合同合宿編
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ついに最後のミーティングの時間になった。
全員がミーティングルームに集合する。
この合宿に来て一番最初にみんなで集まったのも、千石さんにまた会えたのも、この部屋だった。
本当にあっという間で、あれからいろいろあったな…。
そんなふうにしみじみ思いながら席に座ると、跡部先輩がみんなを見回した。
「よし、全員そろったな。
ではこれからミーティングを始める。まずは各校の部長からの報告だ」
それから跡部先輩、手塚さん、南さん、葵くんが順番にそれぞれの学校で話し合ったことや合宿を通しての成果などを報告。
次に個人で何か意見や質問がある人が挙手して発言。
私は特に何もないので、みんなの話をひたすらに聞いていた。
専門的な内容になると分からないことも多いけど、今回の合宿で今までよりテニスに興味を持ったし、室町くんからテニスを教えてもらえることにもなったわけだし、きっと聞いておいて損はないはず。
「跡部、ちょっといいかな」
「佐伯か。いいぜ」
前の人の話が終わったタイミングで、佐伯さんがスッと手をあげた。
次は佐伯さんか…。
一体どんなことを話すんだろう。
「実はみんなの意見を聞いてみたいことがあるんだ。
きのうの午後の話なんだけどーー」
佐伯さんは、フォーメーションがどうとか何かの効率がどうとか、私にはあまり分からない話をしていた。
だけど、私の両隣にいる鳳くんと日吉くんはちゃんと理解しているみたいで、普通の様子で話を聞いている。
チラリと二人の様子をうかがっていると、鳳くんがそれに気づいて私を見て小さく首をかしげた。
“どうしたの?”
そう言われた気がして、慌てて首を横にふる。
“ううん、なんでもないよ”
すると鳳くんは安心したようにほほえんだ。
これ以上邪魔しちゃいけないと思って、すぐに佐伯さんへと視線を戻す。
当たり前だけど、やっぱり私はみんなとは違うんだな、と感じる。
この話を理解できるみんなと、理解できない私の間に見えない線が引かれているように思えて、なんとなく寂しい。
「ーーそれと最後に、お手伝いに来てくれたみんなにお礼を言いたいんだ」
えっ。
一通り話し終えた佐伯さんが、そう言って順に視線を向ける。
それはどうやらお手伝いメンバーひとりひとりに向けられているみたいで、途中で私とも目があった。
「君たちのおかげでとてもいい合宿になったよ。
いろいろと大変だったと思うけど、頑張ってくれて本当にありがとう。
家に帰ったら、ゆっくり休んでね」
…………………。
なんてカッコイイんだろう…。
佐伯さんて、本当にすごいよね…。
見た目もカッコよくて、性格もカッコよくて、テニスもうまくて、人望もあって、勉強までできるらしいし…。
…なんだか、少女漫画から出てきた人みたい。
こんな人が現実にいるんだなぁ……。
佐伯さんの優しい言葉と爽やかな笑顔に思わずポーッとしていると、隣から日吉くんに肘で腕をつつかれた。
「何ニヤニヤしてるんだよ」
『し、してないよ』
日吉くんにつられて、小声で返す。
「してただろ。
言っておくけどな、佐伯さんはお前ら全員に言ったんだからな。お前だけに言ったわけじゃないぜ」
『分かってるよ、そんなこと!』
「どうだか。ニヤニヤ女」
『変な呼び方しないでよ!』
「…フン。ニヤニヤ女」
『!』
日吉くんのジャージをグイッと引っ張る。
「何するんだよ、暴力女」
『そっちこそ!イジワル男』
日吉くんと小声でそんな応酬をしていると、今度は芥川先輩がバッと勢いよく手をあげた。
「なんだ、ジロー。珍しいじゃねぇの」
「今の佐伯の話みたいに、直接テニスと関係なくてもいいんだよね~?」
「ああ、いいぜ。時間もまだあるからな。言ってみろ」
「ありがと~!
俺はね~、ななしちゃんに言いたいことがあります!」
えっ…!
わ、私……!?
芥川先輩から突然飛び出した自分の名前にびっくりして、小さく身体が跳ねた。
「何だと?名無しに?」
「うん!」
いつもよりさらに何割か増しでキラキラした笑顔を私に向ける芥川先輩。
そのパァァ…とした笑顔から察するに、悪い内容の話をしようとしているとは思えず、ひとまず胸を撫で下ろす。
かといって、全く想像はつかない。
さっきの佐伯さんみたいに、お手伝いメンバー全員に何か言うなら分かるけど、私だけって…。
しかも芥川先輩だし、私みたいな凡人の想像の斜め上をいくことを言うつもりかも…。
ハラハラドキドキしながら芥川先輩の話を待つ。
「お前、芥川さんに何したんだよ」
『し、知らないよ…!』
日吉くんの軽口にも普通に返す余裕がない。
話って、一体何だろう……。
「あのね、ななしちゃん!」
『は、はい』
「俺の、お嫁さんになって?」
『……………え』
…………………え?
…………………………………………え?
ミーティングルーム内が水をうったような静けさに包まれる。
『あ、あの…お嫁さんっていうのは一体……?』
「あれ、ななしちゃん、お嫁さんって知らない?
お嫁さんっていうのはね~、結婚して、ずっと一緒に暮らすってことだよ~」
『ずっと…一緒に?』
「うん!
俺、ななしちゃんとずーっとずーっと一緒にいたいんだ。
だから、大人になったら俺と結婚してください!」
結婚………ずっと一緒に暮らす……………。
芥川先輩と、結婚……………………。
ケッコン………?
頭の中をその言葉がぐるぐると渦巻く。
もちろん、説明されるまでもなく“結婚”という言葉もその意味も知っている。
いつか私も大人になったら、そういうことを現実的に考える日が来るのかな、なんてたまに考えたりもするし。
でも…。
こんなにも早くその言葉を聞くことになるなんて、夢にも思っていなかった。
しかも芥川先輩の口から…。
しかもみんなの前で…。
あぁぁ…、一体何がなんだか……。
想像の斜め上どころじゃなかった……。
呆然とする私の耳に、跡部先輩のあきれたような大きなため息が聞こえてきた。
それを皮切りに、ミーティングルーム内が一気にざわめきだす。
「キャー、キャー!!
桜乃、き、聞いた?聞いた!?プロポーズよ!?すごいわー!キャー!」
「う、うん。
なんだかドキドキしちゃうね…!」
「あいつ、やることが派手だな…」
「す、すごいです!
僕、プロポーズしてるところ、初めて生で見たです!」
「ほらな、岳人。せやから言うたやろ。
ジローみたいなタイプが一番危ないんやって」
「た、確かに…」
「ハハッ。芥川、度胸あるなぁ」
「サエ、のんきに感心してる場合じゃないのね。
名無しさんの顔色がおかしくなってるのね」
アハハ…。
これは一体どういう状況なんだろう…。
ハハ…、アハハハハハハハ…。
気が遠くなってぐらりと傾いた身体を、鳳くんが支えてくれる。
「あっ、名無しさん、名無しさん!気を強く持って!」
『鳳くん…。
これは夢?それとも幻……?はたまたここはあの世………?』
「この世だよ、そして現実だよ!
しっかり!明けない夜はないよ!」
『うん……、ありがとう……』
鳳くんに励まされて、私は何とか身体を起こす。
するとまた跡部先輩の大きな大きなため息が聞こえた。
「おい、ジロー。
なんでまた急にそんなことを言いやがったんだ、アーン?」
「A~、だって跡部が言ってもいいって」
「そうじゃねぇよ。
なんで名無しと結婚したいと思ったのかを聞いてるんだ」
「あ、それはね~、ななしちゃんに“いってらっしゃい”と“おかえりなさい”を毎日言ってほしいなって思ったからだC~」
え…。
「ここに来るときのバスの中で言ってくれてね、俺それがスッゲー嬉しかったんだ~。
なんかよく分からないけど、このへんがムズムズフワフワして」
先輩は自分の胸の辺りをさすりながら、ほほえんだ。
「だからもっと言ってほしくて、俺、どうすればいいか考えたんだよ。そしたらね、結婚して一緒に暮らせばいいんだ!って思いついたんだ~。
そうすれば毎日言ってもらえるし、甘い玉子焼きだって作ってもらえるC~」
「そういえば、来るときそんなことあったな」
「…そうでしたね」
分かりきっていたことだけど、芥川先輩は私のことを…す、好きとかじゃなくて、私に言ってほしいこと、してほしいことがあるということらしい。
つくづく、どうしてそんなに私に好意的に接してくれるのか謎だけど…。
『あの、芥川先輩。
先輩がそんなに望んでくれるなら、そ、その…結婚しなくても、学校でも機会があったら言います。玉子焼きもまた作ってきますから』
「ホント!?」
『はい』
私がうなずくと、芥川先輩はまるで欲しい物を買ってもらえた子どもみたいに目を輝かせた。
「ありがと~、ななしちゃん!
マジマジスッゲー嬉しい!ななしちゃんも、ななしちゃんが作った玉子焼きも、大好き!」
『は、はい…』
周りにたくさん人がいるのは芥川先輩だって分かっているはずなのに、先輩は何のためらいもなく自分の気持ちを言葉にして伝えてくれた。
恥ずかしいけど嬉しくて、心がふわふわと浮かんでいるような不思議な気持ちになる。
みんなの注目を集めてしまった緊張や戸惑いも、マイペースで楽しそうな先輩の様子を見ているうちにだんだん薄れていくみたいだった。
そして、芥川先輩のいつもまっすぐで明るいところが好きだなと、素直に思った。
「…さぁ、もういいだろう。座れ、ジロー」
「うんっ!」
ニッコニコの笑顔でストンと席に座る芥川先輩。
…ふふ、やっぱりこういうときの芥川先輩って可愛い。
「……ニヤニヤ女」
!!!
隣でボソッとつぶやかれた一言に、ビクッと肩が動く。
「…フン」
そっぽを向いた日吉くんに何か言いたかったけど、ニヤニヤしていたかもしれない自覚があるだけに、言い返せず…。
再開されたミーティングに、耳を傾けたのだった。
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