私のヒーロー・番外編
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*鳳side
「はぁ、やっぱり駄目だ……」
ため息をつきながら、構えていたバイオリンを下ろす。
自宅の防音室で朝から練習していたけど、どうにも気持ちが入らない。
原因は分かってる。
間近に迫った合同合宿のことをずっと考えているから。
というより名無しさんのことを、かな…。
合宿に参加することが決まったとき、名無しさんは他校の人たちにうまく馴染めるかどうかを心配していた。
そのあとは楽しみな気持ちのほうが強くなったと言ってくれてはいたけど、名無しさんはそういうところ繊細だし、やっぱり不安はあるだろうなと思う。
なんとかしてそれを和らげてあげられるといいんだけど、一体何を言ってあげれば、何をしてあげればいいのか…。
あれからずっと考えているけど、なかなか答えが出せない。
下手なことをして余計に意識させるようなことにでもなってしまったら、本末転倒だし。
今の曲も、名無しさんに聴いてほしくて、彼女には内緒で少しずつ練習していた。
名無しさんが好きそうな曲調だから、喜んでくれるかなと思って選んだんだけど…。
今のままじゃ、とてもじゃないけど聴かせられない。
逆に心配されてしまいそうだ。
「はぁ……」
あ、またため息が……。
…あぁ、もう。
俺ってなんでこうなんだろう。
こういうとき、先輩たちならバシッといい方法を思いつくんだろうなぁ。
って、こんなことばっかりウジウジ考えててもしょうがないか…。
…そうだ!
天気もいいし、気分転換に散歩にでも行こう。
家を出た俺は、気の向くままに電車に乗って、しばらく走ったところで下車した。
あまり馴染みの無い街に来ると、眼に写る景色が新鮮で、それだけで何となく気分が少し軽くなったような気がする。
そのまま行き先を決めずゆっくりと歩いていると、不意にどこからかテニスボールを打ち合う音が聞こえてきた。
……あれ?
今のって………。
その音に導かれるように、俺は足をそっちの方へと向けた。
ほどなくして見えてきたのは、テニスコートだった。
こんなところにコートがあったのかと思いつつ歩いていくと、それは公園に併設されたコートで、数人の人影が見える。
…と、聞き覚えのあるよく通る大きな声が辺りに響き渡った。
「次行きますよー、英二先輩ー!」
…えっ、この声は…。
コートの中でラケットを高く掲げているその人に注意を向ける。
私服姿だからすぐには分からなかったけど、声から連想していたとおり、やっぱりそれは青学の桃城だった。
「いつでもいいよー!かかってこいっ!」
今度は菊丸さんの声だ。
よく見ると、他にも青学の人達がいる。
…そうか、ここは青学の近くだったっけ。
こんなテニスコートがあったんだ、知らなかった。
「あー!鳳っちだ!!」
えっ!
「鳳?
って、氷帝の?」
「どこっすか?」
「ほら、あっち!あの街灯のところだよー!」
「おわっ、マジで鳳だ!」
み、見つかってしまった。
「鳳ー、こっち来いよー!」
「一緒にやらないかー?」
みんなに手招きされた俺は、コートへと向かった。
今はあまり元気がないから出来れば知り合いには会いたくなかったけど、さすがにこの状況で行かないわけにもいかない。
「こ、こんにちは…」
「鳳、どうしたんだよ、こんなところに」
「何か用でもあったの?」
「ええ、まぁ…」
「よかったら一緒にどうだ?ラケット貸すよ」
大石さんが自分のラケットを差し出してくれる。
俺は慌てて首を横に振った。
「い、いえ!
す、すみません、ありがとうございます。でもいろいろあって、その…少し疲れてて…」
「えー、ダメなの?」
「それは残念だな」
「でももうじき合宿もあるし、また機会はあるよ」
「そうっすね」
なんか、申し訳ないな…。
だけど、今の状態じゃ下手をすると怪我をしたりしてしまうかもしれない。
そうなったら、かえって迷惑になってしまう。
「すみません、せっかく誘ってくれたのに」
「謝るようなことじゃないさ。
相変わらず真面目だな、鳳は」
「誰かさんも見習うべきだな」
「おい、マムシ。
なんで俺を見ながら言うんだよ」
「いちいち説明しないと分からねぇのか」
「分からねぇな、分からねぇよ。
俺は鳳と同じで真面目だからな~」
「今すぐ病院に行ったほうがいいぞ。頭専門の」
「どういう意味だよ!」
「そういう意味だ!」
…賑やかだなぁ。
なんかちょっと元気が出るかも。
「あの、すみません。
皆さんが練習してるところを少しだけ見ていってもいいですか?邪魔にならないようにするので…」
なんとなくこの賑やかな空気の中にもう少し居たいような気持ちになって、おそるおそる尋ねてみた。
他校の選手である俺が見ているとマズイこともあるかもしれないし、断られてもしょうがないと思っていたけど、意外にもみんなはアッサリと答えてくれた。
「邪魔になんかならないよー!遠慮なく、見てって見てって!」
「好きなだけ見ていってよ」
「見られて困るような練習はしていないから、安心していい」
「なんなら途中参加してくれてもいいぜ!」
こうして、俺はみんなの練習を見せてもらうことになった。
一人、少し離れたベンチに腰かける。
そしてようやく気がついた。
合宿で名無しさんは青学のみんなとも出会うということに。
何だか不思議だなと思う。
今はまだお互いに全く知らない存在なのに、もうすぐ顔見知りになって、その中から仲良く付き合う人もでてきたりするんだな…。
そんなことを考えつつ座っていると、青学のみんなから不二さんが一人離れてこっちに歩いてきた。
「ごめんね、騒がしくて。
僕はこういうの好きなんだけど、君には騒々しいでしょ」
「いえ、そんなことないですよ。
俺も賑やかなのは好きですし」
「そう、それなら良かった。
となり、座っていいかな」
「え?は、はい、どうぞ」
不二さんは、「ありがとう」と言って俺の隣に静かに腰をおろす。
てっきり声をかけに来ただけだと思っていたから、少しびっくりしてしまった。
不二さんとこんなふうに並んで二人で一緒にいたことなんて、今まで一度もなかった気がする。
他校の上級生って、なんだか緊張するというか…身構えちゃうな。
「何か悩み事?」
「えっ」
見ると、俺の緊張とは裏腹に、不二さんは穏やかな様子でかすかにほほえんだ。
「余計なお世話かもしれないけど、僕でよかったら、話、聞かせてくれない?
もしかしたら力になれるかもしれないから」
「あ、あの、すみません。
俺、そんなに暗い顔してました…?」
慌てて聞き返す。
自分ではあまり表に出さないようにしていたつもりだったのに、さも当たり前のように指摘されてしまったから。
「うん、まぁ…そうだね」
不二さんが少し困ったように答える。
もしかして俺は、不二さんにものすごく気を遣わせてしまったんだろうか。
そう思うと反射的に謝っていた。
「す、すみません、気を遣わせてしまって」
「気を遣ったわけじゃないよ。単純に気になっただけ」
「で、でも…」
「もちろん、無理にとは言わないよ。
ただ、悩みって自分ひとりで抱えてるときには大きなことのように思えても、誰かに話してみると実は意外に小さなことだったんだなって気がついて、それだけで一気に楽になったりするものだから」
「それは…そうですね、そうかもしれません」
自覚はある。
俺は悩みや迷いをなかなか人に打ち明けられなくて、そのくせそれを自分ひとりで解決したり乗り越えたりすることも出来なくて、ただただその場に立ち尽くしてしまうことがよくある。
不二さんが今言ったのは俺のことじゃなくて一般論としてのことだと分かっているけど…。
親切にこう言ってくれてるんだから、素直に甘えてみるのもいいかもしれない。
そうしたら、名無しさんの為に何ができるか、何をすべきかが見えてくるかもしれないし…。
ひとりで考えても答えが出せないなら、思いきって不二さんの意見を聞いてみよう。
それからもう一度自分で考えてみればいい。
「じゃあ…すみません、聞いてもらってもいいですか?」
「うん、もちろん」
「ありがとうございます。実は…」
…………あ!しまった!
不二さんも合宿に来るんだった!
ど、どうしよう。
今から話すのが名無しさんのことだとは、知られないほうがいいよな…。
合宿で顔を合わせたときに、“この子が鳳が話してた子か”、なんてことになるのはちょっと…俺が勝手に変な先入観を持たせてしまうのは良くないと思うし…。
よ、よしっ!
名無しさんのことだとバレないように話そう!
そうしよう!
「じ、実は、友達のことで悩んでたんです」
「友達?」
「は、はい」
き、緊張するなぁ。
バレないようにって、結構大変かもしれないぞ…。
不二さんだし…なんか鋭そうだし。
よ、よし、落ち着いて話そう。
深呼吸しよう、深呼吸…。
スー、ハー、スー、ハー…。
「あの…えっと、二年になってからできた友達なんです。女子の」
「へぇ、そうなんだ」
「はい。それで…今度その子と一緒に、あるイベントというか、集まりに参加することになったんです。
ただ、俺は今まで何度も参加したことがあって顔見知りばかりなんですけど、その子は初めてなので、知らない人ばかりの中に出ていかないといけなくて」
「うん」
「その子はすごく繊細で人を思いやる子なので、いろいろ気をつかって頑張りすぎてしまうんじゃないかって心配なんです。
本人は楽しみだって言ってくれてるんですけど…、大変だとかつらいだとか、そういうことはなかなか言ってくれない子なので、本当は不安なんじゃないかなとか、そのイベントが始まってもしその子が困っていたりしたら、そのときちゃんと俺は気づいて助けてあげられるかなとか、ずっと考えてて…。
でも、なかなか答えが出ないんです。どうすればいいのか、どうするべきなのか…」
一気に胸の内を吐き出す。
すると、なぜか不二さんが小さく笑った。
えっ。
な、何か変なこと言ったかな…?
「ごめんね、笑ったりして。
君が夢中になって話すから、その子のことよっぽど好きなんだなと思って」
「え!?」
“好き”という言葉に、心臓が跳ね上がる。
「いえ、あの、違うんです…!
俺はその子のこと…ええっと、確かにす、好きですけど、それはその…!」
「ふふっ、分かってるよ。友達として好きってことなんだよね?」
「あ、は、はい!そうなんです!」
くすくすと笑い続ける不二さんに、少し気恥ずかしくなってしまう。
「す、すみません。
こういうの慣れなくて、毎回動揺してしまうんです…」
「えっ、毎回って…もしかしてよく聞かれるの?その子のことが好きなんじゃないかって」
「はい、そうなんです。クラスメイトとか。
違うって言ってるんですけど、それでもまだ信じてくれない人がいて…。毎回照れる俺も悪いんですけど」
「相手の子は?そういうことがあったとき、どんな反応するの?」
「だいたい俺と同じような感じだと思います。その子もこういう話題に関しては恥ずかしがり屋なので」
「二人そろって照れてるってこと?
それは誤解されちゃうね…」
「はい…。
俺がもっとしっかりしないといけないんですけど、どうしても慣れないんです」
「類は友を呼ぶってことかな。似た者同士なんだよ、きっと」
「いえ、そんな。
彼女は俺よりずっとしっかりしていて、優しくて努力家で本当にいい子で……あ、す、すみません」
「クスッ、いいよ」
…また熱く語ってしまった。
こういうところが勘違いされる原因なのかな?
でも名無しさんのこととなると、つい…。
本当にいい子だから、それをみんなにも分かってほしいと思ってしまうんだ。
まだ少し笑っていた不二さんが、そこで話を仕切り直してくれた。
「それで、さっきのイベントの話なんだけど、いくつか確認したいんだけどいい?」
「あ、はい」
「そこに参加するのはどういう人達なの?みんな氷帝の生徒?」
「いえ、全員中学生ですけど、他校の生徒もいます」
「へぇ…。
ほとんど男子だって言ってたけど、女子もいるんだよね?」
「はい。ええと…2~3人ですけど」
「…そう。
君から見て参加する人達はどんな人達?」
「みんないい人達ばかりだと思います」
「女の子たちはどんな子?
君のその友達が仲良くなる確率が一番高いのはやっぱり女子だろうし」
「うーん、そうですね…。
俺もそんなには知らないんです。ふたりとも俺とは学校も学年も違いますから」
「…ふたり………」
「?
不二さん?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
「?」
…俺は何か変なことを言っただろうか。
まさか合宿のことだってバレた!?
…いやいや、バレるようなことは言ってないはず…。
俺のそんな不安を払拭するように不二さんはそのまま話を続けた。
その様子に、よかった、大丈夫だったとひそかに胸を撫で下ろす。
「僕はその子に会ったことがないから想像になってしまうけど…、特別な事は何もしなくていいんじゃないかな」
「え、何も?」
「うん。
話を聞くかぎり君とその子は似てるところがたくさんあるみたいだし、仮に君がその子の立場だったらって考えてみると分かりやすいかもしれないね」
「もし俺が名無しさんの立場だったら…」
不二さんの言うとおりに考えてみる。
もし逆の立場なら…。
…名無しさんには無理をしてほしくないし、迷惑をかけたくない。
俺のことは気にしないで、合宿に来ている仲のいい人達といつもどおりに楽しく過ごしてほしい。
そんな名無しさんを見ていれば、自分の緊張も不安もきっと落ち着いてくるはず。
………………。
そうだ、特別な事は何もしなくても、名無しさんが普段通りにただその場にいてくれるだけでいい。
名無しさんが俺に対してそんなふうに思ってくれるかどうかは分からないけど、名無しさんは優しいから、もし俺が名無しさんのことで悩んでいると気づいたら、俺に負担をかけてしまっていると感じてしまうに違いない。
…そうか、名無しさんの為に俺がすべきことは、いつもどおりの俺でいることなのかもしれない。
そして、名無しさんをそっと見守ることなのかもしれない。
そう思うと同時に、まるで視界が開けたように気持ちがすっと軽くなった。
「ありがとうございます、不二さん!
おかげで自分のやるべきことが分かったような気がします…!」
「そう、それなら良かった」
「俺、帰ります。本当にありがとうございました!」
「うん。また合宿でよろしくね」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします」
早く家に戻って、さっきの曲をもう一度練習しよう。
そしてちゃんと弾けるようになったら、名無しさんに聴いてもらおう。
不二さんに改めて頭を下げてから、俺は駅へと走り出した。
ここに来たときとは正反対に身体が軽い。
今ならきっと、いい音色を奏でられるはず。
そんな予感で胸がいっぱいになった。
「あれー?
不二、鳳っちもう帰っちゃったの?」
「ついさっきね」
「何かあったのか?
二人ともずいぶん深刻そうな顔をしてたように見えたけど…」
「うん、ちょっと。でももう大丈夫だよ」
「そうなんだ。それなら良かった」
「で、何の話だったんすか?」
「ふふっ」
「?」
「合同合宿、楽しみだねっていう話だよ。…クスッ」
…end.
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