合同合宿編
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最後に迎えのバスが来たのは、山吹だった。
山吹と氷帝の全員で玄関前に集まる。
南さんと東方さんが挨拶に来てくれて少し雑談したあと、今度は室町くんが声をかけにきてくれた。
「名無しさん」
『あ、室町くん』
「都合のいい日が分かったら連絡するから、名無しさんもよろしく」
『うん、分かった』
ここに来るまでお互いの存在さえ知らなかった男の子とまた会う約束をしたんだと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。
「名無しさーん!」
そこに元気な声と一緒に壇くんが走ってきた。
「名無しさん、本当にいろいろとありがとうございました!
僕、名無しさんに親切にしてもらったこと、絶対に忘れないです!」
深く頭を下げる壇くん。
『だ、壇くん、大げさだよ。私何もしてないよ』
「いいえ!してもらったです!
名無しさんが優しく接してくれたおかげで元気が出たことが何回もあったです。楽しい思い出もたくさんできました。
名無しさん、僕…僕は……」
何かを言い淀んだあと、決意したように壇くんは私をしっかりと見つめた。
「…僕、諦めてないです!名無しさんとまた、一緒にこうして過ごしたいです。
だから、もし僕に出来ることがあったら何でも言ってください。僕、いつでも力になるです!」
拳をグッと握って語気を強める壇くん。
『ありがとう……』
壇くんは小柄で無邪気で可愛くて、私の中ではなんだか弟みたいな存在だった。
だけど思い返せばいつも周りを気遣っていたし、責任感も強くて、すごく頼もしい子だった。
今だって、一生懸命正面から私に気持ちをぶつけてくれている。
『壇くん、私、本当に嬉しい。そんなふうに言ってくれてありがとう。
何かあったら、本当に壇くんを頼ってもいいの?』
壇くんの大きな目が、キラキラ輝く。
「はいっ、いつでも頼ってください!待ってるです!」
『ふふ』
「えへへ…」
だけど照れくさそうにほほえむ壇くんはやっぱりすごく可愛くて、こんな弟がいたらいいのになと思ったのだった。
「壇、俺たちで荷物の最終確認しておこう」
「はい、そうですね!」
「じゃあ、名無しさん、また」
「失礼しますです!」
『うん』
室町くんが壇くんを連れて山吹の荷物をまとめてある所へと向かっていった。
「名無しさん」
!!
後ろから名前を呼ばれた。
それはこの合宿で会えた人たちの中で、一番印象深い人の声で…。
『千石さん』
少し緊張しながら振り返ってその名前を呼ぶと、千石さんはニコッと笑った。
「名無しさん。オレ、キミにまた会えて本当に嬉しかったよ。
今こうしてキミが目の前にいても、それでもまだ夢なんじゃないかと思っちゃうくらい。
でも、ここで一旦お別れだね」
『はい。私も、また千石さんに会えて本当によかったです。
でももうお別れなんて、やっぱり…あの……寂しい、です』
「うん、オレも…寂しいよ」
それまで笑顔でいてくれた千石さんの顔から笑みが消えて、真剣なものに変わる。
その表情になぜか胸が騒いで、私は思わず目を伏せた。
すると、千石さんは無言のままその場にかがんで……。
かと思うと、私の前に片ひざをついてひざまづいた。
えっ……。
突然のことに、声も出せずに息をのむ。
その場にいたみんなも千石さんの様子に気がついたのか、静まり返った。
みんなの注目を一身に集めながら、それを気にする様子も全くなく、千石さんは驚きに固まる私の左手をとった。
そして流れるような動作でそのままその手を引き寄せ、そこへ自分の顔を寄せてーー。
ーーーチュッ
……………!!!
い、今……今…………。
えっ、………………え!?
もう、今自分がどんな顔をしているのか、ドキドキしているのかいないのか、それすらも分からない。
ただ、低い姿勢のまま私を見上げて、まっすぐな視線を向けてくれている千石さんから目をそらすことができずにいた。
しばらくして周囲がざわめき始めて、ようやく私も我に返った。
今千石さんからされたことに、理解がやっと追いつく。
そして、追いついたと同時に…ものすごい恥ずかしさにおそわれて、一気に顔が熱くなる。
千石さんはそんな私を変わらず真剣な眼差しで見つめたあと、私の手をとったまま、ゆっくりと立ち上がった。
「連絡、するね」
いつもより静かな声色でささやくようにそう言うと、手にそっと力が込められる。
ドキドキしすぎて何も言えず何もできずガチガチになってしまっていると、千石さんはほんの少しだけ笑った。
そしてなぜか、芥川先輩に声をかけた。
「芥川くん」
「えっ、な、なに~?」
珍しく驚いているらしい芥川先輩の声が返ってくる。
「キミのおかげで、一番大切なことが分かったよ。ありがとう」
「A~?俺、千石に何かしたっけ~?」
「うん、してくれたよ」
「???」
それから千石さんは跡部先輩へと顔を向けると、何か目くばせした。
私には訳が分からなかったけど、跡部先輩にはその意味が伝わったらしい。
「…ハッ、らしくなったじゃねぇの。アーン?」
その言葉に、千石さんは笑顔で返した。
だけど私には、芥川先輩に言ったありがとうの意味も、跡部先輩とのやりとりの意味もやっぱり分からなかった。
ただ、ずっと握られたままの左手が恥ずかしくて、くすぐったくて…。
千石さんが何か話すたびに頭のすぐ上から声が聞こえて、笑うたびに息づかいまで伝わってきてしまう。
きっと私のこの動揺も羞恥も千石さんに全部伝わってしまっているんだと思うと、そしてこの状態をみんなに見られていると思うと、手を離してしまいたくてたまらなかったけど、強く握られているわけでもないのに、なぜかその手を離せなかった。
「…千石さん、もういいでしょう。
その手を離してもらえますか」
突然、その場の空気を一瞬で変えてしまうような鋭い声が響いた。
ハッとして声が聞こえたほうに顔を向けると、そこにいたのは日吉くんだった。
「あ、ゴメンゴメン!
離したくなくなっちゃって、つい」
千石さんはいつもの明るい調子で笑って、そっと私の手を離した。
だけど、“離したくなくて”というストレートな言葉は、私の鼓動をますます加速させるには充分で…。
さらに真っ赤になっているだろう顔をみんなに見られるのが恥ずかしくて、私はうつむいた。
ーーードサッ
「おわっ!
お、おい、宍戸!大丈夫か!?」
「と、遠くにオアシスが……見える……」
「し、宍戸さん!宍戸さーん!
戻ってきてください!カムバーック!」
「…あかん、心労が重なりすぎたんや。もう生命力はゼロやで」
「A~、なになに~、どうしたの~?」
「不憫……です………」
「これくらいで正気を失うとはな。
全く、情けねぇ奴だぜ」
「す、すまないな…、うちの部員が…」
「千石、お前がいちいち派手なことをするからだぞ!」
「す、すごいです!
今日はドキドキすることの連続です!勉強になるです!」
「いや、勉強していい題材かどうかは微妙だと思う…」
遠い目で何かをブツブツつぶやいている宍戸先輩の周りにみんなが集まって、あっという間に辺りが騒ぎに包まれる。
山吹のみんなとの別れは、こうして思いがけず、賑やか(?)なものになったのだった。
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