合同合宿編
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*忍足side
練習の合間、一息つこうと、俺はみんながおるところを抜けて、建物の横の日影へと来た。
首にかけたタオルで汗を拭いつつ、風にあたる。
その気持ちよさに一人、目を細めたとき、思いがけずガサガサと草を分けるような物音が聞こえてきた。
?
その音につられて目を向けると、そこには草むらの中、しゃがみこんでキョロキョロしている小さな背中が見えた。
「壇?」
その人物に声をかけると、カバっと勢いよく立ち上がって振り返った。
「!
忍足さんですか、びっくりしたです」
声の主が俺やと知って安心したのか、こわばっていた壇の身体からスッと力が抜けたのが分かった。
「どないしたん、こんなところで」
尋ねると、壇は困ったように眉をよせた。
「実はこの辺りにボールが飛んでいってしまって、探しに来たです。でもなかなか見つからなくて」
「ボール?
探しても無いならしゃあないし、みんなのところに戻ればええよ」
「でも…あれは跡部さんからお借りしているボールです。
だからちゃんと見つけてお返ししないと…」
そう言うと、ずり落ちたバンダナをぐいっと押し上げて、もう一度探し始めようとする。
見ると、その手足には泥や草があちこちについていた。
きっと探している途中についてしまったんやろう。
ボール1つくらい、練習中に無くなってしまってもしょうがない。
…と、俺なら思うけど、壇は違うんやろう。
真面目やからな。
「分かった。
後は俺が探しとくから、自分は戻ったらええ」
「えっ。
そんな、悪いです。僕が見失ったですから、僕が探さないといけないです」
「自分がおらんと、他の手伝いの子らが困るんちゃう?大忙しや」
「そ、それは…」
「ほら、はよ行った行った。俺のことは気にせんでええから。
ちゃーんとボール見つけて返しとく」
まだ少し迷いが残っとる様子の壇の肩を軽く叩くと、心が決まったらしく、俺をまっすぐに見て深く頭を下げた。
「忍足さん、ありがとうございますです!
僕、この御恩はずっと忘れないです!」
そのあまりに大げさな言葉に、思わず笑ってしまう。
「そんなんさっさと忘れてええよ。
…ああ、そうや。壇、ありがとうな」
「???
お礼を言うのは僕のほうですよ?
僕は忍足さんにお礼を言ってもらうようなことは何もしてないですけど…」
身体の周りじゅうに【?】が浮かんで見えそうなほど不思議そうな顔で首を傾げる壇。
それがいかにも後輩という感じで可愛らしゅうて、俺はまた笑ってしまった。
「いろいろしてくれたで?
ほんまにありがとうな」
「?
そうですか…?
よく分からないですけど、お役にたてたならよかったです。こちらこそ、いろいろご親切にしてくれて、ありがとうございますです!」
それからまた深く深く頭を下げると、壇はみんながおる場所へと走っていった。
ここに来とる1年生はみんなそうやけど、壇もななしちゃんを慕って、仲良うしてくれとる。
ななしちゃんにとってまだ知り合って間もない顔だらけのこの場所で、あれほど無垢に自分を慕ってくれる壇の存在に救われたことも、きっと何度もあるやろう。
俺がそれを言ってしまえば壇の態度に変化が出てしまいかねんから、何に対しての“ありがとう”なのか具体的には言わんかったけど…。
そんなことを考えつつ、草むらの中を少しずつ進む。
幸いにもボールは黄色いわけやし、根気よく探せばじきに見つかるやろう。
そう思った矢先、視界の隅に黄色が映った。
見るとそれは確かにテニスボールで、俺は手に取るためにかがんだ。
その瞬間、背後から誰かが近づいてくる気配がした。
壇が戻ってきたのかと思って、低い姿勢のまま振り返ると、その先には意外な組み合わせの二人がいた。
「ここでいいか…」
「それで、俺に話って何だい?宍戸くん」
そこにいたのは宍戸と千石で…。
向こうは俺に気づいてないらしく、普通に出ていってもよかったんやけど、宍戸の顔を見た途端ちゅうちょしてしまった。
その表情がまるで、果たし合いでもしに来たかのようやったから。
そして出ていくタイミングを逸したまま、会話が始まってしまった。
「…話っていうのは、名無しのことだ」
……!
唐突に出てきたななしちゃんの名前に、息をのむ。
宍戸が千石のことをあまり良く思ってへんことは知っとった。
いや、人間としてとかテニスプレーヤーとしてやなく、女子に関する点での話やけど。
せやから合宿前にも、ななしちゃんと千石が会うことを心配しとったわけで。
蓋を開けてみれば、それどころやない過去の繋がりがあって、うやむやになっとったけど…やっぱり気にしとったんやな…。
「けど、本題に入る前にまず礼を言っとくぜ」
「……礼?」
ななしちゃんの名前を出されても、なんとなくそれを予測していたのか冷静な顔やった千石が、今度はポカンとする。
「クリスマスの日のことだ。
お前が来るまで名無しがどんな気持ちだったかと思うと、もしお前がその場にいなかったらと思うと、ぞっとする。
だから、礼を言わせてくれ。本当に助かった」
「…お礼を言われるようなことじゃないよ。
オレがしたくてしたことだから」
「理由がなんであれ、俺は感謝してるんだ。その点は」
………その点は、っていうところが引っかかるんは俺だけやろうか。
「ここからが本題だ。
遠回しに言ってもしょうがねぇから、ハッキリ言うぜ」
千石に向けられる宍戸の目が、一段と鋭さを増す。
「お前、名無しとどういうつもりで接してるんだ。どういうつもりでこれから接していくんだ」
「…………」
「名無しは、お前が今まで気軽に付き合ってきた奴らとは違うぜ。
それをちゃんと分かってんのかよ」
宍戸は千石から視線を外すと、何かを思い出すように話し始めた。
「俺は最初、あいつのことを単純にしゃべりやすい奴だとしか思ってなかった。女子のわりにサッパリしてるし、キャーキャーうるさくねぇし。
けど、一緒にいることが増えてから分かったんだ。あぁ、すげぇ繊細な奴なんだなって」
「…………」
「俺が何気なく言った、たいして面白くもないことでも笑ったり喜んだりしてくれて…、俺自身でも忘れてたような何でもない俺の言葉とか行動を覚えてて、大事に思ってたりするんだ。
そういう奴だって…分かったんだよ、一緒にいるうちに」
千石はただ黙って聞いとった。
そんな千石を宍戸はじっと見据える。
「けどな、それなら逆もあるはずだ。あいつは自分じゃ言わねぇが、人の言動で傷つくことも多いはずなんだ。
けどそれはしょうがねぇ面もあると思う。誰だって人から傷つけられることくらいあるだろうし、知らないうちに誰かを傷つけてることだってあるだろうからな。
だから、俺だって名無しが仲良くしてる奴全員にこんなことを言ってまわってるわけじゃねぇ。お前だけだ」
それがなんでだか分かるか?と、宍戸は続けた。
「それはお前が、他の奴らとは違うからだ。
名無しにとってお前が特別に大事な奴だからなんだよ」
「………………」
「だから、お前にもし傷つけられることがあったら、それは他の奴からつけられる傷より何倍も深い傷になるはずだ。俺はあいつをそんな目に合わせたくねぇ。
だからもし、お前があいつを他の女子と同じようにしか思ってねぇなら…、…二度とあいつに関わるな」
宍戸は語気を強めるでもなく、ただ冷静に言いきった。
それがかえって宍戸の強い意志の表れのような気がした。
千石と宍戸は無言で向かいあったままで、静寂が続く。
そんな中、しばらくして今度は千石が口を開いた。
「……オレは、名無しさんの笑顔がすごく好きなんだ」
「っ……」
あまりに率直なその物言いに、宍戸が言葉につまる。
「オレ、実はあのクリスマスの日、名無しさんが転ぶ前からあの子のこと見てたんだ」
そう言うと、千石の表情がスッと柔らかくなった。
「最初に名無しさんを見たとき、彼女はすごく幸せそうに街を歩いてた。
オレは思わず見惚れちゃって…、そしたら転ぶところを偶然目撃したんだよ」
自分やったら口にせんような言葉がポンポン出てくることに抵抗があるのか、宍戸は少し戸惑いの混じった何とも言えない顔をしていた。
「あのときも今も、オレは少しでも名無しさんに笑ってほしくて、あの幸せそうな顔が見たくて、ずっと接してきたよ。それはこれからだって同じ。だからーー」
そこまで言うと、千石は宍戸にまっすぐ向き合った。
「オレは名無しさんを傷つけたりしないよ、絶対に」
しん、と辺りが静まりかえる。
遠くから聞こえてくる声が誰のものかすんなり分かるくらいに。
そのまま数十秒が過ぎて。
ようやく宍戸が口を開いた。
「…分かった。
もう何も言わねぇよ」
納得したような諦めたような、複雑な顔の宍戸。
なんとなく…気持ちは分かる。
「…ありがとう、宍戸くん。
でも、もう1つだけちゃんと言っておきたいことがあるんだけど、いいかい?」
「?
なんだ?」
「さっきキミが言ってたことなんだけど、“今まで気軽に付き合ってきた奴ら”っていう話」
「あぁ、それが?」
「オレ、女の子と気軽に付き合ったことなんて一回もないよ?」
「……………………は?」
…言うと思った。
そこに関しては何か言いそうやなって予感がしとったんや。
嫌な予感がしとったんや…。
けど俺とは反対に全くそんな想像をしてなかったらしい宍戸は、みるみるうちに表情を険しくしていく。
「はぁ!?そんなわけねぇだろ!
おまえ手当たり次第じゃねぇか!」
「そう言われても…。ホントなんだよ~」
「あぁぁぁ~~~、やっぱさっきのは無しだ!
あいつに近づくんじゃねぇ、この変態野郎!」
「えっ、ちょっと待ってよ~、宍戸くん」
「誰が待つか、このクズ野郎!
俺にも寄るな!未来永劫寄るな!」
「えぇ~、待って~。そんなの寂しいよ~」
…………………。
…なんでわざわざ余計なこと言うんやろ、あいつは。
端から見ると仲がええのか悪いのか分からんような状態で二人が去っていく。
辺りに静けさが戻ってきたのを見計らって、俺はその場に立ち上がった。
……最後はあんな感じになったけど…。
少し前の二人の様子を、目を、思い出す。
世が世なら、刀でも抜きそうな張り詰めた空気やった。
あれは二人がななしちゃんのことを本当に大切に思っとる、その証。
ふと手に持っていたボールに意識が向いて、それが熱を帯びていることに気がつく。
どうやら無意識に握りしめとったらしい。
…まぁ、俺も同じやしな。
ななしちゃんを大事に思っとるのは。
なのにこの差はなんなんやろ。
俺はこの合宿に来てからというもの、木の影に隠れ、草むらに隠れ、息をひそめて人の会話を盗み聞き………。
…………………………。
………………………………………………。
………………………………………………………………………。
…あかん。
完っ全に、ただの怪しいおっちゃんや。
みんなが青春しとるその横で、俺はただの怪しいおっちゃん…。
同じ中学生やのに…。
…………………。
…ええなぁ、みんな。
俺もななしちゃんと青春したいわ。
…くすん。
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