合同合宿編
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この合宿最後の練習が始まった。
軽い練習で切り上げて、昼食をとって解散という流れになると跡部先輩から説明があった。
練習のサポートをしながら、本当にもう終わっちゃうんだなぁと、少し寂しくなる。
『…これでよし、っと』
やることが一段落ついて、他の場所に移動しようとしていたとき。
その途中で、試合をしているコートに目がとまった。
そこには跡部先輩と手塚さんがいて、素人目にはとても練習と思えないような打ち合いをしていた。
軽い練習だって、跡部先輩、自分で言ってたのに…。
それとも先輩たちにとってはこれでも軽いのかな?
そう思いながら、つい足を止めてしまった。
この合宿で何度も思ったことだけど、やっぱりみんなテニスをしてるときが一番カッコイイ。
手塚さんは普段の様子をほとんど知らないからともかく、跡部先輩のことを日頃そんなふうに改めて思うこともないから、なんだか新鮮だ。
いや、跡部先輩はカッコイイんだよ?
テニスはこんなに強いし、他のスポーツも勉強だってできるし、顔立ちも整ってるし、スタイルもいいし、家だって大金持ちだし、性格も意外と優しくて頼りがいもあるし…。
でもいろいろとクセが強すぎて、なかなか普段の生活の中でそう思うこともないんだよね…。
そう、クセが強すぎて……。
「本当に跡部ってカッコイイよねー」
『そうですよねぇ……』
……………………ん?
…………………………………………………え?
『!!?』
ごく自然に隣から聞こえてきた声に、思わず逆方向に飛び退く。
自分のものとは思えない脚力を発揮した私に、いつの間にかそこにいたその人が感心したようにパチパチと拍手をした。
「おー、すごい。忍びみたい」
『き、木更津さん……!』
その姿を確認した私は、無意識に一歩、もう一歩と後ずさってしまう。
「どうして距離とるの?」
『だ、だって…』
「また何かされるかもって?」
『う…』
「いやだな、そんなことしないよ。
…クスクス」
…全く信用できない。
『そ、そもそも忍びみたいなのは木更津さんのほうです。
全然気配を感じませんでした…』
「俺はちゃんと声かけたよ?
名無しさん、名無しさんって。2回」
『えっ。そうなんですか?』
そ、そうなのかな…?
疑いつつも本当だったら申し訳ないと、なんとか思い出そうとしていると、木更津さんはクスクスと笑った。
「跡部に見惚れてたから、俺に気がつかなかったんじゃない?」
『えっ!!』
「そうでしょ?違う?」
言いながら、ジリジリと私に近づく木更津さん。
「さっき俺が跡部カッコイイよねって言ったら、即座に肯定したし。
跡部のこと考えてる最中でもなきゃ、あんなに即答できないよね」
『うっ…』
「君を見かけたから声かけたんだけど、全然気づかないみたいでボーッとあっちを見てたから、君の背後にまわって視線をたどってみたらそこに跡部がいたってわけ」
『背後って…。
それに、べ、べつに見惚れてたわけじゃ…』
「声かけられても見入ってたのに?」
『そ、それは…』
…確かにちょっとだけ見惚れてたかもしれない…。
一番厄介な人に見られてしまった…。
うう、困った…。
「君ってさ」
私のすぐそばまで迫ってきた木更津さんが、ものすごく淡々とした口調で言った。
「節操ないよね」
…………え。
『ちょ、何言うんですか!?』
無表情のまま投げ掛けられた言葉に、つい前のめりになる。
「だって、そうでしょ?
えーっと…、跡部、俺、剣太郎、ダビデ、室町、千石、越前、壇、桃城、サエ……」
何かを指折り数える木更津さん。
「おっと、忘れちゃいけない。手塚も入れなくちゃ」
『あのー…』
「何?」
『い、一体何を数えてるんですか…?』
猛烈に嫌な予感がするけど、恐る恐る聞いてみた。
「何って、決まってるでしょ。
君がこの合宿でツバ付けてた、もしくは付けようとしてた男の数だよ」
『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!??』
「大体当たってたよね」
『全っ然、当たってません!』
「あれ?まだ他にもいたの?」
『そういうことじゃなくて!』
「うーん、おかしいな。
誰か見落としてたかな……」
『ちょっと?!聞いてます?!
ていうか、どうして手塚さんのことまで知ってるんですか!?』
「ああ、あの倉庫でのこと?もちろん知ってるよ。
よろめいた君が手塚の腕の中で…」
『ひえっ…!そこまで知ってるんですか!?なぜに!?』
………あ、めまいが……。
あまりに突拍子もないことを言われて、一瞬クラリとしてしまった、そのとき。
「二人とも、楽しそうだね」
私たちのところにいつものように優しく微笑みながら不二さんが歩いてきた。
天の助けとばかりに、私は不二さんのところへと飛び付くように避難した。
『掃き溜めに鶴とはまさにこの事っ!』
「えっ?何、どうしたの?」
「ひどいなぁ。
俺は掃き溜めってこと?」
『そうです!』
突然のことで何のことだか分からないようだった不二さんも、私と木更津さんのやりとりで何となく察したらしい。
「木更津、またやってるの?
佐伯が困ってたよ、君が名無しさんをからかってばかりいるって」
「あ、サエめ。告げ口したな」
不服そうに視線をそらす木更津さんに、不二さんが困ったようにため息をつく。
だけど、木更津さんはあっさりいつもの表情に戻って不二さんに向き直った。
「そう言えば、何しに来たの?不二」
…うーん。
こういう感じ、木更津さんぽいなぁ。
「用がないならどこか行ってよ。
見てたんなら分かると思うけど、今せっかく名無しさんとイチャイチャしてたんだからさ。君、邪魔だよ」
……え!!?
聞こえてきたありえない言葉にバッと木更津さんを見ると、不穏な笑みを返されてしまった。
「ねぇ?名無しさん?」
『し、してません!い、い、イチャイチャなんてっ』
「クスクス…。
照れなくてもいいのに」
『照れてないです!全っ然、照れてないです!』
不二さんの影に隠れるようにして言い返すけど、木更津さんはますます楽しそうに笑うばかり。
不二さんはそんな私たちの様子を見ると、また小さくため息をついた。
「木更津、もうそのくらいにしてあげなよ。
君がこの子を気に入ってるのはよく分かったけど、もっと手加減してあげないと本格的に嫌われちゃうよ」
「ハイハイ。
不二って、そういうところサエとよく似てるよね」
「そうかな。
僕は佐伯ほど優しくないと思うけど」
「まぁ、確かにそうかもね」
「それで、用なんだけどね」
「うん」
「木更津、君に聞きたいことがあるんだ」
「俺に?何?」
淡々と続いていた会話の話題が、何事も無かったかのように途中でサラリと変わる。
……なんか、木更津さんと不二さんって、こういうところ少し似てるかも…。
「この前裕太から聞いたんだけど、ルドーー」
「あーーーーーーー」
えっ!!
突然、木更津さんが不二さんの言葉を遮るように大きな声を出した。
びっくりして隣を見ると、不二さんも驚いたように目を見開いている。
「不二。
悪いけど、その話はまた後にしてくれる?」
「えっ、それはいいけど…」
「ちょっと事情があるんだ」
「事情?」
「うん」
そこでハッとしたように、不二さんはなぜか私に視線を向けた。
「もしかして…、話してないの?彼のこと」
「うん、そうなんだ。
まぁ、偶然なんだけどね」
ーーー彼?
???
まさか誰もあいつのことを話してないとは思わなかったから、と木更津さんは続けた。
「別に隠すつもりもなかったし話してもよかったんだけど、知らないなら知らないで、そのままでいてもらったほうが面白くなりそうじゃない?初めてあいつと会ったときのリアクションとかさ。
まぁ、俺は直接見られないかもしれないわけだけど」
…………。
一体何の話をしてるんだろう…。
どう考えても愉快でのんきな話じゃなさそうってことは分かるけど…。
「君も好きだね、本当に」
「そういう不二だって、嫌いじゃないでしょ?」
「うーん…」
小さく唸りながら、不二さんは私に視線を向ける。
『えっ。あ、あの…?』
訳が分からずオロオロしていると、不二さんはクスッとほほえんだ。
「そうだね。嫌いじゃないよ」
「クスクス…。そうこなくちゃ」
「クスッ」
「クスクス…」
……………………………………………。
おおう………。
や、やっぱり…似てる…………。
ひえー………。
「それじゃ、僕は行くよ。
さっきの話の続きはまたあとで」
「うん。よろしく」
「名無しさんも、またね」
『はっ、はい!』
動揺丸出しの私のリアクションをおかしそうに笑いながら、不二さんは行ってしまった。
あとに残された、木更津さんと私。
二人が何の話をしていたのか、正直すごく気になる…。
“彼”って誰だろう。
私にまだ話してないとか初めて会ったときのリアクションとか何とか言ってたけど…。
「そのうち分かるよ」
『えっ』
「気になってたんでしょ?俺達が何話してるのか」
『は、はい』
当たり前のようにバレてる…。
「大丈夫、すごく面白いことだから」
『面白い…こと…?』
そして当たり前のように嫌な予感しかしない…。
『…今、教えてくれないんですか?』
「この流れで俺が教えると思う?」
『い、いえ…』
「クスクス…」
木更津さん相手にこれ以上の追及が通用するはずもなく、私はまだ見ぬ“面白いこと”に震えるのだった。
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