合同合宿編
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*跡部side
…ったく、何してやがるんだ、あいつらは。
騒がしさに様子を見に来てみれば、そこにいたのは名無したちだった。
それもその騒動の原因は、どうやら虫らしい。
ハァ、くだらねぇ。
ため息をついて、そのまま引き返すため踵をかえそうとした。
…が、その先に千石の姿が見えて、足を止める。
千石は名無したちから離れた場所に一人で立っていた。
角度からして、どうやら名無したちを見ているようだ。
俺は歩み寄って、声をかけた。
「ただ見てるだけでいいのか?」
ハッとしたように千石がこちらを向く。
「…跡部くん」
「ずいぶんらしくねぇことしてるじゃねぇの。アーン?」
「アハハ…。
嫌なところ見られちゃったなぁ」
千石は困ったように頭に手をやった。
「もう合宿は終わっちまうぜ?」
「うん…、そうなんだけどね」
言いながら、千石は名無しのほうへ目をやる。
名無しは俺たちがここにいることには全く気づいてないらしく、宍戸たちと何か話している。
ついさっきまでジロー以外は全員赤い顔をしてやがったが、それも少しずつ落ち着いてきたようだ。
「なかなかうまくいかないんだ。
話しかけようとしても誰かと一緒のことが多くて。彼女、人気者だね」
「物珍しいだけだろう」
「それだけじゃないよ。すごく魅力的だから」
「買いかぶりすぎだぞ」
「ハハッ。
イヤだな、跡部くんだって分かってるくせに。だからここに連れてきたんだよね?」
「…理由は説明したはずだ」
「うん、聞いたよ。
でも、あれは建前でしょ。キミはただ一緒に来てほしかっただけだよ。名無しさんにそばにいてほしいから」
そのあまりにストレートな言葉にあてられたように、心がほんのかすか、揺らいだ。
わずかな抗議の意志をこめて千石を見やると、千石も俺を見ていて…視線が交錯する。
そして、気がついた。
俺に向けられるその視線。
そこにあったのは、惑いや不安のような、普段のこいつからは感じられない類いのものだった。
千石の物言いから、挑発されているものとばかり受け取っていた俺は、虚をつかれて口をつぐんだ。
その沈黙を破ったのは、千石だった。
「あー…、ごめん、変なこと言ったりして」
自嘲気味に笑って、また頭に手をやる。
「今の、オレのことだよ。名無しさんにそばにいてほしいのは、オレ。
オレにはそれが叶わないのに、キミは叶えられるから羨ましくて。
本当にごめん。ただの八つ当たり」
八つ当たり…こいつが?
そんなこととは無縁のように思っていた千石から出た言葉に驚く。
「みなさん、何してるんですかー?
僕たちも混ぜてください!一緒に遊びましょう!」
『あ、葵くん!
うん、もちろんいいよー!』
突然騒々しさが増したかと思うと、名無したちのところに六角の奴らが加わっていた。
何やら全員でワイワイと盛り上がっている。
名無しはその輪の中で無邪気に笑っていた。
まさか自分が千石にこんなことを言わせているとは夢にも思ってねぇだろう。
「……まったく、どこがそんなにいいんだか」
ほとんどひとりごとのようにつぶやく。
すると、千石は名無しを見つめたまま、笑った。
俺と話しながらでも、少しでも名無しを見ていたいのかもしれない。
「またまた。オレに聞かなくても分かってるでしょ?跡部くんは」
「…さあな。あいつはガキだぞ」
「そういうところもカワイイよ」
「…お前といるときは猫かぶってるかもしれねぇが、ズケズケ物を言うぞ」
「そうなのかい?
いいなぁ、オレもズケズケ言われたいよ」
「……食い意地はってるぞ」
「そうなんだ?
じゃあ美味しいもの、たくさん一緒に食べにいきたいなぁ。
名無しさんが美味しそうに食べてるところって、カワイイよね~」
「………ハァ、もういい。
頭が痛くなってきやがった」
何を言ってもすぐさまいい方向に解釈する千石にあきれて、ため息が出る。
千石はそんな俺を見て笑っていたが…。
やはり、いつもの明朗快活な千石とはその笑顔すらもどこか違っていた。
いや、今まで俺に見せていたのがあくまでこいつの一面にすぎなかった、ということもあるかもしれねぇが。
「…ひとつ、忠告してやる」
「忠告?」
「あぁ。
名無しは、一人しかいないぜ」
「……………」
人間は誰しも、同じ奴は他にひとりとしていない。
だから、事が起こってからでは遅い。
これは千石も当然気づいているだろうが、名無しを気にしている男は他にもいる。
もしそいつらの誰かが動いたら、そして名無しがそいつに惹かれたら…。
そこで終わりなんだ。
それをよく肝に命じておかねぇと、いつか後悔することになっちまう。
そしていくら後悔しても、そのときにはもう後の祭りだ。
「そう、だね。
…うん、ありがとう、跡部くん。しっかり覚えておくよ」
それは俺に言っているというよりは、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
おそらく俺の知らない、何か名無しに関係することが、この合宿であったんだろう。
それが何かは分からねぇが、こいつを精神的にかなり大きく揺さぶる出来事だったには違いない。
それきり言葉を発することもなく、俺たちはしばらくの間そのままその場にたたずんでいた。
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