新しい日常編
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*二年生女子side
そんな私だから、告白するなんてとてもじゃないけど出来ない。
したって絶対フラれるし、もし周りに知られでもしたら、みっともなさすぎてもう学校にも来られなくなる。
だから…他の誰にも言えない。
数少ない友達にすら言ってないし、言うつもりもない。
そうやっていつか日吉くんに好きな人が出来たら、そのとき私の初恋も自動的に終わる。
私みたいな女子の恋なんてその程度の価値しかないし、その覚悟はできてたつもりだった。
でもまさか、こんなに早くそのときがくるなんて…。
一番初めに違和感に気がついたのは、一年生のときの冬休み明けだった。
いつも淡々としていてあまり他人に興味がない日吉くんが、何故か周りを気にしてるような…誰かを探してるような、そんな素振りを見せるようになった。
そのときは何をそんなに気にしてるのかまでは結局分からなくて。
それがはっきり分かったのが、二年生になってからだった。
私は日吉くんと同じクラスになって、だからこそ日吉くんの小さな変化にも気がつくようになってしまった。
そして…分かってしまった。
日吉くんがずっと気にしていたのが、名無しさんだということを。
二人きりじゃないとはいえ、名無しさんと一緒にごはんを食べたり、しゃべったり。
そのときの日吉くんの様子は、他の女子といるときとは全然違っていた。
名無しさんを見つめるその目には、いつも熱が宿っていた。
分かりたくなかったけど、分かってしまった。
日吉くんは…恋をしてるんだ。
名無しさんのことが、好きなんだ。
「はぁ、なんでこういう役回りばっかり私にまわってくるの…」
放課後、大量のプリントを抱えて廊下を歩く。
「職員室なんか行かなきゃよかった…」
また先生に頼まれてしまった。
こういうときだけは妙に頼られるんだよね。
おとなしく言うこと聞くからいいように使われてるんだろうなぁ。
落とさないように気をつけつつ廊下の端をゆっくり歩いていると、後ろから騒ぎながら近づいてきた男子のグループにぶつかられてしまった。
「あっ!」
ギリギリのバランスを保っていた私の腕から、プリントがバサバサと落ちていく。
「嘘でしょ…。最悪…」
邪魔にならないように、ちゃんと端っこに寄ってたのに。
顔をあげると、全くこっちを気にしてもいない男子たちの後ろ姿が視界に入る。
はぁ…、もういい。
さっさと拾おう。
可愛くもないうえにツイてもいないうえに存在感ゼロの私には、こんなのがお似合い。
慣れてるし、いいもん。
今までだって、こんなことは何回も数えきれないくらいあった。
そう、こんなことは何回も…。
………そういえば、日吉くんを好きになったあのときも同じような状況だったな…。
私みたいなのにも、親切にしてくれた…。
…ふふっ、私って単純。
男子に優しくされなれてないからって、あんなに簡単に好きになっちゃうなんて。
好きになったって、意味ないのに。
どうせ報われないのに。
私のことなんて、こんな女のことなんて、誰も本気で相手してくれたりしないんだから。
本当…嫌になる。
…あぁ、もう…嫌。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……。
こんなに苦しい気持ちになるくらいなら、日吉くんのことなんか知らないままでいたかった。
好きになんか…なりたくなかった…。
『ねぇ、ちょっと。なに普通に行こうとしてるの?』
廊下の先から鋭い声が聞こえてきた。
あれは…、名無しさん…!?
「なんだよ、名無し」
『なんだよ、じゃないでしょ。後ろ見てみて』
「はぁ?後ろ?」
私にぶつかった男子たちがこっちを振り返る。
えっ、これってまさか…。
『あんたたちが大騒ぎしてぶつかったせいでああなったんだよ?
ちゃんと謝って拾いなよ』
「げっ、マジか。全然気づかなかったぜ」
「俺も」
『もう、危ないじゃない。廊下の端歩いてる人にぶつかるとか、小学生じゃないんだから』
「うるせーな。拾えばいいんだろ、拾えば」
『ちゃんと謝ってよ。あ、プリントはグシャグシャにしちゃダメだからね』
「はいはい、わーったよ。ったく…」
男子たちは面倒くさそうに私のところに来て、散らばったプリントを拾い始めた。
「わりー、気づかなかったわ」
「あ、うん、大丈夫」
「ごめんな」
「う、うん」
男子たちと、そこに名無しさんも加わってみんなでプリントを集めると、あっという間に手元に全部戻ってきた。
それを確認すると、男子たちはもう一度謝ってから向こうへと歩いて行った。
なんか…。
これってあのときと同じような…。
思わずぼう然としてしまっていると、名無しさんが不安そうに私の顔をのぞき込んだ。
『大丈夫…?もしかして、ケガとかした?』
「えっ?あっ、ううん、平気…」
『そっか、よかった。
ねぇ、それどこまで運ぶの?よかったら手伝うよ』
「だ、大丈夫。すぐそこだから」
『え、でも…』
「ほ、本当に大丈夫。あの…、ありがとう、助けてくれて」
『あ、ううん、それは全然。たまたま通りかかっただけだから。
それじゃあ、気をつけてね』
「うん…」
なんとか平静をよそおって答えると、名無しさんは安心したように笑ってその場から離れていった。
その背中をただ見つめる。
自分でも驚くほどいろんな感情が次から次へとあふれでて、身体中を駆けめぐっていく。
羨ましくて、妬ましくて、くやしくて、悲しくて、やるせなくて、つらくて、みじめで、どうしようもない。
気がつくと、その姿はぼやけてはっきり見えなくなっていた。
視線を落とすと、腕に抱えていたプリントにポタポタと涙がこぼれ落ちる。
これは何の涙なんだろう。
自分でも分からない。
考える気力もない。
でも、はっきり分かったことがある。
日吉くんはきっと、これからもっと、もっともっと名無しさんを好きになる。
気持ちが冷めることなんて、他の子に目移りすることなんて、きっとない。
だから名無しさんの性格が悪かったらいいなって思ってた。
もしそうならいつか日吉くんの気持ちも変わるかなって、どこかで期待してた。
だけどそんな可能性は微塵も無いって、よりにもよって身をもって確信してしまった。
…ああ、嫌だな。
べつに自分が日吉くんと付き合えるなんて思ってたわけじゃないのに。
なのに、日吉くんの心の中にたった一人の特別な女の子がいると思うだけで、こんなに苦しい。
いつか名無しさんと気持ちが通じあって恋人同士になるのかもしれないと思うと、目の前が真っ暗になる。
割りきれてると思ってた。
でも違った。
私…。
こんなに日吉くんのことが好きだったんだ……。
ーーー数日後、早朝
私は久しぶりに早起きをして、学校へと向かった。
部の朝練に参加するためだ。
部室に入るとみんなビックリしていた。
当然だと思う。
数ヶ月ぶりだもんね。
コートに向かう途中、同級生の子がガシッと肩を組んできた。
「で、何かあったの?急に朝練来るなんてさ」
「うん、失恋した」
「ふーん、失恋…。
………えぇっ!失恋!?」
「ちょ、ちょっと!声でかいよ!」
「あっ!ご、ごめん!」
慌てて口を押さえた友達が、徐々に神妙な顔つきになる。
「好きな人、いたんだ。知らなかった」
「うん、誰にも言ってなかったから」
「そっか…。もう、大丈夫なの?」
「ううん、全然。
でも、何かするなら今しかないって思って」
手に持ったラケットをギュッと握る。
「私、失恋したとき、その人を好きにならなければよかったって思っちゃったんだ。それがすごく嫌で。
失恋したことももちろん嫌なことなんだけど、それと同じくらい、好きになったこと自体を後悔してる自分が嫌だった」
「まだ…好きなの?」
「うん…、好き。もしかしたらこのままずっと好きかもしれない」
「そっか…」
「でも、おかげでよく分かったんだ。
頑張っても報われなかったむなしさより、頑張らずに自分の可能性を自分で捨てるむなしさのほうが、何倍も苦しいって」
いつからか、私は受ける傷を少しでも浅く済ませることばかり考えて進む道を選択するようになっていた。
“どうせどの道を選んでも、楽しいことなんて私には待ってないんだから”。
“こっちに行きたいから”じゃなくて、“こっちのほうがマシだから”。
そんな生き方にすっかり慣れてしまって、諦めることにもすっかり慣れてしまっていた。
そして日吉くんを好きになったその気持ちと結局一度もきちんと向き合わないまま、終わりを迎えてしまった。
後悔しても、もう遅い。
人生には二度とやり直せないこと取り戻せないことが確かにあるんだと、これ以上ないというほど胸に深く刻み込まれた。
今の私に残された道は、同じ後悔をしないようにするという道だけ。
「だからこれからはテニスも頑張るよ。頑張って頑張って頑張り尽くしたら、結果が駄目でも今までとは違う気持ちになれるんじゃないかなって思うから」
「…うん、そうだよ!一緒に頑張ろう!それでまずは目指せ、補欠!」
「あはは、レギュラーじゃないんだ」
「だってさー、ウチの部って補欠でも鬼みたいに強い人ばっかりなんだもん。嫌になっちゃう」
おおげさに肩をすくめる友達がおかしくて、つい笑ってしまった。
笑えたことに、ホッとした。
日吉くんのことを思うと、胸はまだ痛い。
たぶんこの痛みはそう簡単には消えない。
次の恋とか、何か他の夢中になれるものを、なんて今は全然考えられない。
だけど日吉くんを好きになったその気持ちさえ否定してしまうような、そんな情けない自分のままではいたくない。
だって日吉くんは本当にかっこいい人だから。
私は駄目な人間だけど、たくさんいる男子の中からそんな人を好きになった自分のことを、せめて少しくらいは認めてあげたい。
そのためにも、今はまず目の前にあることをやってみようと思う。
全てを一気に変えることはできないけど、そんな自信は全然無いけど、ひとつひとつ、一歩ずつなら何とか頑張れそうな気がするから。
そしていつか、日吉くんを好きになれてよかったと、心から思えるような自分になれたらいいな。
長い間凝り固まっていた卑屈な気持ちを、こんなふうに前向きに動かしてくれたのは、間違いなく日吉くんだ。
そう思うと、勝手に涙が浮かんでくる。
私の大切な初恋の人。
…ありがとう、日吉くん。
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