合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*鳳side
やっぱり………怒ってる………。
「ピ…ピ…ピ………ピピピ……」
壊れた目覚まし時計みたいな音を口から発する向日さんに、名無しさんは容赦なくたたみかける。
『ピーマンの混ぜごはん、ピーマンのお味噌汁、ピーマンサラダ、ピーマン炒め、ピーマンの煮物、ピーマンゼリー、ピーマンジュース、ピーマンパフェ……』
「ひぇっ…」
「ちょい待ち、ななしちゃん。
何もそこまで…」
『忍足先輩もスペシャルメニューがいいですか?納豆づくしにしますか?納豆のフレッシュジュース飲みたいですか?』
「岳人、逆にラッキーやん!身体にええで!」
「あー!裏切りやがったな、侑士!
何が逆にラッキーだよ!」
『それじゃ、明日は向日先輩だけこのメニューでいきますので』
「あっ、ちょっ、ななし!」
『それではみなさん、よい夢を』
スタスタスタスタ…。
あぁ、行ってしまった……。
名無しさんが去っていった方向に手を伸ばしたまま硬直している向日さんが痛々しい。
「……名無し、すげぇ怒ってたな…」
宍戸さんのつぶやきが辺りに広がる。
「まぁ、明日になれば忘れてるだろう。あいつは怒りが持続するタイプじゃねぇからな」
「跡部っ。
お前いっつもアレコレうるせーくせに、なんで助けてくれなかったんだよ?!」
「アーン?俺は無意味なことはしねぇ主義なんだよ。
普段滅多に怒らない奴が怒ってるときには放っておくにかぎる。何を言っても効果がないからな」
「せやな。
俺ももう少しで明日の朝食が納豆づくしになるところやったわ。
納豆のフレッシュジュース………おえっ」
「あぁぁぁぁぁ……ピーマン………ピーマン………」
「ねぇねぇ、やっぱりななしちゃん怒ってたの~?」
珍しく気まずそうな芥川さんに、宍戸さんが答える。
「あぁ、まぁ、……怒ってたな」
「A~、どうしよう…。
俺、ななしちゃんに嫌われちゃったかな…。そんなのイヤだC~」
「ななしが嫌うならジローじゃなくて俺だろ…。
俺だってそんなのイヤだ……そしてピーマンづくしもイヤだ……」
頭をかかえる二人。
「だからさっきから言ってるじゃねぇの。一晩眠れば忘れるに決まってる。
あいつがこれくらいの事でいつまでも腹を立ててるわけがない」
「…そうですよ。
あいつは呆れるくらいお人好しですから」
「心配…いりません…」
「そうだぜ。
もし明日になっても怒ってたら、俺も一緒に謝るから」
「せやな。
俺らみんなに責任の一端はあるし、みんなで謝ろう」
「そうですね。
二人とも、元気だしてください」
……とは言ったものの。
明日までこのままでいいのかな…。
解散して自分の部屋に戻ったあと、さんざん考えて結局名無しさんに会いに行くことにした。
「日吉」
「なんだ?」
テレビを見ている日吉に声をかけると、気のない返事が返ってきた。
テレビのほうを向いてはいるけど、なんだか他のことを考えているような、そんな返事だ。
「何か心配事?」
本当は名無しさんのところに行ってくると言うつもりだったけど、思わずその場で気になったことを聞いた。
「……、別に何もない」
一瞬、口ごもった。
やっぱり何かあったんじゃ……。
だけど、その横顔は苦しげなものじゃない。
たぶん何かあったんだとしても、悪いことじゃないんだろう。
「…だったらいいけど、何か困ったことがあったら言ってくれよ」
だから、これ以上は聞かないことにした。
あぁ、という短い返事を聞きながら、部屋の出入り口に向かう。
「俺ちょっと出掛けてくるよ」
「名無しのところか」
「えっ、そうだけど…なんで分かったんだ?」
「お前ならそうするだろうと思っただけだ」
「………」
「?何だよ」
……もしかして、日吉も名無しさんのこと考えてたのかな。
そうでもないと、こんなにすぐに名無しさんの名前が出てきたりしないような…。
「よかったら、日吉も一緒に行こうよ」
「いい。お前ひとりで行け」
日吉はこんな感じだけど、人をよく見てる奴だから…きっとさっきのことを気にしてたんだな。
「下手に首つっこんで、向日さんみたいにスペシャルメニューにされるのはごめんだからな。
ほら、行くならさっさと行けよ。あいつ寝てしまうんじゃないか」
「そう、だな。
それじゃあ行ってくるよ」
俺に早くここから離れてほしいような気配を感じて、理由が少し気になったけど、追及せずに行くことにした。
やっぱりどう見ても、落ち込んだりしているような暗い雰囲気は無かったから。
どちらかというと、むしろ良いことがあったっていう感じだ。
名無しさんたちの部屋の前まで来た。
インターホンを押そうと手を伸ばすけど、あとほんの少しのところで止めてしまった。
明日までこのままの状態でいるのは良くないと思った、だから名無しさんとちゃんと話をするために来たけど…。
さっきの名無しさんは今まで俺が見てきたなかで一番不機嫌だった。
もしまだあんなふうに怒ってたら…。
想像すると、少し怖じ気づいてしまう。
でも…。
逆に言えば、それだけ名無しさんは嫌な思いをしたってことだ。
…それはそうだよな。
女友達だけに話したつもりだったのに、自分の知らないところで俺たちにまで広まってしまっていたんだから。
しかももう少しで本人にまで知られてしまうところだったんだから。
少し……かなり怖いけど、ちゃんと謝らないと。
スー、ハー、スー、ハー…。
……よ、よし。
プルプル震える指先。
が、頑張れ……鳳長太郎……!
プルプルプルプルプルプル…………。
『…鳳くん?』
「おわっ!?!!?!!?!」
ーーピーンポーン。
「あ」
後ろから声をかけられて、びっくりしたはずみでインターホンを押してしまった。
「はーい……って、あれ?」
奥から出てきた小坂田さんが、不思議そうに俺と名無しさんを交互に見る。
「あ、ごめん、名無しさんに用があったんだけど…」
『え、私?』
「うん…」
チラ、と名無しさんの様子を伺ってみる。
表情はいつもどおりに見えた。
小坂田さんに事情を説明して、名無しさんと二人で廊下で話をすることになった。
すると、間をおかずに名無しさんが口火をきった。
『鳳くん、もしかしてさっきのこと?』
「えっ!な、なんで分かったの?」
『だって、鳳くんがインターホン押すの迷ってるみたいに見えたから。だからさっきの事かなって。
それに、鳳くんならそうしそうだし』
さっき日吉が言ったのと同じようなことを言われてしまった。
それが嬉しいのはどうしてだろう。
「名無しさん、ごめん。
嫌な思いさせてしまって……」
『そんな、謝らないで。鳳くんは何も悪くないよ』
「ううん、違うんだ。
向日さんに話せって言ったのは俺たちだから…。
向日さんは言いたくないみたいだったんだけど、名無しさんたちが好きなタイプの話をしてたって聞いて、俺たちも興味があって…本当にごめん…。
向日さんが名無しさんたちの話を聞いたのも、本当に偶然で…悪気は全然無かったんだ。
だから向日さんのこと、あんまり怒らないであげて」
『…………』
名無しさん、許してくれるかな…。
そんなに簡単に許すなんて難しいかもしれないけど、向日さんが悪く思われてるのは嫌だし、それに…。
名無しさんが嫌な気持ちのままでいるのも嫌だ。
「…鳳くん、優しすぎだよ』
「え…?」
名無しさんが、くすっと笑った。
『向日先輩と私のためにわざわざここに来たんでしょ?』
「そ、それは…」
『やっぱり。
でも安心して。私、本当に怒ってないから』
「えっ。で、でも、さっきは…」
殺気すら感じた、さっきの名無しさんの笑顔。
あれで怒ってないとはとても思えない。
『途中まではすごく怒ってたんだよ?
だけどみんなが、ヤバい!って顔して焦ってたから、その顔見てたらだんだん面白くなって怒ってたのも落ち着いてきて…。
でもみんなに佐伯さんのことがバレちゃったのはやっぱり恥ずかしくて、もう怒ってないですってすぐに言う気にはなれなかったの』
「そうだったんだ…」
『うん。
私は明日向日先輩にそう言おうと思ってたんだけど…もっと早く言えばよかったな。鳳くんに気をつかわせちゃった、ごめんね』
「ううん、もとはと言えば俺たちが悪かったんだから。
それより大丈夫?その…佐伯さんのこと」
『うん、大丈夫だよ。本人にはバレてないんだし』
「そっか…」
とは言っても名無しさんはこういうことに関しては恥ずかしがり屋だし…大丈夫かな…。
『本当に心配しないでね。
鳳くんが来てくれたから、安心して眠れるし』
「え?安心?」
『うん。
実はね、ちょっと言いすぎたかなってモヤモヤしてたんだ。
でも鳳くんのおかげで明日までその気持ちを引きずらなくてすみそうだから』
名無しさんの性格からすると、本当はやっぱり恥ずかしいはずだ。
だけどここまで来た俺のために、なんでもないような顔してる。
…優しいのは、名無しさんのほうだよ。
「…名無しさん、ありがとう」
『え?何のこと?』
「ううん、なんでもない」
『???』
それから、向日さんがすごく気にしていたから、ひとまず今日のうちに、名無しさんはもう怒ってないっていうことだけ俺から向日さんに伝えておくことになった。
話がまとまって手をふって別れようとしたとき、名無しさんが思い出したようにいたずらっぽく笑った。
「?
どうしたの?」
『あのね、向日先輩に言っておいてほしいことがあるんだけど』
少し声をひそめた名無しさんに合わせて、俺は腰をかがめた。
『デザートだけはピーマンゼリーにしますって』
「えっ!」
思わず声をあげてしまった。
『実はね、明日の朝ごはんにちょうどメロンゼリーが出るんだけど、色が少し緑っぽいから、ピーマンゼリーだって言ったら向日先輩一瞬信じるかなって』
怒ってないけどちょっとくらいギクッとさせたいもん、と無邪気に笑う名無しさん。
その小さなイタズラがなんだか可愛くて、思わず一緒に笑ってしまった。
「分かった、そう伝えておくよ」
向日さんに悪いと思いつつ、名無しさんの楽しげな様子に負けて、俺は了解した。
これくらいのイタズラなら、向日さんも許してくれるだろう…と思う。
……向日さん、すみません。
.