合同合宿編
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最後の練習も終わり、あとはミーティングを残すだけになった。
それまでの時間は少し長めの自由時間になったから、後片付けを終えた私は合宿所の敷地内を散歩することにした。
コートやいろいろな設備がある場所から離れて、自然が多いところへと出る。
天気も良くて、散歩するにはもってこいだ。
そのとき、視線の先に人影が見えた。
よく見るとそれは宍戸先輩で。
角度的に表情は分からないけど、一人でじっとたたずんでいて、何かを考えているみたいだった。
その深刻そうな様子に少し迷ったけど、私は声をかけてみることにした。
『宍戸先輩』
「!
お、おぅ。名無しか」
先輩の肩がビクッと動いたのを見て、慌てて謝る。
『す、すみません。急に声かけちゃって』
「あぁ、いや、気にするな。
ちょっと考え事してただけだ」
考え事…。
ついさっき見たばかりの宍戸先輩の様子を思い出す。
心配でその内容が気になったけど、私が来たことに戸惑っていたように思えて、追及はしないことにした。
「一人か?
みんなと一緒にいなくていいのか?」
『そうなんですけど、ここをちゃんと見ておきたくて。
もう来ることもないと思いますし…』
散歩をすることにしたのは、それが理由だった。
楽しい思い出がたくさんできたこの場所を、もう一度見て目に焼き付けておきたかった。
私はもうここに来るのは最後だろうから…。
分かっていたことなのに、自分で言っていて寂しくなってくる。
いつの間にかここは、私の中で離れがたい場所になっていた。
でももう、こんなふうにみんなとここで過ごす日は来ない。
知らず知らずうつ向いてしまっていたその視界の中に、スッと宍戸先輩の足元が入ってきた。
自分の今の状態に気づいた私は、ハッとして顔をあげた。
いけない、このままじゃ宍戸先輩に余計な気をつかわせてしまう。
すると、もう目の前にいた宍戸先輩の手がこちらにそっと伸ばされて、ほんの一瞬、私の頭を優しくなでていった。
「何言ってんだ。
お前はまたみんなとここに来るさ、必ず」
『宍戸先輩…』
「な?
だからそんな顔すんな」
『す、すみません』
「なんで謝るんだよ。
俺は嬉しいぜ?お前がそんなふうに寂しがってくれることが」
宍戸先輩は私を安心させるように笑った。
またみんなとここに来るーー。
宍戸先輩のその笑顔を見ているうちに、いつか本当にそんな日が来るような、不思議な気持ちが胸に広がっていった。
『先輩、ありがとうございます』
笑ってそう伝えると、宍戸先輩は何も言わずにまた私の頭を軽くなでてくれた。
少したどたどしいその手つきに、なんだか胸がくすぐったくなる。
見上げると、すぐそばにいる先輩が見守るような眼差しで私を見つめてくれていて。
そのまましばらくして不意に、いつの間にか宍戸先輩と至近距離で見つめ合っている状態になっていたことに気がついた。
『……!』
そのことを意識した途端、一気に顔に熱が集まる。
すると、そんな私の様子を見て宍戸先輩も今の状態に気づいたみたいで、慌てたように私から離れて、思いっきり目をそらした。
「わ、ワリィ、つい…!」
『い、いえ…!』
反射的に否定の言葉を返したけど、そこから話が繋がらない。
「…………………」
『…………………』
宍戸先輩もそれは同じみたいで、お互いに何も言えないまま時間が流れる。
ど、どうしよう…。
き、気まずい…。
私が赤くなったりしたから…先輩は何も気にしてないみたいだったのに…!
自分の自意識過剰さが恥ずかしくて宍戸先輩のほうを見ることもできずオロオロしていた、そのとき。
「あーっ!
宍戸ー、ななしちゃーん!」
遠くから私たちのことを呼ぶ、聞きなれた明るい声がした。
『あっ、芥川先輩』
見ると、芥川先輩が少し変わった走り方でこちらに駆け寄ってくる。
すごい満面の笑みだ。
「どうしたんだ?ジロー」
宍戸先輩もその芥川先輩の様子が気になったのか、いつもどおりに話しかけた。
芥川先輩のおかげで場の空気が変わったことに心底ホッとしつつ、私も芥川先輩に向き合う。
「あのね、聞いて聞いて~!
すっごくいいもの見つけたんだ~!」
『いいもの、ですか?』
「うん、そうだC~!
二人にも見せてあげるよ~!」
確かに芥川先輩はさっきからずっと両手を合わせていて、中にできた空間に何かを持っているようだった。
すっごくいいものって、一体何だろう?
中身が見えないから、好奇心が刺激される。
「二人とも、もっとこっち来て来て~」
少し不思議に思いながらも、言われるがまま宍戸先輩と私は芥川先輩との距離をつめて、三人の中心に突き出されたその手を見つめた。
「じゃあ開くよ~?」
「あぁ、いいぜ」
『はい』
「ジャジャジャーン!!」
掛け声と同時に、閉じられていた手が開かれる。
そこにあったのは……。
『イヤーーーーーーーーー!!』
芥川先輩の手のひらに乗っていたソレを認識した瞬間、私は隣にいた宍戸先輩に思いきりしがみついた。
「なっ……!!?」
宍戸先輩が驚いて、小さく声をあげる。
でも、それに構っている余裕は私にはない。
「えっ、なっ、ど、どうしたんだよ?!」
宍戸先輩が私の肩の辺りを掴んで自分から離そうとする。
それを察知した私は、ますます強く抱きついた。
「はっ!?
お、おい、名無しっ!?」
『宍戸先輩、私を見捨てないでくださいっ。置いていかないで!一人にしないでください~~!!』
「ちょ、な、何言ってんだ?!
い、いいから、と、とにかく離れろよ!」
『いやっ、お願い、先輩、離さないで~!宍戸先輩~!』
「~~~~~~!!??!?」
私を引き剥がそうとする宍戸先輩に抵抗して、ガシッとしがみつく。
すると、宍戸先輩はうめき声のような声を出して硬直してしまった。
すっかりパニック状態になってしまった私は、それでも構わず抱きついていた。
なぜなら芥川先輩の手のひらに、アレがいたから。
アレというのは……。
……い、いも………む、し…………。
…そう、何を隠そう私は…。
…い、芋虫…、が、大大大大大の苦手なのだ。
「あ~、やっぱりテンションあがるよね~!
かわE~よね、こいつ~」
芥川先輩が無邪気にアレ…またの名を芋虫…をこっちのほうへと近づける。
『イヤーーーーー!!!』
それに反応して私が宍戸先輩の身体にまわした腕に力をこめると、固まっていた宍戸先輩がハッとしたように声をあげた。
「ジ、ジロー!
そいつ、元の場所に戻してこい!」
「A~、なんで~?
イヤだC~、せっかくこんなに大きくて丸々しててツヤツヤしててかわE~のに~」
『イヤーー!』
「バカ、説明するんじゃねぇ!
いいから、と、とにかく返してこい!」
「A~」
「は、早くしてくれっ!
し、心臓がもたねぇんだよ…!」
「???
よく分かんないけどしょうがないC~」
「名無し、おっ、落ち着け、もう大丈夫だ!
も、もういないぞ!」
焦ったような余裕のない声が耳に届く。
…もういない?
ほ、ほんと……?
宍戸先輩の身体に押しつけるようにしていた顔を、おそるおそるあげてみる。
まだ半信半疑の私は、先輩にギュッとしがみついたまま、芥川先輩がいた方へと目を向けた。
すると確かにそこに芥川先輩の姿は無く。
心の底からホッとした私は、ようやく今の状態に気をまわせるようになって、そしてーー気がついた。
ーー!?!??!!
すぐ目の前に映るのは宍戸先輩のジャージ。
宍戸先輩の身体にくっつくように伸ばされた、私の腕。
先輩のジャージをしっかり掴む、私の手。
………………………。
冷静さが戻るにつれて徐々に把握できてきてしまった、信じたくない恐ろしい現状に、私はプルプルと震えだしてしまった。
勇気を出してゆっくりと見上げると、そこには目をそらしたまま首まで赤く染まった宍戸先輩の顔があって……。
『すっ、すすすすすみません!!!ほ、本当にすみません!なななななんと言ってお詫びすればいいか……っ』
私は身体中の筋肉を使って瞬時に飛び退いた。
『本当に、本当に、本当にすみません!!あのっ、あの………!』
どうしよう、どうしよう!?
先輩に、だ…抱きついてしまった……!
しかも…結構な長い時間…。
あぁぁぁぁぁ~~~!
申し訳ないやら恥ずかしいやら情けないやらで、また別のパニックが襲ってくる。
「い、いや…その……あー、その…。
き、気にすんな」
と、宍戸先輩は言ってくれるけど…。
その先輩自身が私のほうをチラリとも見ず、真っ赤な顔でガチガチに固まったままで…。
さっきの気まずさが可愛く思えるほどの気まずさが、辺りに漂う。
「あれ?
なんだよ、宍戸とななしか」
そこに突然誰かの声がして、ようやく空気が変わる。
やって来たのは向日先輩だった。
「でっかい声が聞こえたから来てみたんだけどさ、なんかあったのか?」
『えっ、あ、あの…』
「?
って、二人ともすげー顔赤いぞ。どうしたんだよ」
私たちを心配してくれた向日先輩は、宍戸先輩の顔を見たあと、今度は私の顔をのぞきこんで、じっと見つめた。
「もしかしてお前ら熱中症じゃねーのか?
ななし、大丈夫かよ」
何も知らない向日先輩は、熱さを確認するためか、私の額に手を伸ばそうとした。
必然的に向日先輩との距離がグッと近づいて、宍戸先輩とのことがあった直後だった私は、思わず一歩あとずさった。
「?
ななし?」
私の態度を不思議に思ったのか、小さく首を傾げながらさらに歩み寄ってくる向日先輩。
向日先輩がただ私を心配してくれているだけだと分かっているのに、なぜか今は男の子と近づくのが無性に恥ずかしい。
このままじゃ向日先輩に失礼だと思うけど、かといって宍戸先輩との間に何があったのか説明するのも恥ずかしい。
どうしよう、どうしよう、とあたふたしていると、今度は遠くから芥川先輩の声が聞こえてきた。
「おーい、ちゃんとあいつ元の場所に返してきたよ~!」
た、助かった…と思ったのも束の間。
私たちのところに戻ってきた先輩の手は、さっきと同じように丸く合わせられていた。
………!
思わずゴクリ…、と息をのむ。
ま、まさか………。
「ジロー。お前何持ってんだよ」
「エヘヘ~、こいつはね~」
こ、こいつ……って……。
やはり何も知らない向日先輩が純粋に尋ねると、芥川先輩はキラキラした笑顔でその手を開いた。
「ジャジャジャーン!!
さっきの奴のそばにいたんだ~!」
その物体を見た瞬間、私は隣にいた向日先輩にしがみついた。
『イヤーーーーーーーーー!!!』
「はっ?えっ?なっ、ななな……!」
向日先輩が何か言ってるけど、そんなの気にしていられない。
怖くて怖くて、先輩の胸に顔をうずめて必死に抱きつく。
「お、おおおおい!?ちょっ、ななし?!」
『向日先輩、助けて!一人にしないで~!』
「はぁ?!
い、いや、なんかよく分かんねーけど、一人になんかしねーよ!だ、だから離せって」
『イヤ!絶対離れない~!どうかお慈悲を~~!!』
向日先輩が私の腕を掴んだから、不安になった私は離されてしまわないように、さらにギュッと力をこめてしがみついた。
「おわっ!??
お、おい、宍戸!どうなってんだよ、これ!説明しろ!」
「あ、あぁ…!
と、とにかくジロー、そいつも返してこい!」
「A~、なんで~?
こいつは白くて手触りも滑らかで、それでいてここの部分が~」
『イヤーー!』
「バッ、バカ!いちいち細かく説明するなって言ってるだろ!
いいから、すぐに返してこい!」
「A~、ななしちゃんもこんなに喜んでるのに…」
「喜んでねぇよ!
一体どこをどう見たら喜んでるように見えるんだよ!?」
「おっ、おい、早くしてくれ。
なんか俺、クラクラしてきた……」
「しっかりしろ、向日!
ジロー、早く!」
「もう、しょうがないC~。みんなワガママだC~」
「な、なぁ宍戸、もしかしてななし、あれが苦手なのか?」
「…みたいだ」
「じゃあ、さっきお前らが赤くなってたのって…」
「あぁ、まぁ、その…。
同じことがあったんだ」
「そ、そうだったのか。
お前の気持ちが分かったぜ…」
「あ、あぁ…」
「おい、ななし、ななし。
もう大丈夫だ、いなくなったぜ?」
『……え?』
「名無し、もう怖くないぞ」
『あ…、そ、そうですか……』
向日先輩と宍戸先輩の声に、少しずつ平静を取り戻す。
そしてーー。
!!???!?
『すっ、すすすすすみません!!!』
今度は向日先輩に、ひたすら謝るのだった。
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