新しい日常編
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「ねぇ、名無しさん。
今日のお昼、宍戸さんと日吉と一緒に食べない?」
『うん、いいよ』
「よかった。
じゃあ、ちょっと日吉に言ってくるね」
『えっ、今から?』
「うん。宍戸さんとは朝練のとき話してたんだけど、日吉にはまだ話してないから」
『そうなんだ…』
一時間目の授業が終わった、休み時間。
『あ、ちょっと待って』
席を立とうとした鳳くんに声をかけると、鳳くんは不思議そうに私を見つめた。
「?」
『えっと…、それ私が行ってきてもいい?』
ーーーーーーー
……と、いうわけで。
日吉くんのクラスのそばまでやって来ました。
…他のクラスに行くのって、なんで緊張するんだろう。
自意識過剰だって分かってるけど、みんなにチラチラ見られてるような気がして落ち着かない。
今回は日吉くんに会いにきたわけだから、余計にそう思っちゃうんだろうけど…。
…でも、どうしても来たかった。
だって、合宿で日吉くんと友達になれたときからこうしたいって思っていたから。
普通の友達みたいに、日吉くんのところに遊びに行きたいって。
だからいい機会だと思って、鳳くんに代わりに行くって言ったんだ。
そ、そうだよ。
友達なんだから。
べ、べつに、緊張なんてする必要ないよね。
普通に、自然に、何気なく、“日吉くん”って、言えばいいんだよね…?
そう自分に言い聞かせつつ、日吉くんのクラスの入り口に近づいて、そっと中をのぞき込む。
…あ!日吉くんだ!
すぐにその姿を見つけることができた。
…でも、こんなときにかぎって、日吉くんは廊下から一番遠いところにいた。
しかも男子たち数人と一緒に。
ど、どうしよう。
こんな状況で声かけちゃったら、めちゃくちゃ目立っちゃうよ。
さすがにそれは無理…。
勇気出して来たけど、今回は諦めてまた次の機会に……。
「あれ?名無しさん」
ギクッ!
「どうしたの?うちのクラスに何か用?」
密かに回れ右をしようとした瞬間、それより早く話しかけられてしまった。
私を見てにこっとほほえむその女の子に、つられて笑みを返す。
その子は一年生のときに同じクラスだったけどあまり話をしたことは無い子で、ここに来た理由が理由なだけに、どんなふうに反応するべきか少し迷ってしまった。
何でもないって言ってこのまま帰るべきか、それとも本当のことを話して日吉くんと会うべきか…。
でもせっかく声をかけてくれたんだし…、これも何かのお告げかも…。
ドキドキと騒ぎだす胸元を抑えながら、私はおそるおそる口を開いた。
『え、えっと…その…。
ひ、日吉くんに用があって…』
「えっ…!!?日吉くん!?」
めちゃくちゃビックリされてる……!
冷や汗が背中をつたうのを感じつつも、なんとかうなずく。
「わ、分かった。呼んでくるね」
『あ、ありがとう…』
…やっぱり、ビックリするような珍しいことなんだ。
宍戸先輩ほどじゃないけど、日吉くんも女子と一緒にいるところはほとんど見かけないもんね…。
いやいや、それとも私があんまり日吉くんと仲良くなりそうもないタイプだから?
でもとにかく今のところは騒ぎになったりもしてないし、このまま何事もなく日吉くんに会って話ができるといいな。
緊張しながら、呼びにいってくれた子の様子を見守る。
その子は何やら楽しげに話している男子たちのそばに歩いていくと、日吉くんに話しかけた。
すると日吉くんがこっちを向いて、目が合った。
と、同時にそこにいた他の男子たちも一斉に振り向く。
…えっ!!?
な、何!?
「おいおい、日吉。どういうことだよ?」
「おまっ、ついに彼女つくったのか!」
「つーかあれ、名無しじゃん。お前って地味なのが好みだったのな」
「まぁ、真面目な日吉とはお似合いなんじゃね?」
「欲がねぇなー。俺がお前ならもっと上狙うぜ」
……最後、ものすごく失礼なことを言われたような…。
ま、まぁ確かに私は地味で何も取り柄はないですけど!
分かってますけど!
注目を集めてしまった恥ずかしさを感じつつ、少しムッとしながらその場にたたずんでいると、日吉くんの声が聞こえてきた。
「うるさい奴らだな。
あいつは彼女なんかじゃない。余計な勘繰りはするな」
その声と表情は少し苛立っているようで、やっぱり来たのはまずかったのかもしれないと、なんだか不安になる。
日吉くんはチラリとこっちを見やると、私がいるところまでスタスタと歩いてきた。
日吉くんのクラスの入り口でこんなふうに顔を合わせるなんて初めてだし、なんだか不思議な感じ。
少し緊張するけど、でも…やっぱり嬉しいな。
本当に友達になったんだなって気がする。
「名無し、何か用か」
『あ、うん。えっと…』
「…ちょっと待て」
『え?』
そわそわしながら用件を言おうとした私の言葉をさえぎると、日吉くんは周りを気にするように視線を巡らせた。
『日吉くん?どうしたの?』
「…………」
その視線を私へと戻すと、無言のまま私の手首の辺りをつかんだ。
『えっ』
「あっち行くぞ」
そのまま私の手を引いて、歩きだす。
途端に、黄色い悲鳴が混じったざわめきが背後からわき上がった。
『な、なに?ど、どうしたの?』
「あいつらがうるさいから離れる」
『あいつらって…』
さっきの男子たちの様子が頭に思い浮かぶ。
あぁ、そっか。
またからかわれちゃうもんね。
嫌だよね、そりゃ…。
でもなんだか余計にからかわれそうなことをしてしまってるような…。
日吉くんって、自分がモテてるっていう自覚、ないのかな。
戸惑いつつもなんだか申し訳ない気持ちになって、私はおとなしく日吉くんに着いていったのだった。
しばらく歩いてひと気のない廊下の先に着くと、日吉くんは手を離して立ち止まった。
「で、用ってなんだよ」
私を見つつ、普段どおりの声色で尋ねる。
迷惑かけちゃったなと思いながらも、それに答えた。
『あ、今日のお昼ごはん鳳くんと宍戸先輩と四人で食べないかなって』
「あぁ、昼の話か。分かった、行く」
『うん…』
なんか…たったこれだけのことで随分大げさなことになっちゃったな。
日吉くんもきっとそう思ってるだろうな。
すぐにその場でサラッと伝えるか、鳳くんに行ってもらえばよかった。
私が行ったせいでクラスのみんなに変な誤解されてたし…。
考えれば考えるほど申し訳ない気持ちが膨らんで、それとは逆に日吉くんのクラスに行く前の少しワクワクしていた気持ちはしぼんでいった。
『あの…日吉くん』
「?」
『ごめんね。なんか…迷惑かけちゃって』
「…は?」
『私とのこと勘違いされたりして…。ここまで来ないといけなくなったりとかして…』
「はぁ…。
お前、何言い出すんだよ。誰が迷惑だなんて言ったんだ」
『だ、だって…。教室で男子たちにいろいろ言われたとき、ちょっと怒ってるみたいだったし…』
「あれは…」
日吉くんは私から視線をそらすと、少しぶっきらぼうに言った。
「お前のこと何も知らないくせに、あいつらが調子に乗っていいかげんなことばかり言うからだ」
『えっ…、それで…なの?』
「あぁ。
それに…忘れたのかよ、合宿のときの話」
『え?』
「あのとき二人でこういうこと話しただろ。
お前が俺のところに来るのは迷惑なんかじゃないって、俺は答えたはずだぜ」
ハッとして、日吉くんを見つめる。
日吉くんも、覚えてくれてたんだ…。
「…覚えてるか?」
『う、うん』
「だったらもう、迷惑かけたとか考えるな。俺は…迷惑だなんて全く思ってない」
『ありがとう…』
「また、来いよ。俺もお前のところに行く」
『…うん、また行くね。日吉くんも、いつでも来てね』
「あぁ」
よかった…、嬉しい。
日吉くんの気持ちを知って安心すると同時に、なんだか照れくさくなる。
こんなふうに改めて確認しあうっていうのも、気恥ずかしい。
じわじわと頬が熱くなっていく。
すると、突然日吉くんにまた手首をつかまれてしまった。
かと思うとすぐ近くの空き教室に連れていかれて、何かを聞く暇もなく、そのまま壁際に押し付けられる。
『わっ…』
驚いて日吉くんを見上げると、なぜか困ったような顔で私を見つめていた。
『日吉くん…?』
「…顔」
『え?』
「そんな顔で俺と二人でいるところを誰かに見られたら、今度こそ確実に誤解されるぜ」
『そんな顔って……、あ!』
そうだ、今わたし、顔真っ赤だ…!
『ご、ごめん!』
慌てて顔を手でパタパタとあおぐ。
そうだ、ただでさえ疑われてたのに真っ赤な顔なんかしてたら確信に変わってしまう。
そっか、私を壁際に連れてきたのは廊下から見えないようにするため…。
しばらくあおいでいると、ようやく気持ちも落ち着いて熱もひいてきた。
…ふぅ、よかった。
『日吉くん、ありがとう。もう大丈夫』
「…そうみたいだな」
『もう、私ってこういうときすぐ赤くなっちゃうんだよね。嫌だなぁ』
「べつに、悪いことじゃないだろ」
『そうかもしれないけど…』
「そういうところも含めてお前だろ。俺はお前のそういうところ、嫌いじゃない」
『あ、ありがとう…』
近い距離で真っ直ぐに見つめられて、照れくささからまた熱が集まり出す。
「…おい、これくらいでいちいち赤くなるなよ。何も言えないだろ」
『だ、だって…日吉くんがそういうこと言うから』
「そういうことって何だよ」
『だから、嬉しくなるようなこと言うから…恥ずかしくなっちゃったの』
「嬉しくなるようなこと?…今そんなこと言ったか?」
『い、言ったよ?
嫌いじゃないとか、そういうところも含めて私だとか…』
うっ…。
改めて言葉にすると、ますます恥ずかしくなっちゃうよ。
何言ってるんだろう、私。
ますます赤くなった頬を日吉くんに見られたくなくて、うつむく。
休み時間の喧騒から少し離れたこの教室に二人きりだという状況を思い出して、今さらのように胸が騒ぎ始めた。
「そんなことくらいで嬉しくなるのかよ」
『そんなこと、じゃないよ。
気にしてることをそんなふうに言ってもらえたら、すごく嬉しいよ』
「…そうか」
『う、うん』
「だったら…」
言いながら日吉くんが一歩、私との距離をさらに縮める。
私は反射的にうつ向いていた顔をあげて、日吉くんを見た。
その瞬間、鼓動がドクンと大きく鳴った。
日吉くんの目が、表情が、すごく真剣だったから。
「だったら、もっと…」
ーーキーンコーンカーンコーン………
!!!
響き渡るチャイムの音に、ハッとする。
まるでそれまで呼吸するのを忘れていたみたいに、息が苦しい。
「…時間だな。戻るぞ」
その言葉にただうなずいて、私は日吉くんと一緒に教室へと歩きだした。
さっきまでのことが嘘だったみたいに、廊下は普段どおりに賑やかで…。
だけどまだかすかに胸に残る苦しさが、間違いなく事実だったんだと主張していた。
『あっ、そうだ。日吉くん』
なんだかまだふわふわした気持ちだけど、これからの為にもこれだけは今のうちにちゃんと言っておかないと。
「何だよ」
『あのね、私とのことを何か言われたら、面倒かもしれないけどこれからもハッキリ否定しておいたほうがいいよ。
そういうのって、あいまいにすると簡単に噂になっちゃうから』
すぐに了解の返事が返ってくると思って言ったことだった。
だけど、日吉くんはなぜか何も答えない。
それを不思議に思ってとなりを歩く日吉くんの横顔を見ていると、ポツリとつぶやくような言葉が聞こえてきた。
「…俺と噂になるのがそんなに嫌なのか」
『え…』
全く予想もしていなかった問いに、言葉につまってしまう。
『そ、そんなこと…ない、けど…。
だ、だって、日吉くんのほうこそ嫌でしょ?私と…噂になるなんて』
「………………」
何も言わず、ただ前を向いて歩き続ける日吉くん。
な、なんで何も言ってくれないの?
なんでそんなに…寂しそうな顔するの?
なんで私…、こんなにドキドキしてるの……?
日吉くんの反応が気になってしまってジッと見ていると、こっちを向いた日吉くんとふいに視線が重なった。
「俺は…」
日吉くんはさっきと同じ真剣な顔つきで何かを言いかけて、だけどきゅっと唇を引き結んだ。
そして次の瞬間、表情をふっと緩ませた。
「…そうだな。誰がお前なんかと」
…あ。
いつもの日吉くんだ…。
『…あ、ひどい!
お前なんかって言わないでよ』
否定するようなことを言われたのに、どうしてだろう。
私はホッとしていた。
「あぁ、うるさい、うるさい。
ほら、急げよ。お前に付き合って遅刻なんてごめんだからな」
『そんなの、私だってごめんだもん』
いつもみたいに言い合いながら、廊下を早足で歩く。
…今、何を言いかけたのかな。
さっき、あの教室で…チャイムが鳴らなかったら、何を言うつもりだったんだろう。
そんな疑問と私に向けられた日吉くんの真剣な眼差しがふと浮かんできて、慌ててそれらを心の奥に押し込んだ。
そうしないと、なんだか胸がザワザワして…。
日吉くんの顔をまともに見られなくなってしまいそうだったから。
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