新しい日常編
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*二年生女子side
ーー数年前
うぅ、結構重い…。
昼休み、私はたくさんのプリントを抱えて教室を目指していた。
用があって職員室に行ったら、たまたま近くにいた担任の先生に見つかって、運んでおくように頼まれてしまったからだ。
「こんなにあるなら、先生が自分で持っていけばいいのに…」
そんな本音を先生の前で口に出せるはずもなく、私は一人でプリントを運び始めたのだった。
…あ、よく考えたら二回に分ければよかったんだ。
はぁ、ホント頭悪いな、私。
悪いのは頭だけじゃないけどさ…。
落ち込みながらもあと少しで教室というところまで来たとき、後ろから私を追い越そうとした男子たちにぶつかられてしまった。
「あっ!」
はずみでバラバラとプリントが辺りに散らばる。
あぁ…、最悪……。
前を見ると、私にぶつかった男子たちはこっちを振り向くこともなく、ワイワイと騒ぎながら歩いていく。
たぶん話すのに夢中で、ぶつかったことにも気づいていないんだろう。
それにもし気づいてたとしても…どうせ謝ったり助けたりなんかしないよね。
こんな可愛くもなんともない女子なんか、どうでもいいんだろうな。
もしぶつかった相手が可愛い子だったら、すぐ謝ってプリント拾うのも手伝うくせに。
だから男子って嫌い。
可愛くない自分は…もっと嫌い。
…別に、いいけど。
こういう扱いには慣れてるし……。
どんどん広がっていく暗い気持ちを振り払うように、私はプリントを拾い集め始めた。
「おい、お前ら。ちょっと待てよ」
…ん?
鋭い声が聞こえてきて、思わず顔をあげた。
あれは、日吉くん…?
「何だよ、日吉」
「何だよじゃない。後ろ見てみろ」
「後ろ…?」
私にぶつかった男子たちがこっちを振り返る。
えっ、ま、まさか…。
「お前らがぶつかったせいでああなったんだぞ。謝って、拾うの手伝えよ」
「えっ、マジか。全然気づかなかったぜ」
「俺も」
「まったく、騒ぎすぎなんだよ。せめて前くらい見て歩け。危ないだろ」
日吉くんにとがめられた男子たちは、焦ったように私のところに来てプリントを拾い始めた。
「わりー、大丈夫だったか?」
「あ、う、うん」
「マジごめん。気づかなかったわ」
「べ、べつに、いいよ」
男子たちは思ったより普通に謝ってくれて、少し拍子抜けしてしまう。
そこに日吉くんも加わってみんなでプリントを集めると、男子たちはもう一度謝ってから歩いていった。
全部拾うのに時間がかかりそうだと思っていたプリントが、あっという間に手元に戻ってきた。
思わずそれを見つめていると、日吉くんが確認するように言った。
「これで全部だよな」
「う、うん」
「これ、どこまで持っていくんだ」
「えっと、すぐそこの教室まで…」
「分かった。じゃあーー」
プリントに手を伸ばそうとした日吉くんを慌てて制する。
「あ、だ、大丈夫だよ。本当にすぐ目の前だから」
「…分かった、それじゃ」
チラリと私の顔を見てから、サッと背を向けて歩きだそうとする。
こ、このままでいいの?
さすがにお礼くらい言わないと…!
「あ、あの…!」
「?」
「ご、ごめんね…なんか…えっと…」
日吉くんとは今まで一回も話したことがない。
無口な感じで近寄りがたい雰囲気もあるし、私は普段男子と関わることもほとんど無いしで、お礼を言うつもりで呼び止めたはいいものの、緊張から口をついて出たのは謝罪の言葉だった。
「お前が謝ることじゃないだろ。全面的にあいつらが悪いんだから」
「そ、そうかもしれないけど…」
振り返った日吉くんは当然のことだというようにそう言うと、男子たちが去っていった方向に目をやりながら、少し乱暴に制服のズボンのポケットに手を突っ込んだ。
こ、これは…私じゃなくてあの男子たちに怒ってるんだよね?
でも…そうだよね、謝られても困るよね。
やっぱりちゃんと、お礼言わなきゃ。
「あの…、助けてくれて、本当にありがとう…」
「…別に。礼を言われるほどのことじゃない」
それだけ言うと、今度こそスッとその場から歩いていってしまった。
一人残された私は、ぼう然とその背中を見つめていた。
日吉くんって…あんな人だったんだ。
私みたいな女子にも優しくて…。
それにちゃんと人にも注意できるなんて、すごい。
私だったら人間関係とか考えて見てみぬふりしてる、絶対。
そんなことを考えているうちに、どんどん頬が熱くなる。
男子なんかみんな同じだって思ってたのに…。
結局私は、日吉くんの姿が見えなくなっても、しばらくその場に立ちつくしていた。
ーーーーーーー
授業中。
私はそっと日吉くんを見る。
頭は動かさず、視線だけを動かして。
誰にもバレたくないから。
私なんかが日吉くんを好きだなんて。
私は日吉くんとは初等部から一緒で、その頃からすでに目立っていた彼は有名人だった。
テニスが強くて勉強もできて、真面目で見た目だってカッコイイ。
これでモテないはずがなくて、日吉くんを好きな女の子はたくさんいた。
だけど当の本人はあまり女の子には興味が無いらしくて、浮いた噂のひとつも立ったことがなかった。
だから私は安心して好きでいられた。
日吉くんはテニスに夢中で、誰かを好きになるなんて、彼女ができるなんて、きっとずっと先のことだって。
それまでは片思いしていられるって。
そう思ってた。
だけど……。
ーーキーンコーンカーンコーン………
授業が終わって先生が教室を出ていくと、一斉にみんながしゃべりだす。
一息ついてから机の上の教科書や文房具を片付けていると、廊下のほうから大きな声が聞こえてきた。
「おーい、日吉ー。客だぞー」
ドクン、と心臓が嫌な音をたてる。
もしかして…。
「あ、また名無しさん来てるよ」
「ホントだ。えー、うそ。じゃあ本当に付き合ってるのかな」
「名無しさんって確か、この間のテニス部の合宿にも行ってたんでしょ?そのときに何かあったんじゃない?」
「それまではあんなに仲良くなかったもんね。クラスに来たりもなかったし」
「あー…、ショック…。みんなの日吉くんだったのに~」
「しかも名無しさんとか…意外すぎ。付き合うとしても、もっと可愛い子だと思ってた」
「うわー、ハッキリ言うねー」
「でも確かに失礼かもしれないけどさ、そう思ってる人多いよね、絶対」
「うんうん」
近くの席に集まった子たちの会話が思い切り聞こえてきてしまう。
やっぱり…名無しさんが来てるんだ。
覚悟を決めた私は、教室の入り口のほうに顔を向けた。
すると日吉くんと名無しさんが二人で廊下で話しているのが見えた。
その横顔は…二人とも楽しそうだった。
日吉くんは大きく表情を変えることはあまりないけど、それでも分かる。
だって、好きだから。
ただの片思いだけど、ずっと日吉くんを見てきて、女子といるときにあんな楽しそうな顔をしてるところなんて、今まで見たことがなかった。
今だって、名無しさんと一緒にいるときにしかあんな顔はしてない。
それは、つまり……。
「でもさぁ、名無しさんって鳳くんと付き合ってるんじゃないの?」
「私もそう思ってたけど、違うんでしょ?なんか二人とも全力で否定してるらしいし」
「うん、あの二人は本当に友達なんじゃない?それよりあやしいのは宍戸先輩だと思う」
「分かる!宍戸先輩のほうが付き合ってるっぽいよねー」
「でも私、この前となりのクラスの子から新しい情報聞いたよ!」
「なになに?」
「あのね、生徒会室で副会長と名無しさんが二人きりでイチャイチャしてるの見たんだって!」
「えーっ!うそー!」
「副会長とか、羨ましすぎるでしょ!」
「いいなー、名無しさん。両手に花どころじゃないね」
「おとなしそうな顔して、魔性の女ってやつ?」
「私、名無しさんとまともにしゃべったことないけど、どんな子なんだろ」
「私も全然知らない。しゃべったらめっちゃ可愛かったりして」
「そうなのかなぁ」
名無しさんは中等部から氷帝に来た子で、一年生のときはクラスも別だったし共通の友達もいないから、私もどんな子なのかよく知らなかった。
見た目のイメージで、なんとなくおとなしいのかなと思うくらい。
本当に、どんな子なんだろう。
……性格悪かったらいいな。
……………………………。
…はぁ、私ってなんでこうなんだろう。
本当、嫌になる。
根暗で陰気臭くてネガティブで…。
そのうえ見た目も悪いし、頭も悪いし、友達も少ないし、男子とまともにしゃべったのだって、いつが最後だったっけ。
日吉くんと少しでも接点がほしくて思いきって入部した女子テニス部でも、頑張ってもレギュラーの人達には手も足も出なくて補欠にすらなれない。
だからもう、朝練も自主練もやめてしまった。
恋愛だってそう。
髪型とかメイクとか服装とか、それで可愛くなれるのは元がそれなりにいい子だけ。
私みたいな元が悪い子は、どんなに頑張ったってせいぜい少しマシになる程度。
結局、駄目な人間がいくら頑張ったって、意味ないんだよね。
頑張って報われるのは、元々才能がある人達だけ。
努力が報われて幸せになる人達を、努力しても報われなかった側にいて見せつけられるのは、精神を拷問されてるようなもの。
それならいっそ、努力をやめてしまったほうがいい。
報われなかったむなしさからは逃れられるから。
だけど、こんな何もかもが駄目な私にもたったひとつだけ、誇れるものがある。
それは、好きになった相手が日吉くんだっていうこと。
男を見る目だけはあるなって、自分でも思う。
唯一の自慢すら他力本願なのが情けなくはあるけど…。
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