新しい日常編
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『鳳くん、鳳くん』
休憩しに行くことを伝えておこうと、近くにいた鳳くんに声をかけた。
「ん?どうしたの?」
『あのね、少し喉がかわいちゃって。あっちでちょっと休憩してくるね』
「じゃあ俺も一緒に行くよ」
『ううん、一人で大丈夫。鳳くんはみんなと遊んでて?』
「えっ、でも…」
『本当に大丈夫だよ。何かあったら戻ってくるから』
「…そっか。うん、分かった」
『じゃあ、行ってくるね』
「うん。あとでね」
少し心配そうな鳳くん。
もしかしたら、私が初対面の人たちといて気疲れしたんじゃないかと思わせてしまったのかもしれない。
本当に鳳くんって、どこまでも優しいな…。
安心してほしくて笑顔で手をふると、鳳くんもほほえみながら手をふりかえしてくれた。
休憩スペースに来た私は、どのジュースを買うかを決めるため、さっそく自動販売機をひとつひとつ物色し始めた。
こういうとき、私はどうしても今までに見たことがないものを探してしまう。
そういうのは結構、“味は微妙ですよ”っていう感じがにじみ出てるものも多いんだけど、これを逃すともう二度と飲めないかもしれないという誘惑に負けてしまうのだ。
そして今日も私は見つけてしまった。
“おしるこサイダー!”
な、なんだと………!?
おしるこ…!
あのおしるこを、サ、サイダーに……!
これは買わねばなるまいて……!!
喉がカラカラなのにも関わらず、かえって喉の渇きに拍車をかけそうなジュースを買おうとする自分の矛盾を見て見ぬふりをして、財布からお金を出す。
だって、だって、初めて見たもん!
一期一会っていうもん!
なんて自分自身に言い訳しつつ、小銭の投入口にお金を入れる。
あー、楽しみ!
このドキドキワクワクがたまらないねっ!
はやる気持ちそのままに、“おしるこサイダー”のボタンを押す。
ピッ。
…とか何か音がするはずなのに、何も反応がない。
……あれ?
な、なんで?
もう一回、ボタンを押してみる。
だけどシンと静まり返ったまま。
…えっ、なんで?
お、おかしいな。
何度も繰り返しボタンを押してみるけど、それでも何も変化はない。
ど、どうしよう…!
まさか私、壊しちゃった!?
と、とにかく店員さんに言いに行かなきゃ…!
血の気が引いていくのを感じながら、慌てて店員さんを探しにいこうとした、そのとき。
ーーーチャリン。
私の横からスッと手が伸びてきたかと思うと、硬貨が一枚、投入口に入れられた。
びっくりしてそっちへ顔を向けると、そこには私より少し年上っぽくて精悍な雰囲気の男の子がいて、驚く私に静かにほほえんだ。
そして自動販売機の“おしるこサイダー”のボタンに指を乗せた。
「確か、これ、だったよな」
『は、はい』
反射的にうなずく。
…けど、なかなかボタンを押す気配はなく、指はボタンの上で固まったみたいに止まっていた。
……?
不思議に思ってその人を見ると、穴が空くほどボタンの上の“おしるこサイダー”の表示を見つめていた。
「これ…なんだよな、間違いなく」
『?はい』
「“おしるこサイダー”で、いいんだよな…?」
……………………。
………………………………ハッ!
しまった、そうだった!
私が買おうとしてたのはオレンジジュースとか紅茶とかじゃなかった…!
“おしるこサイダー”だった……!
この人の中で私、完っ全に変な奴だ……!
『あ、あの…。す、すみません、変な趣味で…』
「いや、謝る必要は無いが…。
こ、好みは人それぞれ、だから、な……」
………!
後半、声が震えてる…!
わ、笑われてる……。
「じゃ、じゃあ、押すぞ」
『はい…、お願いします…』
こみあげる笑いを何とかこらえながらという感じで、その人がボタンを押す。
今度こそピッと電子音がして、自動販売機が作動する音が聞こえ始めた。
あっ、そう言えば!
結局さっき自動販売機が動かなかったのって、故障じゃなくて単純に10円足りなかったってことなんだよね?
この人が出してくれたんだから、返さなきゃ。
ーーピーッ、ピーッ、ピーッ。
「出来たみたいだぞ」
『えっ、あ、はい。ありがとうございます』
取り出し口から紙コップに入ったジュースを取り出すと、お金を返すためにカバンに手を伸ばした。
「さて、それじゃ俺も買おう」
『あ、それなら…』
さっき出してもらったお金を返します、と言おうとして、その人の指先に目が止まった。
『……え』
今にも自動販売機のボタンを押してしまいそうなその指は、“おしるこサイダー”のところに置かれている。
『…も、もしかしてそれを買うつもりなんですか?』
「ああ、もちろんそのつもりだ」
当たり前のことみたいにそう言って、ニコリとほほえむ。
『ほ、本気ですか?やめたほうがいいですよ』
「っはは、それをお前が言うのか?」
『うっ、それは…』
「正直、お前に会っていなければこれを買おうと思う日は一生こなかっただろうが、これも縁だ」
『しょ、正気ですか…?おしるこですよ、おしるこ…。よく考えたほうがいいんじゃないかと…』
「ははは、面白い奴だな。ますます飲んでみたくなった」
『ええ!?な、なんでそうなるんですか』
「もう決めたことだ。男に二言は無い」
ピッ。
『あーっ…』
抵抗むなしく、おしるこサイダーがもう一度製造されたのだった。
私たちはすぐそばのイスに並んで座って、さっそくジュースを飲むことにした。
手元の紙コップをのぞき込む。
なみなみと注がれた、あずき色の…汁。
シュワシュワと小さな気泡が底から次々と上がってくる。
ゴクリ……。
喉はカラカラだ。
そう、私は喉が渇いている…。
渇いている、けど…。
あまり飲みたくはならない不思議。
「さて、飲んでみるか」
『は、はい。………………』
「?
どうした?」
『あ、いえ…。改めて、すごい液体だなと思って』
じっと紙コップの中を見つめ続ける私が面白かったのか、その人はまた笑った。
たくましい印象を受ける顔立ちが、くしゃりと笑顔に変わる。
初対面の人と二人でいるという緊張が、その笑顔を向けられるたびにほぐれていくから不思議だ。
「怖いなら、せーので一緒に飲むか」
『あ、はい、そうですね。そのほうがいいかもしれないです』
「分かった。じゃあそうしよう」
私はうなずいて、紙コップを口元に近づけた。
「よし、準備はいいな?」
『は、はいっ』
「せーのっ!」
合図と同時に、目をつぶって思いきって液体を口に流し込む。
シュワシュワとした感覚が口の中から喉の奥へと流れていく。
後に残ったのは、よく知っているおしるこの味と、これまたよく知っているおしるこの匂い。
なんか……。
「微妙な味、だな…」
『微妙な味、ですね…』
口をついて出たのは、二人まったく同じ感想だった。
隣を見ると、その人はわずかに眉を寄せて何とも言い表せない複雑な顔をしていて、紙コップの中を一心に見つめていた。
その姿は珍しい物を見た小さな子どもみたいで、さっきまでの大人っぽい雰囲気とはまるで真逆だった。
それがなんだかおかしくて、そして可愛く思えて、私はつい笑ってしまった。
「ん?なんだ?
なんで笑ってるんだ?」
『すみません、なんだか小さな子どもみたいでおかしくて…。っふふ』
「子ども?俺がか?」
『あっ、すみません、失礼なこと言って…』
と言いつつも、笑いが止まらない。
笑っちゃダメだと思えば思うほどおかしくなってきてしまう。
「そんなに面白かったか?」
『す、すみません…』
「いや、謝る必要はないが…。
子どもみたいだと言われたのは初めてだ。どちらかというと老けて見られることが多いからな…」
『そ、そうなんですか…』
神妙な面持ちのその人に、ますます笑いが込み上げる。
結局私はそのまましばらく笑い続けてしまったのだった。
『すみません、本当に…』
ようやく笑いが収まったころ、私はその人に謝った。
いくらなんでも笑いすぎだった。
気分を悪くしてないといいけど…。
だけど私のそんな心配をよそに、その人はカラッと笑った。
「いや、本当に謝ることはないぞ。気にするな。
そんなことより、お前はよく笑うんだな」
『す、すみません。自分でも止められなくて…』
「責めてるわけじゃないさ。
いいじゃないか、よく笑う奴は俺は好きだぞ。一緒にいて楽しいしな」
『そっ、そうですか…』
好きという単語に、一瞬ドキッとしてしまった。
そういう意味で使ったわけじゃないことくらいもちろん分かってるけど、男子から言われることに慣れてないから、いちいちドキドキしちゃうんだよね…。
赤くなったりしてないかな?
恥ずかしいなぁ、もう。
「そうだ。お前、連れは?
俺は部活の仲間と一緒に来たんだが」
『私は学校の先輩と友達と一緒に来ました。今はあっちのほうにいます』
「そうか。まぁ、女子はあまり一人にはならないほうがいいぞ」
『どうしてですか?』
「俺も噂に聞いただけなんだが、ナンパ目的で来てる奴がたまにいるらしい」
『えっ、そうなんですか?
でも、そういうことなら大丈夫です』
「?
どういう意味だ?」
『私はそういう対象にはならないですから』
「対象にならない?なぜだ?」
『私はナンパしようって男子が思うようなタイプじゃないですし。
ナンパされるのって、可愛くてスタイルが良かったり、おしゃれだったりする子ですよね』
「じゃあお前も危ないじゃないか」
『えっ?』
「可愛くてスタイルが良くておしゃれだとナンパされるんだろう?
だったらお前も気をつけないとな」
『……………………え?』
「?
俺は何かおかしなことを言ってるか?」
……………………………。
この人、もしかして…。
…………………………天然?
…いやいや、単に何か勘違いしてるだけかも。
『あの、だから…、危ないのは可愛くてスタイルが良くておしゃれな子なんです』
「それはさっき聞いたが」
『はい。
だから私は当てはまらないので大丈夫なんです』
「いや、大丈夫じゃないだろう。
お前はその“可愛くてスタイルが良くておしゃれな子”じゃないか」
『………………………………』
…天然だ。
間違いなく、天然だ。
からかってる様子は全く無いし、真面目にそう思ってるらしい。
…あ、もしかして!
『あの、視力が悪いんですか?』
「?いや、そんなことはない」
……やっぱり天然だ。
『ええと…変わった美的感覚ですね』
「俺が?いや、普通だろう」
『いえ。
絶対に、絶っっっ対に、変わってると思います』
「お前のほうこそ変わっているぞ。もっと自覚したほうがいい」
……………………………。
ほ、本物だ……。
本物がいた……………。
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