氷帝での出会い編
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生徒会の一員になることが決まったあの日。
放課後に生徒会室へと行った私は、他の役員の人達に挨拶をした。
私と樺地くん以外はみんな3年生だから、さすがに緊張した。
でも、みんな優しくて親切な人ばかりで、私にいろいろ気をつかってくれた。
しかも、たったひとつしか学年が違わないとは思えない程しっかりしてて、大人っぽかった。
私もがんばろう。
樺地くんも先輩達に混じってがんばってるんだし。
…って、樺地くんと比べちゃだめだった。
樺地くんはすごく優秀だもんね。
いきなり先輩たちや樺地くんみたいにはとても出来ないけど、一つ一つ頑張ってやってみよう。
そう気持ちを新たにして、私は今日も放課後の生徒会室で跡部先輩の仕事の手伝いをしている。
あの日先輩が言っていたように、主に跡部先輩の補佐が私のやるべき事みたいだ。
生徒会にもう一人加えることにしたのは、樺地くんの肩にかかる負担を減らす為だと跡部先輩から聞いた。
これから運動部は忙しくなるもんね。
樺地くんはテニス部でも大事な存在みたいだし。
だから私は今まで樺地くんがやっていた仕事の一部を代わりにすることになった。
一部とはいえ樺地くんの代わりだなんて私にはすごくプレッシャーで、最初は意気込みが空回りしてたけど、何日かたって、ようやく全体の流れがつかめてきた。
今日も生徒会室には跡部先輩と私の二人だけだ。
他の先輩達や樺地くんは最近あまりこの部屋にいない。
副会長を中心として、何か他の仕事を任せているらしい。
跡部先輩がいろんな意味ですごすぎて目立たないけど、副会長も頭が良くて人望もあって有名な人だもんね。
跡部先輩もすごく信頼してるみたいだし。
頼まれたパソコンへのデータ入力を黙々と続けていると、跡部先輩がテニス部に行ってくると言って出ていった。
先輩はこんなふうに部活と生徒会を行ったり来たりする日がある。
すごいなぁ、と思う。
テニス部の部長と生徒会長っていう役割を、どっちも完璧に果たしているんだから。
どっちかひとつだって大変なはずなのに…。
――――――コンコン
『はい?』
ふいに扉がノックされた。
誰だろう?
一瞬跡部先輩かと思ったけど、早すぎるし、そもそもノックしないし。
「…失礼します」
ゆっくりとドアが開いていく。
なんか今、イントネーションが微妙に変だったような?
そんなことを考えつつ、入ってくる人を確認しようと見ていると…。
「あれ、跡部おらへんやん」
おおお、忍足先輩?!
思いがけない人の登場に、心臓がバクバクする。
部屋の中をぐるっと見渡して跡部先輩の姿を探していたらしい忍足先輩は、いないと分かると私に目をとめた。
「跡部どこ行ったか知らへん?」
『あ、えっと…』
わー、変な汗出てきた。
『…少し前にテニス部を見に行くって言って出ていきました』
「そうなん?
あかん、入れ違いになってしもたみたいやな」
忍足先輩は顎の辺りに手をあてて、何か考え事をしている。
「下手に動いたらまた入れ違いになるかもしれへんな…。
…悪いんやけど、ここでしばらく待たせてもろてもええやろか」
『はい、私は構いません』
「おおきに」
うわー、生・おおきに!
生まれて初めて聞いたよ、感動ー!
なんかいい!おおきに!おおきに!
「ちょっとええ?」
『は、はいっ』
はー、びっくりした。
関西弁に感動してる場合じゃなかった。
「自分、もしかしたら新しく生徒会に入った子?」
『はい、そうです。
2年の名無しななしです』
「やっぱりそうか。
俺は3年の忍足侑士や。
跡部と同じテニス部やねん。よろしゅう」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
生徒会室に今度は忍足先輩とふたりきり。
お、落ち着かない…。
どうしてこう、できるだけ知り合いたくないと思ってる人とばかり会ってしまうんだろう。
人見知りはあまりしないほうだとは思うけど、それでも初対面の人と会うときはそれなりに緊張するわけで…。
それが、上級生・こっちはもうとっくに知ってる・一緒にいると注目浴びる、の三拍子そろったらなおさらのこと。
まぁ、ここで会っていても誰にも見られてないから、注目集めないぶんだけまだマシだけど。
鳳くん達と一緒にいることが増えてきてから随分慣れてはきたけど、根っからの地味な性分はそう簡単には変わらない。
べつに変えたいとも思わないからいいんだけど…。
何かしらの縁があってせっかく出会えたんだし、いろんな人と接することは私にとってきっと良いことだって頭では分かってる。
だからその為には、このソワソワ感に慣れないと。
…でもやっぱりテニス部の人達はハードル高くて、できるだけ関わりたくないって思っちゃうんだよね…。
……。
まぁ、なんでも慣れだよね。
現に、鳳くんや宍戸先輩とは一緒にいて楽しいって思ってるんだから。
「自分も大変やなぁ」
少し離れたところに腰をかけた忍足先輩が声をかけてきた。
「跡部から聞いとったんや、自分のこと」
…私のこと?
跡部先輩、何を話したんだろう…。
間違えてここに来ることになった事かな。
それとも…あんなミスやこんなミスの事かな…。
最初はいろいろ変なことしでかしたからなぁ。
使えないやつだとかなんとか言われてたら…。
……ちょっと悲しい。
そんな考えを巡らせていると、ふふっと忍足先輩が小さく笑う声がした。
「心配せんでもええ。大丈夫や。
跡部からは自分に対する悪い言葉はひとつも聞いてへん。
せやから安心しい」
ほっ…。
よ、よかった……けど。
なんでそういうこと考えてるって分かったんだろう。
…また顔に出てたのかな?
跡部先輩にもそう言われたもんね…。
………気をつけよう。
「ただその新しく入れた子を跡部が自分のそばにおく言うから、その子大変やろな思たんや。
跡部は手加減せえへんし」
『は、はい…そうですね。
でも…跡部先輩と一緒にいると、私もがんばろうって思います。
跡部先輩は厳しいですけど、自分に一番厳しい人だし…。
それにあんなに忙しいのに、私のこともちゃんと見てくれてますから』
そう。
まだそばで過ごした時間は短いけど、それでも分かる。
跡部先輩はすごく厳しいけど、誰よりも自分に厳しい。
私のこともいつも気にかけてくれている。
もちろん、私のことだけじゃない。
他の生徒会の先輩達のことや、テニス部の人達のこと。
そしてもっとたくさんのこと。
『だから私、跡部先輩のこと本当にすごいなって思ってて…。
一緒に仕事するのも、大変ですけどなんか楽しいんです』
私の話を黙って聞いていた先輩が静かに口を開いた。
「…おおきに。俺もなんや、嬉しいわ」
『え?』
思いがけずお礼を言われて、戸惑う。
「跡部のこと慕ってくれとるんやな」
言いながら、忍足先輩は優しく微笑んだ。
「あいつ、ああいう性格やろ?ひとつ間違えたらすぐ人に誤解されてまうんや。
まあ、本人はそないなこと全然気にしてへんけど」
先輩のささやくように話す声が、生徒会室に広がっていく。
「せやけど、あんなたくさんの人間に囲まれとって、そのうち一体どれだけの人があいつのことちゃんと分かってくれとるんやろ思ったらな…。
ときどき悲しいような気になってしもて」
忍足先輩…。
そんなこと考えてたんだ。
「まあ、余計な世話やて言われてまうんやろうけど、一応仲間やからな」
忍足先輩はふぅ、とひとつ息をついた。
「せやから、名無しさんが跡部のことちゃんと分かってくれとる子で嬉しいんや。
これからも跡部のこと助けたってな」
『…はい。
あの…、少しでも力になれるようにがんばります』
そう言った私に忍足先輩が向けてくれた笑顔は、すごく暖かくて…。
…忍足先輩ってこんな顔するんだ。
私が見かけたときには、いつももっとクールな感じの顔してたから…なんだか意外。
やっぱり直接会って話してみないと分からないことって、たくさんあるんだなぁ…。
そのとき突然部屋の扉が開いて、跡部先輩が入ってきた。
「なんだ忍足、いないと思ったらこんなところにいたのか」
う…。
な、なんか恥ずかしい。
今の今まで跡部先輩のこと話してたから…。
「ああ、そのうち戻ってくるやろう思ってな、待たせてもろてたんや。
戻ってくるんが遅いから、随分名無しさんの邪魔してしもたわ」
忍足先輩、すごい…。
ついさっきまであんな話してたのが嘘みたいに、ケロッとしてる。
私と違って顔に出ないタイプ…っていうより、出さないタイプ、かな。
確かクセ者って呼ばれてるらしいけど、その理由がちょっと分かったような…。
あ…跡部先輩、眉間にシワがよってる。
思いっきり不機嫌そう…。
「せやけどほんま、有意義な時間やったわ。
なあ、名無しさん」
うわっ。
忍足先輩、すっごいニコニコしてる。
「…忍足。
お前、こいつに余計なこと吹き込んでねぇだろうな」
「さあ?どうやろな。
何話しとったかは名無しさんと俺の二人だけの秘密や。
なー、名無しさん」
『は、はい…』
…そんな楽しそうに小首かしげないでください…。
いやまぁ確かに、さっき話してたことは跡部先輩には話せないけどさ…なんか恥ずかしいし。
でも跡部先輩、めちゃくちゃいぶかしげな顔してるよ。
こ、怖い…。
「チッ、しょうがねぇな」
全然しょうがないと思ってなさそうな顔で舌打ちした跡部先輩は、忍足先輩と部活の話をし始めた。
二人は窓際に寄りかかって話をしてる。
うーん…。
…二人とも大人っぽくて、なんだか絵になる光景だなぁ。
こんな先輩が同じ学校にいてくれてると思うと、なんだか心強く感じる。
跡部先輩とも忍足先輩とも、初めて会ったときはすごく緊張してたけど、今はほんの少し…安心する。
不思議……。
…さ、そんなことよりやることやらなきゃ。
二人の先輩の話し声が響く部屋の中、私は不思議な感覚を覚えながら仕事を再開した。
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