先も知ってはいるが、あいつの真面目な性格からか、遅い時間に電話がかかってくることはあまり無かった。
何か緊急の用事だろうか、と少し心配になる。
「よぉ、橘。珍しいじゃねぇか、こんな時間に」
「悪いな、黒羽。今大丈夫か」
だがそんな俺の心配とは裏腹に、橘の声はむしろ普段より明るい調子だった。
どうやら悪い話ではないらしい。
「ああ、大丈夫だぜ。何かあったのか?」
「まぁな。今日面白いことがあったんだ」
「面白いこと?」
「ああ」
面白いこと…。
それでわざわざ電話してくるなんて、本当に珍しい。
一体、なんなんだ?
「あー!ダビデひどいよ、僕がそれ食べようと思ってたのに!」
「この世は弱肉強食。…モグモグ」
「クスクス…。しょうがないね」
「剣太郎、食べたいのがあったら今度から自分の小皿によけておくといいよ」
「うぅ…」
「ほら、今回は俺のをあげるのね。食べる前でよかったのね」
「えっ…、いっちゃん、いいの?」
「いいのね」
「やったー!ありがとう、いっちゃん!」
何かのおかずをいっちゃんから譲ってもらったらしい剣太郎が、大喜びでジャンプした。
「ん?なんだ、随分賑やかだな」
「ああ、今、部のみんなと一緒にいるんだ。オジイの家でメシ食ってるところなんだよ」
「なんだ、そうなのか。俺と話していてもいいのか?」
「大丈夫だ。今日はこのままみんなで泊まっていくからな。みんなとしゃべる時間はたっぷりある」
「ははは、お前たちは本当に仲がいいな。
だが、そういうことなら遠慮なく話をさせてもらうぞ」
「そうそう。面白いことってのは何だ?」
「実はな」
そこまで言うと、橘はかすかに笑った。
「名無しっていう奴に会ったんだ。名無しななし…だったよな、確か」
「えっ…」
思わず言葉につまる。
名無しななし、といえば思い浮かぶのは氷帝の名無ししかいない。
だが、あいつは橘とは接点が無かったはずだ。
名無しはテニス部関係の活動には参加しないと言っていたし…。
ということは偶然どこかで出会ったってことか?
「念のため聞くが…、そいつは氷帝の2年の女子だよな?」
「ははっ、本当に知ってるんだな。分かってはいたが、不思議な気分だ。世の中、案外狭いな」
「オイオイ、すげぇ偶然だな。テニス部の活動とは関係なく会ったんだろ?」
「ああ、そうだ。お互い遊びに行った場所が偶然同じでな。
俺は神尾と深司と一緒だったんだが、名無しは宍戸と鳳と一緒に来ていたぞ」
そういえば、今度3人で遊びに行こうと合宿のときに話してたな、と思い出す。
「な?面白い話だっただろう?」
「ああ、確かに。びっくりしたぜ」
こんな偶然があるもんなんだな、と思う。
やっぱり生活圏が同じってのは大きいよな。
俺たちは名無しとそんなふうにバッタリ会うなんてことはありえないわけだし。
「名無しからお前たちとの話も聞いたぞ。合同合宿で親しくなったらしいな。また会いたいと言っていた」
「そうか。そりゃ嬉しいな。
俺たちもよくあいつの話をするんだ。こんなに離れてなかったら、もっと会えるのにってな。
まぁ、こればかりはしょうがねぇ。離れてるのに知り合えたってことに感謝するしかねぇさ」
「そうか、確かにそうだな。
それにしても名無しはなかなか面白い奴だな。お前たちがすぐに仲良くなったというのも、うなずける」
「っはは、そうだろ?
素直だし、ちょっと天然入ってるしな」
「やっぱりお前から見てもそうか。
実は今日もいろいろあったんだ」
橘から、今日あった出来事…というより、名無しとの話を聞いた。
変なジュースを一緒に買って飲んだ話やビリヤードで勝負をした話、他にもいろいろとあったが、どれも名無しの様子が目に浮かぶようで聞いていて面白かった。
だが何より橘が珍しく饒舌なことに驚いた。
よほど楽しかったんだろう。
しばらくして話も終わって電話を切ると、ダビデが尋ねてきた。
「電話、大丈夫でした?」
何かあったんじゃないかと気にしてくれていたらしい。
「ああ、大丈夫だ。不動峰の橘からだったぜ」
「え、橘さんですか」
「なになに?今の電話、橘さんからだったの?」
「ああ」
電話の相手が橘だったことに興味をひかれたらしく、みんなの注意が俺に集まった。
「へぇ。橘、何だって?」
「それがすげぇんだ。
今日、名無しと偶然知り合ったんだとよ」
「えっ!!名無しさんと?」
「ああ。遊びに行った先がたまたま同じだったみたいだぜ」
「それは本当にすごい偶然なのね」
「そっか、住んでる場所が近いとそういうこともあるのか」
「いいなぁ、僕たちはそんなことは絶対起きないもんね。僕も早く名無しさんに会いたいなぁ」
「そうだな、待ち遠しいな」
そうなんだよなぁ。
俺たちが次に名無しに会えるのは関東大会。
もちろん勝ち進めたらの話だが、仮にそれが叶ったとしても、まだ数ヶ月先のことだ。
俺もそりゃあ名無しとまた会いたいし、みんなで一緒に遊びたいと思う。
だから当分の間会えないのは残念だが、それと同じくらい気にかかっていることがある。
それは…亮の気持ちだ。
チラリと亮を見てみると、いつもと変わらない様子でみんなと話したりメシを食ったりしている。
…こいつ、名無しのことどう思ってるんだろう。
俺はもしかしたらもしかするんじゃねぇかと思ってるわけだが…。
俺たちから遠く離れたところで名無しは生活していて、そこで俺たちが知らないうちにいろんな奴と出会って…そう、例えば橘みたいなことが起こるってことをどう思ってるんだろうな。
もしかしたらある日突然、“彼氏できたんです!”とか言われるかもしれねぇし。
もし少しでも気があるなら、そういうのって嫌だよな。
けどまぁ…、さすがにそこまでじゃねぇのか?
気に入ってる、くらいな気もするしな…。
もちろん亮が特定の女子を気に入るってこと自体がレアだから、二人がもっと仲良くなるチャンスを作りたいとは思っちゃいるが…。
「バネ」
「!!」
亮が突然こっちを向いた。
「さっきから何?俺のこと見てたみたいだけど」
「え!?あ、いや、あはは…」
バレてた……!!
さすが亮、鋭いな……って、感心してる場合じゃねぇか。
「そんなところにいないで、こっち座りなよ。ほら」
無表情のまま、ポンポンと自分の隣の座布団を軽く叩く亮。
怖えーな、おい。
「何か言いたいことがあるんでしょ。だったらおいでよ」
「べ、べつに言いたいことがあるってわけじゃねぇが…」
「クスクス…。嘘が下手だね、バネは」
「お前が上手すぎるんだっての」
「俺が?普通でしょ」
相変わらず淡々とスラスラ話す亮。
俺はため息をついて、亮の隣に座った。
自分のコップをたぐり寄せて、残り少しになっていた麦茶を飲み干す。
「それでバネが聞きたいことって、名無しさんのこと?」
「!!?」
あ、危ねー!
麦茶吹き出すところだったぜ…!
「クスクス…。やっぱり」
「ちょ、おい!飲んでるときはやめろって!」
「じゃあ次からは食ってるときにするよ」
「食ってるときもダメ!」
「クスクス…」
慌てる俺を見て笑い続ける亮。
…ったく、困った奴だぜ。
「ねぇ、バネはさみしい?名無しさんに会えなくて」
「そりゃあな、もちろん」
「…そう」
ふと、その横顔に影が差したような気がした。
「…お前は?」
思いきって聞いてみる。
今なら亮の素直な気持ちが聞けるように思えた。
「…よく分からない。
さみしいのかな、これって」
亮が少し首をかしげると、そのきれいな髪がさらりと流れた。
「でも、橘の話聞いたらなんだか名無しさんとしゃべりたくなってきた」
「えっ、そう…なのか?」
「うん、なんでかな。とにかくあとで電話してみるよ。
もうこんな時間だし迷惑がられるかもしれないけど、少しだけ」
「………………」
……これってもしかして。
いや、考えすぎか?
「あ、やっぱり今すぐかけてみるよ。
それじゃ、あっちでかけてくるから」
「あ、ああ」
端末を持って立ち上がると、亮はスタスタと廊下に出ていった。
みんなが相変わらずワイワイと盛り上がっている中、俺だけがその背中をポカンと間抜けに見送る。
橘の話を聞いて、名無しとしゃべりたくなった…?
しかも今すぐ…。
オイオイ、それって、それって……。
…妬きもち、なんじゃねぇか!?
自分の中では勝手にはじき出された答えに、勝手に動揺してしまう。
そしてなぜか嬉しくなった。
やっぱりこれは、もしかしたらもしかするぜ!
もう関東大会を待ってなんかいられねぇ!
その前に名無しと会うチャンスを作ってやるぜ!
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