新しい日常編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
合宿が終わって、初めてのお休みの日。
今日は宍戸先輩と鳳くんと私の三人で遊びにいく日だ。
遅刻しないように早起きして、鏡の前で最後のチェックをする。
髪よし、服よし、カバンもよし。
さぁ、行くぞ!
『お母さん、行ってくるねー。夕方には帰るからー』
お母さんに声をかけてから出発する。
今日はきっと楽しい一日になるだろうなー。
だって宍戸先輩と鳳くんと一緒に出掛けるんだから。
私はウキウキした気持ちで、待ち合わせ場所の駅前へと向かった。
駅前に着くと、約束した時間の20分前だった。
よかった、バッチリ間に合った。
一番乗りかも、なんて思いながら歩を進める。
だけどそこにはもうすでに待っている人がいた。
『宍戸先輩!』
駆け寄ると、私に気づいた先輩がサッと片手をあげた。
「よお、早いな」
『それは先輩のほうですよ。てっきり私が一番かと思ったのに』
「ハハッ、性分なんだ。早めに行動したほうが気持ちいいしな」
宍戸先輩はカラッとした笑顔でそう言って、被っていた帽子のつばに手をやった。
その帽子はいつも先輩が被っている青いものじゃなくて黒い帽子で、それを初めて見た私はついジッと見てしまった。
「どうした?」
『あ、すみません。
先輩がいつも被ってる帽子とは違うなって思って』
「ああ、そうか。お前は見たことねぇかもな。学校で被るのは青いやつだし。学校以外じゃ結構よく被ってるんだ、これ」
『そうなんですか…』
私の中では宍戸先輩はあの青い帽子のイメージだったから、なんだか新鮮だ。
見慣れないけど、黒いのもよく似合ってて、カッコいい。
それにいつもより大人っぽく見えるような…。
「何か変か?」
『あっ、いえ、似合ってると思います。見慣れなくてなんだか新鮮だなと思ったらつい…すみません、ジッと見たりして』
「いや、構わねぇが…」
う…、ちょっと恥ずかしい…。
つい見つめてしまった…。
その場の空気が気まずくなりかけたような気がして、私は慌てて話題をふった。
『宍戸先輩、帽子が好きなんですね。私も好きなんですけど、黒いのは持ってないんです。なんだか私には似合わなそうで』
「そうなのか?
いや、そんなことねぇだろ」
漂いかけた気まずさがサッと消えて、一人胸をなでおろす。
だけどそれも一瞬のことだった。
気がつくと、視界の上半分が黒で遮られていた。
『えっ…』
「ほら、似合うじゃねぇか」
その明るい声に反射的に先輩を見ると、先輩がついさっきまで被っていた帽子はそこには無くて。
自分の頭に手を伸ばすと、指先に不慣れな感触を覚えた。
『あ、あの…』
も、もしかして…。
これって宍戸先輩の、帽子…?
自分とは違う匂いがかすかにしてきて、ドキッとする。
そんな私の戸惑いをよそに、宍戸先輩は楽しそうに私の顔をのぞきこんできた。
「あはは、やっぱりデカいか。それじゃ前が見づらいだろ。
ちょっと待ってろよ?…ええっと」
先輩は私に歩みよると、私の顔と帽子を交互に見ながら帽子の角度や向きを調整する。
先輩はまったく気にしてないみたいだけど、距離が近くて、私は思わず視線を下げた。
恥ずかしくて顔が熱くなってくるのが自分でも分かったけど、帽子でできた影のおかげで少しは紛れてると思う。
急に離れるのも、逆に変だし…。
「…よし、こんなもんか。
どうだ?被り心地は」
『はっ、はい。
大丈夫です、ありがとうございます』
「そうか、よかったぜ。
よく似合ってると思うが…ここじゃ確認できねぇか」
辺りを見回す先輩の様子に、鏡を探しているんだと気づいた私は、速くなった鼓動をごまかすように自分のカバンに手を伸ばした。
『か、鏡なら持ってます』
そう言って中を探すも、見当たらない。
えっ、どうして…。
鏡はいつもここに入れてて…。
『すみません…鏡、忘れちゃったみたいです…』
…ああもう!
出掛けるときにちゃんと確認したはずなのに…!
本当に私ってバカ…。
「そんなことで謝るなよ。
いいじゃねぇか、お前さえ良ければそれしばらく貸すぜ」
『えっ』
「鏡があるところでちゃんと見てみろよ。黒、似合ってるぜ?」
そう言ってカラッと笑う宍戸先輩。
似合ってると連発されてまた頬が熱を帯びるけど、どう見ても先輩は何も気にしていない。
断るのもなんだか逆に意識しすぎな気がして、私はうなずいた。
『ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?』
「あぁ、もちろんだ」
先輩はそう言うと、不意に私を見つめてから、またそっと帽子のつばの向きをずらした。
「こっちのほうがいいかな。
あー、難しいな。自分だとどんなでもいいんだが…お前だとなんか気になっちまうぜ」
『っ……』
宍戸先輩が見てるのはあくまでも私と帽子のバランスであって、私じゃない。
それは分かってるけど、帽子をいじるためにずっと私のすぐ近くにいるから、ついドキドキしてしまう。
合宿中のことも…。だ、抱きついてしまったことも、思い出しちゃうし…。
それに…。
先輩がよく身に付けてるものを今自分が身に付けてると思うと…。
なんだかすごく、照れてしまう。
こういうの、宍戸先輩は平気なのかな。
何とも思わないのかな。
…ううん、あの合宿のときみたいに気まずくなるのは嫌だから、それならまだ今みたいな状態のほうがいいんだけど…。
全く気にされていないのも、それはそれで女子としてはなんだか悲しいような……。
「名無しさん、宍戸さん、すみません!」
「おぅ、長太郎」
待ち合わせの時間まであと5分。
鳳くんが小走りで私たちのところに来た。
遅刻したわけでもないのに、私たちが先にいたせいか、鳳くんは申し訳なさそうだ。
「お待たせしてすみません」
「何言ってんだ。まだ時間前だぞ」
『鳳くん、気にしないで』
やっぱり宍戸先輩はいつもどおりで、そのおかげで私も少し落ち着いてきた。
そんなに意識するようなことじゃないんだよね、きっと。
私が気にしすぎだったんだ。
こういうとき困るんだよね、慣れてないから…はぁ。
「ありがとうございます、二人とも。
……って、あれ?」
『?』
ふと、鳳くんが私に目をとめた。
『どうしたの?』
「あ、うん。
名無しさんが被ってる帽子、もしかして宍戸さんのじゃない?」
『えっ!な、なんで分かるの?』
「あ、やっぱりそうなんだ。
それよく宍戸さんが被ってるし、それに名無しさんにはサイズが大きいみたいだから」
『そ、そっか…』
「はは、バレちまったか」
「はい。
でも、どうして名無しさんが宍戸さんの帽子を?」
宍戸先輩がさっきからの流れを話すと、鳳くんは納得したようにうなずいて、私のほうへと改めて視線を向けた。
「宍戸さんの言うとおり、俺も似合ってると思うよ、黒。
淡い色のほうが名無しさんのイメージに合うような気がしてたけど、こうやって見るとハッキリした色もいいなって思う」
『ホントに?ありがとう。
二人がそう言ってくれるなら、今度帽子を買うときは黒に挑戦してみようかな』
二人はなんだかニコニコしながら私を見ていて、少し気恥ずかしい。
『ね、ねぇ。
みんな揃ったし、さっそく行こうよ』
「ああ、そうだな」
「それじゃ予定どおり、まずは名無しさんが行きたい所に行こうか」
『うん』
今日の予定はあらかじめ三人で話し合っておおまかに決めてある。
午前中は私の行きたい所、午後は宍戸先輩と鳳くんが行きたい所に行く予定だ。
「どこに行くか考えてきた?」
『うん。ショッピングモールでいくつかお店を見てまわりたいんだけど、いい?』
「もちろんいいよ」
「俺もいいぜ」
『じゃあ、行こー!』
「おー!」
「お、おー……」
照れながらも一応参加してくれる宍戸先輩に、鳳くんと私は顔を見合わせてクスリと笑いつつ、足どり軽く歩きだした。
.