新しい日常編
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*黒羽side
キーンコーンカーンコーン……
待ちに待ったチャイムが鳴る。
ようやく昼休みだ。
「ふわぁ……」
きのうは名無しやみんなと夜遅くまでメッセージのやりとりをしていたから、完全に寝不足だ。
楽しかったが、さすがに眠い。
「あー、ねみー…」
ダルさにまかせて机に突っ伏すと、頭上から涼しげな声が降ってきた。
「バネ、眠そうだね」
顔だけ傾けて見上げると、そこには思った通り、亮がいた。
「お前はやけにスッキリした顔してるのな」
「クスクス…。まぁね」
亮だって寝不足は同じはずなのに、なぜかそれを感じさせない。
…まぁ、こいつはいつもこんな感じであっけらかんとしてる奴だが。
「いいもの見せてあげる。
眠気なんて、一発で吹っ飛ぶよ」
「いいもの?なんだよ、一体」
「まず、これ見て」
身体を起こして、亮が指し示す端末を見る。
そこに映し出されていたのは、海の写真だった。
……?
海なんて、なんで今さら…?
「海…だよな」
「そう。今朝の海の写真だよ」
「今朝?!
お前、今日も海に行ったのか?!」
「そうだよ」
「はー…、よく起きられたな」
この海は、夜が明けて間もない海だ。
その短い間にしか、この空の色は見ることが出来ない。
だが、なんだってわざわざ…?
「いつもは写真なんか撮ってなかったよな」
「うん。今日は海を見せてあげたい相手がいたからね」
「見せてあげたい相手?誰だよ」
「名無しさん」
……………………。
「はぁ?名無し?」
家族思いの亮のことだから、てっきり離れて暮らしてるじーちゃんとかばーちゃんとか言うとばっかり思っていた俺は、声が裏返ってしまった。
そんな俺を、亮はクスクス笑いながら見ていた。
「実はね、合宿のときに……」
亮から事の経緯を聞く。
まぁ納得できるものではある。亮はなんだかんだ言って優しい奴だからな。
だが、それにしたって…。
「それでね、いいものっていうのは、この写真に対して名無しさんから送られてきた写真なんだ。
えーっとね…」
亮が端末を操作する。
そしてなぜか、笑いを深めつつ俺へと画面を向けた。
「はい、これ」
そこにあったのは、食いかけの…朝メシか?
並んだおかずの内容からすると朝メシっぽいし。
よく見ると、米粒や野菜の小さな欠片がテーブルの上に落ちている。
かなり慌てて食ったらしい。
「…なんだこりゃ」
「クスクス…。まぁそう言うよね」
「こ、これが名無しが送ってきた写真なのか?」
「うん、そうだよ」
「っ、ははははは!!」
俺はたまらず笑いだしてしまった。
亮が送ったあのめちゃくちゃ綺麗な海の写真への返事が、この写真って……!
この…。
こ、この……。
く、食いかけの…朝メシ………。
急いで食った…あちこちこぼれた…食いかけの…朝…メシ……。
あー、だ、だめだ…。
腹が、いてぇ…。
「クスクス…。
眠気、吹っ飛んだ?」
「あ、あぁ…そりゃもうキレイサッパリ」
「でしょ?
俺この写真を部屋に飾ろうと思ってるんだよね。本当に最高だよ、あの子」
「…寝坊したんだろうな、名無しのやつ」
「だろうね」
「お前からの写真に感動して、自分も何か朝っぽい写真を送りたいと思って、急ぎながら必死に考えた結果がこれなんだろうな」
「クスクス…。だろうね」
「今ごろ困ってるんじゃねぇか?恥ずかしい写真送っちまったって」
「あの子は自分じゃ気がつかなかっただろうけど、鳳か日吉あたりに指摘されてようやく気づいたって感じだと思うよ」
「いや、言われなくても冷静になったら気づくだろ、さすがに」
「気づかないよ。
名無しさんってそういうところ抜けてるから。たぶん結構いい写真が撮れたって自分では思ってたと思う」
「マジか」
名無しはしっかりしていそうに見えて、確かに少しズレているというか、そういうところもある奴だから、あり得るかもしれない。
だがそれをさも当たり前のことのように言ってのけた亮に少し驚いた。
よく分かってるんだなぁ、と。
「あ」
亮が小さな声をあげた。
「なんだ?どうした?」
「クスクス…。
名無しさんからメッセージが来たよ。あっちも昼休みみたいだね」
「お!なんだって?」
「“朝送った写真、誰かに見せましたか”だって」
「はは、お前が言ったとおりだったみてぇだな」
「だね。
まだバネにしか見せてないけど、もうみんなに見せちゃったって言っちゃえ」
「うわ、ヒドイ男だな」
「クスクス…。
このほうが面白くなるからね」
心底楽しそうに名無しへとメッセージを送る亮。
その表情は心なしか普段より幼いように見える。
「“えっ、そうなんですか!?みんなどんな反応してましたか…?”だって」
「やっぱ気にしてるんだな。可哀想だし、本当のことを教えてやればいいんじゃねぇか」
「まだダメだよ。それじゃつまらないでしょ。
えーっと、みんな大笑いしてたってことにしておこう。それからこの写真を拡大して俺の部屋に飾ることにしたよ、…と」
「……大丈夫か、名無しは……」
「これくらい大丈夫でしょ。
たぶんそばに鳳と…日吉か宍戸あたりがいるはずだし、適当にフォローするよ」
亮は基本的にいつも冷静で、大きく表情を変えることは少ない。
それはガキの頃からずっと一緒にいる俺たちの前でも同じ。
だから、いつもの含んだような笑い方じゃなく、こんなふうに屈託無く笑う亮は俺からしても珍しい。
「…なぁ、亮」
「なに?」
「きのう言ってたこと、あれ冗談じゃなくてやっぱ本気だったんだろ」
合宿から帰るとき、亮が名無しに言っていたことを思い出す。
「もしかして、名無しさんを千葉に連れていく、みたいなやつ?」
「ああ、それそれ」
亮はあのとき冗談めかして言ってはいたが、こいつは時々突拍子もないことを平気な顔して言うから油断できない。
「本気だよ、もちろん」
ほらな。
顔色ひとつ変えない。
つーか、やっぱそうだったのか。
「今だってもしあの子がこの校舎にいたら、どんな顔してるかすぐに見に行きたいしね。
でも現実的に考えたら100%無い話でしょ。うちの学校は普通の公立で、ルドルフみたいな寮もないし、何か特別待遇があるわけでもないし、わざわざ県をまたいでまで転校してくるメリットは名無しさんには何も無いから」
「ま、確かにな」
「それが分かってたから、あのとき冗談だって言ったんだ。
俺の気持ちとしては本気だったけど」
顔を見たいとか本気だとか、こいつは良くも悪くもハッキリ言う奴だなと、今更ながらに思う。
…………………。
…合宿中から薄々感じてはいたが、これはもしかするともしかするのか?
剣太郎がもし名無しに対して本気だったなら複雑だが、今のところはどちらかというと恋愛感情っていうよりは憧れに近いようだし…何の問題もない。
それに正直、結構お似合いだよな。
名無しの前だと亮は今みたいに素の亮でいられるみたいだし、名無しのほうだってそういう亮を受け入れてくれて、少なからず好感を持ってくれてるようだったしな。
…………………。
いけるかもしれねぇ。
ガキの頃からモテるわりにそういうことに冷めてるこいつに、素をさらけ出せる大事な奴ができたらいいなとずっと思ってたんだ。
名無しならきっと……。
だが……。
物理的な距離が痛いな…。
こういうのは毎日顔を合わせる奴が絶対的に有利ってもんだぜ。
さっき亮も言ってたが、名無しのそばにはいつも鳳や日吉や他の奴らがいるわけで…。
特に日吉はなぁ…あいつは絶対名無しのこと好きだろ。
強敵だぜ…。
やっぱどう考えても千葉にいるっつーのは不利だ。
関東大会まで直接会えねーとかキツすぎる。
「ああ、なんでここは千葉なんだ…」
「突然何言いだすの?バネ」
「あ、いや…。
き、気にすんな、あははは…」
「クスクス…。変なバネ」
よ、よーし。
ここは俺が一肌脱がねぇとな。
グダグダ言ってるひまに、なんか策を考えるぜ!
亮と名無しの距離をグググッと縮める良策を!
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