合同合宿編
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室町くんとの練習を終えた私は、朝食を作るため厨房に向かう途中、外のベンチに一人で座っている天根くんの姿を見つけた。
『天根くん、おはよー』
駆け寄りながら声をかけると、天根くんはこっちに顔を向けた。
「名無しか。おはよう」
『何してるの?』
天根くんが手に小さな箱を持っていたから気になって聞いてみると、天根くんはその箱の中に視線を落とした。
「こいつらを、ひなたぼっこさせてた」
『えっ…』
こいつら……って……。
ま、まさか…、箱の大きさ的に……。
『も、もしかして…。
その……、む、虫……とか……だったり……?』
べつに虫全部がダメってわけじゃないけど、種類によってはチラリと見ただけで鳥肌がたつ。
つい一歩ずつ後ずさりしてしまう。
するとそんな私を見て天根くんがふっと笑った。
「違う。大丈夫。虫じゃない。
ほら、見てみろ」
スッと差し出された箱。
私はおそるおそる近づいて、中をのぞきこんでみた。
すると…。
『わぁ………!』
思わず声がもれた。
そこにあったのは、いろんな色や形の貝殻だった。
『すごい…、たくさんあるねー』
「俺たちの部室がある浜で拾ったんだ。
こっちに持ってきてたんだが、天気もいいし、陽にあててやろうと思って」
『へぇ……。って、え?
浜辺に部室があるの?』
「そう」
『えーっ、すごい!海の家みたい!』
「そうだな。よく海の家と間違えられる」
『そうなの!?』
「そう。
夏は部室で焼きそばとか焼きもろこしとか…、かき氷、イカ焼きも作るぜ」
『…それ、完全に海の家だよ……』
「あとは季節によるが、さんまを七輪で焼いたり、魚のあらとかあさりを入れた味噌汁をつくったりもする」
『………普段何してるの、みんな……』
氷帝の部室とは違いすぎる六角の部室。
でも、それはなんだかすごく、六角のみんならしいような気がする。
「楽しいぜ、毎日。おまえも遊びに来るといい」
『えっ。六角の部室に?』
「ああ。
夏休みになったら来いよ。いつ来ても楽しいのは保証するが、やっぱり夏が一番だ」
『ほ、ほんとにいいの?』
「?いいに決まってるだろう。
そうだ、おまえが来たら、俺たちもみんなで一緒にオジイの家に泊まろう。
そうすれば、一日中一緒に遊べる」
六角のみんなが監督のことを“オジイ”と呼んでいるのは、初日に聞いて知っていた。
天根くんによると、みんなは日頃からそのオジイさんの家によく泊まりにいっているらしい。
みんなで一緒にごはんを作ったり、枕投げをしたり、夜寝てしまうまでいろんな事をしゃべったり…。
そんなふうに過ごす時間が、最高に楽しいんだと、天根くんは話してくれた。
『行きたい!すごく面白そう!』
「よし、じゃあ後でみんなにも話そう。あとオジイにも」
話を聞けば聞くほど興味がわいて、行きたいと思ったまま言ったはいいものの、ふと気がついた。
『あ、でもオジイさんは大丈夫なのかな。
急に知らない人が来ることになったら、迷惑なんじゃ…』
大人からすれば、他人の子どもを預かることになるわけだし、いろいろ大変かもしれない。
天根くんたちは自分の教え子だからまた別だろうし…。
「それは大丈夫。
俺たちの友達なら、OKしてくれる」
『えっ、そうなの?』
「そう。
オジイはいつも、俺たちのやりたいことをやりたいようにさせてくれる。俺たちを信じてくれてるから。
そのかわり、俺たちもその信頼を裏切るようなことはしない。絶対に」
『そっか…』
…なんだか、すごい。
お互いに信頼しあってるんだなぁ。
オジイさんってどんな人なんだろう。
みんなの話を聞くかぎりだと、ちょっと不思議な人っぽいけど…。
会うのが楽しみ。
「名無しの都合もあるだろうし、日にちの希望が決まったら連絡してくれ。
とりあえず俺の連絡先、教えとく」
『あ、うん。ありがとう。
じゃあ私も教えるね』
「うぃ。……………………あ!!!」
急に天根くんが声をあげた。
『ど、どうしたの?』
「マズイ……剣太郎が……………」
?
「つい、うっかり……。
どうする……今さら無かったことには……そ、そうだ、こうなったらみんなを巻き込もう……俺だけ剣太郎に恨まれるのはちょっとキツイ………」
???
「名無し、俺だけじゃなくて先輩たちとも連絡先を交換したらいいんじゃないか?」
『え?いいよ、三年生とは。
交換しても、たぶん連絡とらないから。緊張しちゃうし』
「そ、そんなこと言わずに。
うちの先輩たちは優しいぞ」
『それは分かるけど…』
「そうだろう?そうだよな!
じゃあ決まりだ」
『えっ。ちょっ、ちょっと待って』
「俺から先輩たちに言っとくから」
『えぇー?』
なぜか突然強引になった天根くんの押しがすごくて、私は六角の三年生とも連絡先を交換することになった。
天根くんが言うように、佐伯さんたちが優しいことは知ってるけど…三年生とはやっぱり同級生みたいに気楽には関われない。
でも、もし連絡先を知ってたらメッセージを送ったりとかすることもあるかもしれないし、仲良くなれるならもちろん嬉しい。
そう思って、天根くんの提案を受け入れることにした。
そんな話をしながら何気なく箱の中の貝を見たときだった。
『あれ?これって……』
たくさんあるうちのひとつに目がとまる。
その貝はゴツゴツした巻き貝で、ものすごく見覚えがあるものだった。
「そう。あのときのやつ」
『やっぱり!』
自然と口元がゆるむ。
それは天根くんがダジャレを言って私を助けてくれたときの、あの巻き貝だった。
見ているだけで天根くんの、みんなの優しさを思い出して、胸がジンとなる。
「名無し。
良ければそいつ、もらってくれ」
『えっ』
想像していなかった言葉に思わず天根くんの顔を見ると、天根くんは箱からあの巻き貝を取り出して、ほら、と私に差し出した。
『あ、違うよ、私そんなつもりじゃ』
「分かってる。ただ、俺がお前に持っていてほしいだけだ。
こいつは俺よりお前と縁があるから」
『縁?』
「そう。
ずっとあたためてたダジャレ、お前に使ったから。てっきり六角の誰かに使うと思ってたのに。
ここで初めて会って数日しか一緒にいる時間がないお前に使ったってことは、これはもはや運命の域。
だから、こいつは俺よりお前といるべき。たぶん、そういう定め」
天根くんの大きな手のひらに、あのときみたいにちょこんと乗っている巻き貝。
い、いいのかな。貰っちゃっても。
六角のみんなとの思い出だから、欲しいけど…。
『…いいの?ほんとに』
「もちろん」
『じゃあ…もらうね?』
「ああ」
『ありがとう……』
天根くんの手から巻き貝を受けとる。
わぁ…、嬉しいな……。
そう思うと同時に、すごく大事なことを思い出した。
私、天根くんに言わなくちゃいけないことがあったんだ。
『天根くん』
「?」
『あのとき…、本当にありがとう』
一言だったけど、天根くんは分かってくれたみたいで。
「…べつに、特別なことはしてない。
俺はいつもどおりにダジャレを言っただけだ」
絶対に私を助けるためだったと思うけど、少し照れたように視線を外した天根くんに、私は『うん。でも、ありがとう』と伝えた。
「なんか…変な気分だ」
『?』
「ダジャレを言って感謝されたのは初めてだから」
『ふふ、そっか』
「だけど…俺はお礼を言われるより、笑ってもらえるほうが嬉しい。
あのとき…名無しが笑ったとき、嬉しかった。理由が俺のダジャレじゃないのは残念だったけど」
私を見て、天根くんは少し笑った。
あのときのことを思い浮かべたみたいに。
「だからまた、新作ができたら聞いてくれ。
いつか必ず、今度こそ、ダジャレでお前を笑わせてみせるぜ」
ダジャレのことで意気込む天根くんが面白くて、思わず笑ってしまう。
すると、天根くんは不服そうに唇をとがらせた。
「なぜ…。
ダジャレだとなかなか笑わないのに……」
『あははっ、ごめんごめん』
すねたように背中を丸めて小さくなる天根くんが、なんだか可愛い。
その姿に、私はまた笑ってしまうのだった。
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