合同合宿編
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*日吉side
全っ然眠れなかった……。
早朝。
他に人が見当たらない廊下を、ひとりフラフラと歩く。
きのう部屋に戻ってきた鳳から、名無しはもう怒ってなかったと聞いた。
それ自体は想像どおりだったから何も驚きはなかったが…。
きのうは色々とありすぎた。
ありすぎて…。
全然…全っ然……眠れなかった………。
…こんなことは生まれて初めてだ。
今までどんな大きな大会や重要な試合があっても、全く眠れないなんてことはなかった。
それがきのうは、暗い静かな部屋で目を閉じると、途端に目に浮かんでくる顔と聞こえてくる声に意識が全てさらわれてしまって、寝付けなかった。
あいつが……名無しのことが、一晩中頭から離れなかった。
名無しが俺に見せた表情も話した言葉も、その全てが俺にとっては一度は諦めていたものだった。
だからかもしれない。
眠れない、と思いながらも、眠る時間も惜しいような気がしたのは。
眠れない理由が名無しなら、悪くないと思ってしまうのは。
だが……。
自分があいつにした事を思い出すと、………。
思い出すと………。
思い………………出すと………………………。
………………………………。
う…………。
うあぁぁぁぁ……!!
お、俺は…俺は……。
なんてことをしたんだ、あいつに……。
俺はあいつに、あんな事やこんな事をしたり言ったりしてしまった……。
いくら二人とも精神状態がおかしかったとはいえ、俺はその自覚はあったのに。
一体どんな顔して名無しに会えばいいんだ…。
……………。
あいつは…どうだったんだろう。
あいつは眠れたんだろうか。
きのうの夜、何を考えていたんだろう。
…誰のことを考えていたんだろう。
…………………………。
『日吉くーん!』
!!!
ま、まただ。
また、名無しの声が……幻聴が………。
『日吉くーん、おはよー!』
………ん?
今度のは妙にリアルだな…。
『日吉くんっ、早いねー!』
バタバタと足音まで聞こえてきて、やっとこれが現実だと悟った。
だがまだ心の準備が出来ていない。
思わず名無しから目をそらしたが、名無しは全く何も気にしていないように話しかけてきた。
『おはよう!
きのうはどうだった?よく眠れた?』
……!
ね…、眠れ…なかった…が……。
「お、お前は?」
『私?
私はね~、もうぐっすり!だよー』
…だと思った。
この顔色の良さ…。
本当に熟睡しやがったな、こいつ…。
「お、俺もよく眠れた」
『そうなんだ~、よかった!』
…………嘘をついてしまった。
眠れなかったのが俺のほうだけだと思ったら、つい…。
『あのね、あっち歩いてたら日吉くんが見えたから走ってきたんだ』
「へ、へぇ。何かあったのか」
『ううん、何も。何もないけど…』
名無しはそこで急に口ごもって、視線を下げた。
不思議に思っていると、かすかに名無しの頬が赤みを帯びたのが分かった。
そうなった理由に心当たりがないわけじゃない。
その心当たりが正解であってほしいような不正解であってほしいような、何とも言えない気持ちになって、俺のほうまで赤くなったような気がした。
『えっと…あの…、きのうのこと…』
名無しはジャージの裾を落ちつかない様子でいじりながら、おずおずと俺を見た。
『う…嬉しかった、すごく…。あ、ありがとう…』
…心当たりは正解だった。
俺は込み上げる気恥ずかしさに、あぁ、と短く答えるだけで精一杯だった。
「そういえば…」
話題をそらすため、というわけでもないが、ふと思い出したことを聞いてみることにした。
「きのう向日さんが言ってたのは本当なのか」
『え?…あ、もしかして佐伯さんのこと?』
「あぁ」
きのう、その前にあったことがインパクトがありすぎて隠れていたが、この話も驚いたことではあった。
佐伯さんの前でも全くそんなそぶりは見せていなかったが…。
『本当だけど、そんな深い意味なんてないよ?
小坂田さんたちに好きなタイプを聞かれて、その場で考えたぐらいだし…』
「…ふーん」
『あ、氷帝以外でね?』
「…は?氷帝以外?」
『うん。
だって氷帝のみんなは見慣れちゃって、タイプがどうとかよく分からないんだもん』
「…ふーん」
…………………。
氷帝以外、か。
「…じゃあ、もし氷帝も入れたらどうなる?」
『え?』
「好きなタイプだよ。氷帝も入れたら誰だ?」
『だから、分からないんだってば』
「本当かよ」
『本当だよ。もう、疑り深いなぁ。
でも、ちょっと意外』
「?何が」
『日吉くんもそういう話、興味あるんだなーって。
他人の好きなタイプなんて、どうでもいいかと思った』
……………………確かに。
どうでもいいはずだ、普段なら。
名無しの好きなタイプなんか、どうだっていいはずじゃないか。
なのに、なんで……。
『あっ、もうこんな時間!
そろそろ行かなくちゃ』
名無しが時計を見て声をあげた。
「何かあるのか」
尋ねると、途端に笑顔になる。
『うん!
今からね、室町くんにテニス教えてもらうんだー』
「…今日もか」
『うん、私がきのう頼んだんだ。明日も教えてって』
「お前が?」
『そう。
悪いなーとは思ったんだけど、いいよって言ってくれて』
「………」
きのうの朝見た光景がよみがえる。
…またあんなふうに二人でテニスするのか。
俺たちがいるのに、なんでわざわざ他校の奴に頼むんだよ。
気が合うっていうのは見てれば分かるが…。
なんとも形容しがたい感情が身体の奥からあふれでて、身体中に広がっていく。
『じゃあ、またねー!』
ブンブンと音が聞こえてきそうなほど勢いよく手を振って、小走りで駆け出す。
手を振り返す気にはなれなくて、俺はそれをただ見送った。
「焼きもちやいたらあかんで」
……っ!!?
背後からささやくような声が突然聞こえてきて、思わず飛び退いた。
「お……忍足さん……!?」
そこにいたのは忍足さんだった。
心なしかうっすら笑みを浮かべている。
「な…なんなんですか、急に。いつからいたんですか」
「いや、後輩の初々しいやりとりを邪魔したらあかん思ってジッと見守っとったんやけどな、自分の誤解を解いてあげな思って声かけたんや」
「…なんかいろいろ突っ込みどころがあるんですが、まずいつから盗み聞きしてたんですか」
「少し前や」
「具体的にお願いします。
…というか盗み聞きは否定しないんですね。そしてよく考えたらきのうも盗み聞きしてましたよね、不可抗力とはいえ」
「“お、俺もよく眠れた”からやな」
「おもいっきり序盤じゃないですか!?」
まったく、何考えてるんだ…。
「…次に、焼きもちって何ですか」
「なんで俺らより室町…というより他校の奴を頼りにするんや、って思ったやろ」
「………!」
思わず身を固くしてしまう。
「まぁ俺も気持ちは分かるし、ななしちゃんが室町を頼っとるんも事実やろうけど、ななしちゃんは俺らに遠慮しとるんやと思うで」
「遠慮…?」
「ななしちゃんはテニス部員やないってことや。
せやから俺らに頼ることに対して遠慮しとる。邪魔にならんようにってな。
室町は他校やし、普通の友達みたいに付き合えるんやろ」
遠慮……か。
あいつの性格からすれば充分考えられるが…。
そんなもの、俺たちの関係性で必要ないっていうのに。
「…じゃあ、誤解っていうのは?」
「ななしちゃんがご機嫌さんな理由や」
「それは…室町との練習が楽しいからでしょう」
「それが誤解やねん」
「?それ以外ないでしょう。現に、さっきあいつは…」
そうだ。
さっき室町との練習の話になった途端、分かりやすく笑顔になったじゃないか。
「はーあ、これやからモテる男は。女心が分かって無さすぎやで」
「どういう意味ですか。第一俺はモテませんが」
「あんなぁ、…まぁええわ。
とにかくななしちゃんをあんなにご機嫌さんにしたんは日吉、自分や」
「…は?」
「自分と仲良うなれたから、嬉しいんや。決まっとるやろ」
……俺と…仲良くなれたから……?
いや、確かに嬉しいとは思ってくれているだろうが…。
「せやから、何もかもがより楽しく感じるんやろ。いいことがあったときは、そういうものや。
日吉もそれは分かるやろ?」
「それは…」
分かる、が…。
だが、俺とのことでそこまで…?
「昨日の今日なんやし、それくらいは分かってあげなあかんで。他の男のことであんなに嬉しそうにしとるなんて誤解されたら、ななしちゃん、かわいそうや。
せっかく仲良うなれたんやし、これからは自分の中だけで考えすぎんと、ちゃんとななしちゃんと話すんやで」
ちゃんと名無しと話す……。
…そうだな。
今まで俺は自分の気持ちともあいつの気持ちともきちんと向き合わず、あいつを傷つけ続けてきた。
もう二度と、あんなことはしない。
「…そうですね。
ありがとうございます、肝に命じます」
「もうななしちゃんを泣かせたりしたらあかんで」
「はい」
忍足さんの真剣な言葉に、俺も真剣に答える。
きのう改めて感じた、忍足さんを人として尊敬する気持ちが背筋をピンと伸ばさせる。
だが次の瞬間。
「なぁ、ななしちゃん可愛らしかったな」
…………………。
「は?」
「さっきなんて、スキップでもしそうやったやん。日吉と仲良うなれたからって、ウキウキやったやん」
言いながら、強引に肩を組んでくる。
「ちょ、ちょっと、なんですか。やめてくださいよ」
「ええなぁ、羨ましいわ。
女の子が自分とのことであんなに喜んでくれるなんて、男冥利につきるやんな。どんな気持ちなん?」
「!」
さっきのあいつ、きのうの夜のあいつを思い出して、顔に熱が集まる。
一晩中頭から離れなかった、あいつの幸せそうな顔。
「べ、べつに…俺は…。
と、特に何も思いませんよ」
つい否定的な言葉を並べてしまう。
だが、心の中は真逆だ。
上手く誤魔化す余裕もないほど、浮かれている。
そんな俺の本音を忍足さんが見抜けないはずもなく。
「ふふ。自分、ちょっと素直になったんちゃう?」
何も言い返せない俺に楽しげにそう言うと、俺の肩をポンポンと軽く叩いて、忍足さんは行ってしまった。
…また、助けられてしまった。
時々癪にさわるようなことを言われるときもあるが…。
やっぱり…、尊敬する先輩だ。
小さくなったその姿に、俺は頭を下げた。
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