新しい日常編
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「名無し!」
「名無しさんっ、大丈夫っ!?」
不意に聞こえてきた、耳慣れた二人の声。
見ると、焦ったような様子の宍戸先輩と鳳くんがこちらに走ってくる姿があった。
どうしてそんな様子なのか、何かあったのかと思ったそのとき、隣にいる男の子が小さな声をあげた。
「宍戸?鳳もいるじゃないか」
『えっ?』
二人の名前が出てきたことに驚いて、思わず男の子の横顔を見つめてしまった。
そうこうしている間に二人は私たちの所まで来て、なぜか宍戸先輩が男の子に詰め寄った。
「おい、テメェ!一体何して……って、橘!?」
「た、橘さん!?」
『え、えっ?』
な、なに!?
何が起きてるの…!?
「お前たち…、一体どういうことだ?知り合いなのか?」
男の子……ええと、橘さんが驚いたように私と宍戸先輩たちを交互に見やる。
『えっ!?みんな知り合い…なんですか?』
「いや、お前こそ、橘と知り合いだったのか?」
「名無しさん、そうだったの?」
「橘さーん、何かあったんですか?帰りが遅いから様子を見に来たんですが……って、あれ?鳳じゃないか。宍戸さんも」
「……?」
今度は知らない二人がこちらに近づいて来た。
でもその二人は宍戸先輩と鳳くんのことを知ってるみたい。
「あ、神尾。伊武」
鳳くんが二人に向かってそう言った。
やっぱり知り合いなんだ…。
というか、もしかして私以外はみんな知り合い??
それからみんなで話をして、お互いに自己紹介をした。
私を助けてくれたのが不動峰の男子テニス部のキャプテンで三年生の橘さん。
あとから来た二人が私と同じ二年生で不動峰の男子テニス部の神尾くんと伊武くん。
そしてさっき宍戸先輩が橘さんに詰め寄った理由も分かった。
それは…。
「っははは、俺はナンパ男だと思われたわけだ」
そう、宍戸先輩と鳳くんは橘さんが私をナンパしていると思ったらしい。
このお店にときどきナンパ目的の人が現れることは二人も知っていて、私の帰りが遅いから心配になって様子を見に来たら、橘さんの隣で私が困ったような顔をしていたから勘違いしてしまった、ということだった。
「橘さんがそんなことするわけないだろ」
「まったく、深司の言うとおりだぜ」
あきれ顔の伊武くんと神尾くん。
「ワリィ、橘。このとおりだ」
「橘さん、すみません…」
「おいおい。やめてくれ、二人とも。あの状況なら勘違いしても無理ないさ。
それより、名無しのことだ」
『えっ、私ですか?』
謝る宍戸先輩と鳳くんにオロオロしていると、なぜか橘さんが私の話をふった。
「お前たち、もっとしっかり名無しに話をしたほうがいいぞ。
さっきも言ったが、名無しは自分のことをまるで分かっていない。このままだと無防備すぎて、妙な奴に目をつけられるかもしれないからな」
…で、出た!
ザ・天然…!
『あ、あの、橘さん。もういいですよ、その話は…恥ずかしいですし…』
「いやダメだ。いつもそばにいる奴にきっちり頼んでおかないと、心配になる」
『いや、あの…そもそもそんな心配いらないので…』
「はぁ、まだそんなことを言ってるのか。
宍戸、鳳。さっきからずっとこんな調子なんだ。しっかり守ってやってくれよ」
ひえ~~。
は、恥ずかしい!!
「お、おう…」
宍戸先輩…さすがにちょっと引いてるな…。
そりゃそうだよね…。
「はい、もちろんです!
助言ありがとうございます、橘さん!」
お、鳳くん…、素直すぎる…。
鳳くんのほうが心配だよ、私は…。
「し、深司」
「何?」
「橘さんが言ってること、どう思う?ちょっと…大げさじゃないか?俺の目には別に普通の女子に見えるけど…」
「…俺の目にも普通の女子にしか見えない」
「だ、だよな。
もしかして…橘さんってああいう女子がタイプだったのかな」
「さぁ…」
猛烈に恥ずかしい時間をなんとかやり過ごした私は、今度は不動峰のみんなと一緒にビリヤードをすることになった。
宍戸先輩のビリヤード仲間のみんなは、他のところへ遊びに行ったらしい。
いろいろ親切にしてもらったからちゃんとお礼を言いたかったけど、ここへはみんなよく来てるみたいだから、また会う機会はあるはずだと宍戸先輩が言ってくれた。
そして不動峰と氷帝がそれぞれ三人なので、一人ずつでペアを組んで勝負しようということになってじゃんけんをした結果…。
『よ、よろしくね、伊武くん』
「…よろしく」
私は伊武くんとペアを組むことになった。
正直、橘さんか神尾くんとだったらいいなとちょっとだけ思ってたから、伊武くんに決まったとき、おぉ…っと思ってしまった。
だって、伊武くんってあんまり表情が変わらないし、淡々としてる感じだし…どんなふうに話しかけたらいいのか分からなくて緊張しちゃう。
私、ビリヤード下手だし、足ひっぱるなとか思われたらどうしよう。
伊武くんはなんかすごく上手そうな雰囲気だし…。
「名無し、名無し」
神尾くんが私の肩をポンポンと叩いてきた。
『あ、神尾くん』
「深司のこと、よろしくな!」
『えっ、よ、よろしくって何?』
「ちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと変わった奴だけど、まぁ基本的にはいい奴だからさ。仲良くしてやってくれよ!じゃあな、がんばれ!」
……………………………。
その言い方だと、すごく変わった奴、に聞こえちゃうよ、神尾くん…。
さらに大きくなった不安を抱えつつ、ゲームが始まった。
私たち以外の組み合わせは、宍戸先輩と神尾くん、橘さんと鳳くん。
不動峰のみんなの実力が未知数だからどのチームが勝つのか予想するのが難しい、けど…。
いくら伊武くんが上手くても、私がいるかぎり私たちのチームが勝てないのは間違いない。
今のうちに謝っておこうかな…。
いやいや、それはやりすぎかな?
遊びなのに大げさだと思うかも。
でももしかしたら伊武くんは真剣かもしれないし…。
…あぁ、どんな人なのか全然分からないからどうすればいいのかも分からないよ~!
「次、深司たちだぜ」
神尾くんが自分の番を終えて、声をかけてくれた。
チラリと伊武くんを見ると、やっぱり何を考えてるのか分からない視線を向けられた。
「…どっちが先に行く?」
『あ、えっと…私が後でもいい?』
「…別にいいけど」
橘さんも神尾くんもすごく上手だった。
その直後に打つのがなんだか気が引けてしまって、私はつい伊武くんにお願いしてしまった。
といっても、結局次は私の番なんだけど…。
そんな私をよそに、伊武くんは涼しい顔で位置を移動して構える。
姿勢も様になっていて、慣れているんだろうなと感じる。
そしてーーー、打った。
ーーーカツン
……………………。
あ、あれ?
今はそこまで難しくない状況だったはず。
真っ直ぐ打てばよかったはず…なんだけど…。
なぜか伊武くんが打ったボールはものすごく複雑な軌道を描いてあさっての方向に転がっていった。
えっ、な、何?今の…すごい動きしてたけど…。
も、もしかして、今のが正しいのかな?
私のルールの理解が間違ってるのかも…?
「…ぷっ、あはははは!
深司、お前ほんっとーにヘタだよな!」
………………………。
へ、ヘタ?
「…うるさいな。
分かってて毎回笑うとか、性格悪すぎだろ」
「いやー、だってただのヘタじゃないからさ。今のとか一体どうやったらできるんだよって感じだし。プロでも難しいんじゃねぇか?」
「知らないよ。
俺は真っ直ぐ転がそうとしたんだから」
真っ直ぐ転がそうとしたんだ……。
物理の法則を完全に無視した動きをしてたように見えたけど…。
お腹を抱えて大笑いする神尾くんと、苦笑いする橘さん。
宍戸先輩と鳳くんはびっくりしながらも、ある意味天才かもしれないと感心していた。
そしていよいよ私の番。
「頑張れ、名無しさん!」
『う、うん』
みんなの注目のなか、緊張しつつ宍戸先輩と鳳くんから教わったことを意識してボールを打つ。
だけど、ボールは思っていたのとは全然違うところに転がってしまった。
「…ヘタ」
!?
い、今のは伊武くん!?
『ちょ、伊武くん?』
「何?」
『今、その…ヘタって言ったのは…』
「俺だけど」
『そ、そんなにハッキリ言わなくても』
「めんどくさいな。
じゃあ言い換えるよ。ヘタくそ」
『逆になんか増えたね?!』
「うるさいな。
大体、アンタだってさっき俺のこと見て笑ってただろ。自分がヘタくそなの棚に上げて」
『べ、別に棚に上げてなんかないよ。自覚あるもん、持ってるもん、ちゃんと』
「何それ。そんなこと言い出す奴、初めて会った。変な奴」
全く表情を変えないまま言ってのける伊武くんに、思わず少しムッとしてしまう。
『私だって伊武くんみたいに初対面からズバズバ言う人、初めて会った』
「そんなたいしたこと言ってないだろ。大げさすぎ」
『大げさなんかじゃないよ。
私、伊武くんの足をひっぱるんじゃないかって気にしてたのに』
「引っ張るも何もないだろ。遊びなんだし」
……むむむっ。
『そうだね、私が気にしすぎだったんだよね』
「何怒ってるんだよ。ほんと、めんどくさいな」
むむむむむっ。
「名無しさん、お、落ち着いて」
「し、深司。今のはお前が悪いぞ」
私と伊武くんに、鳳くんと橘さんが止めに入る。
確かにちょっと言い過ぎたかもしれないけど…。
「……すんまそん」
『ごめんなさい…』
私たちはお互いに謝った。
だけど、スッキリはしない。
だって最初にヘタだって言ったのは伊武くんだもん。
でも納得出来てないのは伊武くんも同じみたい。
さっき伊武くんも言ったとおり、最初に笑ったのは私だし。
確かにそれは悪かったと思うけど…。
「何だよ」
『べ、べつに何も』
「言いたいことがあるならハッキリ言えばいいだろ」
『な、何も無いって言ってるでしょ』
「……………………」
『な、なに?』
「アンタ、嘘もヘタくそ」
『!』
むむむむむむむっ!!
『どっ、どうせ嘘もビリヤードもヘタですよ!学校でもよく言われますよ!考えてることが顔に出まくりだって言われますよ!いっそ覆面被ったほうがいいんじゃない?って言われますよ!』
「………そこまで言ってないんだけど」
『いいよね、伊武くんは顔に出なくて!』
「…は?」
『そういうの、心底うらやましい!顔に出ないって、なんかかっこいいし!ずーっと憧れで!』
「は、はぁ…」
『私だって、伊武くんみたいなタイプに生まれたかった!私みたいな感じだと、いろいろあるんだよ!?それはもう、いろいろと恥ずかしい思いをしてきたんだよ!?』
「そ、そう………」
……………はっ!
またやってしまった…!
つい、ムッとして我を忘れてしまった……!
「…っははは!
やっぱり面白い奴だな、名無しは!」
「深司をこんな感じにするなんて、スゴいぜ!」
大笑いする橘さんと神尾くん。
伊武くんは困惑した表情で立ちつくしたまま、神尾くんにペチペチ頭をたたかれていた。
宍戸先輩と鳳くんも、一緒になって笑っていて…。
後悔先に立たずという言葉が、脳裏を過ぎっていった…。
それからゲームを再開したけど、結果私たちのチームはボロ負けだった。
とにかく伊武くんも私もヘタで、私は一生懸命やっても変な方向にいっちゃうし、伊武くんは無駄に天才的なショットを何度も繰り出すし…。
みんなはそんな私たちを見て励ましつつも、大笑いするし…。
結局ビリヤードそのものより伊武くんと私のショットで盛り上がるという、よく分からない展開になってしまったのだった。
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