合同合宿編
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*室町side
跡部さんたちとの練習に参加させてもらった俺は、練習を終えたあと風呂に入って…。
そして今、部屋でコーヒー牛乳を飲んでいる。
「あー、うまい」
もう最高。
なんでこんなにうまいんだろう。
五臓六腑にしみわたるなぁ。
コップからもう一口勢いよく喉に流し込むと、冷たい感覚が火照った身体をスッと通っていった。
跡部さんたちとの練習は、とても勉強になった。
氷帝の強さの理由の一端を垣間見た気がする。
いい刺激を受けた。
俺たちも、他校から学ぶべきところがたくさんある。
…よし、この合宿での経験をこれからの山吹の為に活かさないとな。
一息ついて、部屋の時計に目をやる。
今頃、千石さんは名無しさんと会っているころだろうか。
少し前のこの部屋でのやりとりを思い出す。
――――――――
「あ、室町くん。おかえり~」
ドアを開けると、妙にご機嫌な声が聞こえてきた。
「千石さん。
何か良いことでもあったんですか?」
「まぁね~、過去形じゃなくて未来形だけど」
「未来?」
「そう。
実はね、これから名無しさんに会いに行くんだ」
「あぁ、そういうことですか」
――――――――
会う前からすでに幸せそうだった千石さん。
浮かれるのも無理はない。
千石さんは…。
もうずっと前から、名無しさんを求め続けてきたんだから。
あの日はテニス部のメンバーで、クリスマスパーティーをすることになっていた。
といってもそんなに大がかりなものじゃない。
南部長の家で、みんなで少しずつ出しあって集めたお金でちょっとクリスマスらしいものを食べつつ、いつもどおりしゃべるっていうだけの、俺達らしいパーティー。
予定していた時間になって、でも千石さんはなかなか来なかった。
珍しく何の連絡もなかったからみんな心配してたけど、遅れてきた千石さんはものすごく謝ってたし、無事に来たからよかったってことでその話は終わった。
次に話題になったのは、千石さんが手に持っていたどこかの店の袋だった。
それについて聞かれた千石さんは、“女の子にもらっちゃった”とか冗談ぽく言っていて、みんなにナンパを疑われていたけど…。
千石さんがこういう感じなのはいつものことだし、そんなに深く突っ込まれることはなかった。
でも…。
俺は気がついた。
パーティーの間も、千石さんがふと物思いにふけったり、持ってきたあの袋に視線を向けたりしていることに。
あの日以来、千石さんはそれまでよりさらに、女子を気にかけるようになった。
もともと行く先々で女子に声をかけたり、“可愛い女の子探し”をしたりする人だったけど…。
俺達と同年代の女子の姿を見かけるたび、声が聞こえてくるたび、そっちに目を向けては……落胆したような顔をするようになった。
それはほんの一瞬で、注意して見ていないと分からないような変化だったけど、クリスマスのときの違和感がひっかかったままだった俺には、それが分かった。
大会とか練習試合で学校以外の場所に行ったとき、あとはみんなで帰るときなんかは特にそんな感じで。
何かあったのかもしれないと思いながらも、俺は何も言わずにいた。
もし千石さんが無自覚なら、俺の口から何か言うのは余計なことのような気がしたし、逆にもし自覚していたとしたら、今俺が何か聞いてもうまくはぐらかされて終わりそうだと思ったから。
千石さんはあんなふうに見えて、自分の深いところを他人にさらすことには慎重な人だ。
そして月日は流れて季節は冬から春になり、俺は二年になった。
テニス部に新たな部員が加わり、俺にも後輩ができた。
俺の中でバラバラだったパズルのピースがぴったりと組み合わさるきっかけをくれたのが、その後輩の何気ない疑問だった。
「千石先輩」
「ん~?何だい、壇くん」
「それ、いつまでつけてるですか?もう春なのに」
部活が終わって着替えていたとき、壇が千石さんのカバンを指差した。
その質問に千石さんより先に、南部長が答えた。
「あー、それな。
俺達も不思議に思って聞いたんだが、ただ気に入ってるだけらしいぞ」
「へぇ、そうなんですか。
確かにすごく可愛いですね、このサンタさん」
そのやりとりを聞いていて、俺はふと思った。
…あのキーホルダー、いつからつけてあった?
確か、冬休みの前まではついてなかった。
そう思ったとき、初めて気にかかっていたいろんな事がひとつに繋がっていった。
もし…、千石さんがパーティーに来たときに持っていた袋の中身が、あのキーホルダーだったら?
もし、あのキーホルダーをくれたのが女子で、その子とパーティーに来る前に出会っていて……だから遅れてきたんだとしたら?
もし、その子のことが気になっていて、ずっと探しているとしたら?
そう考えると全てのつじつまが合って、だとすると千石さんも全くの無自覚ってことはないはずだった。
それから数日後の部活の休憩中、みんなが思い思いに過ごすなか、千石さんはあのキーホルダーを手にとって、じっと眺めていた。
「好きなんですか?その子のこと」
俺がそう聞くと、千石さんは驚いたように俺を見た。
そんなことを聞いたのは、単純な好奇心からだった。
女子のことを好きだ好きだと言っていても、千石さんにとってそれはいつも不特定多数が対象だ。
仮に誘いを断られても冷たくされてもこたえずに、次から次へとまた新しい興味の対象を見つける。
どこまでが本当なのか分からないけど、千石さんにとっては全ての女子が平等に可愛いらしい。
でもだからこそ、誰か一人の特別な存在はいない。
そんな人にずっと気にしている子がいるとなると、俺だって興味くらい持つ。
「何のことだい?室町くん」
「駄目ですよ、ごまかしても。
そのキーホルダーを見て千石さんが思い浮かべてた子のことです」
「………」
千石さんは黙ったまま俺をじっと見ていたけど、しばらくして諦めたようにため息をついた。
「さすが室町くん。鋭いね。
誰にも気づかれてないと思ってたんだけどな~」
うーん、と唸りながら千石さんは苦笑いした。
「俺だって確信したのはつい最近ですよ。
でも…、ってことは当たりですか」
「そうだな~。半分当たり、かな」
「半分?」
千石さんは手のひらのキーホルダーに視線を落とした。
「……分からないんだ」
「分からない…?」
「そう。
どうしてこんなに気になるのか、自分でも分からない」
そう言って、そっと包み込むようにキーホルダーを握る。
「ただ…、もう一度会いたい。
そう思ってることだけは、はっきりと分かる」
女子のことでこんな顔をする千石さんを、俺はこのとき初めて見た。
テニスに関わることでもないと滅多に見ない顔だ。
本気になったときの、顔。
…今自分がどんな顔してるか、千石さんは分かっているんだろうか。
相手の子に会いたいと思っていることは自覚していても、その理由は分からない。
千石さん自身がそう言うなら、きっとそうなんだろう。
今さら俺に隠す意味もないし。
だけど、あのクリスマスからの千石さんを見ている限り、その子が千石さんにとって特別な子だってことは間違いない。
どういう種類の特別かは俺には推しはかることはできないけど…。
「でもさ、オレ…」
「……?」
珍しく千石さんの目が真剣だから、俺もつい身構えてしまう。
「なんで名前とか連絡先とか、聞かなかったんだろ?!」
………………………。
「…は?」
「だからさ~、あのときそういう肝心なこと、オレなんで聞かなかったんだろう?
もうずーーーっと、後悔しててさ~。
あのときのオレ、バカだー!」
全く…ちょっと真面目な顔したかと思ったら。
「先輩は女子の名前とか連絡先なんて聞き慣れてるでしょ。
もうほとんど挨拶がわりみたいになってるのに、本当になんで聞かなかったんです?
せっかくのチャンスに、何を血迷ったことしてんですか」
「うわ、そんな言い方ヒドイな~、室町くん」
「事実ですよ」
「うっ…」
実際、千石さんのナンパは日常茶飯事で、山吹に通ってるやつなら誰もが知ってる見慣れた光景だ。
可愛いと思ったらすぐに声をかけて、名前聞いて連絡先聞いてデートに誘う。
そんなの、千石さんにとってはもう習慣みたいなものだろうに。
「なんか…あのときはそういうこと、出来なかったんだよね。
というより、思い浮かばなかった」
千石さんは静かに遠い空を見上げた。
今日の空は青い。
「どうしてだろうね。
オレも不思議なんだ」
「……」
…千石さんもたぶんずっと戸惑っていたんだろう。
自分でも分からない何かが、心の中にあることに。
「可愛かったんだよ~、ホント!」
………………………。
「…は?」
「だからさ、すーーーっごく、可愛かったんだよ~、その子!」
………まったく、ちょっと真面目な顔したかと思ったら…。
…って、デジャヴ?
「もういちいちリアクションが可愛いんだ。いい子だしさ~。
ちょっと聞いてくれよ、室町くん!」
「は?…いや、別に俺は」
「南から電話がかかってきたときなんか、女の子からの電話だと勘違いしてさ~」
…全っ然、聞いてないな、この人。
結局それから、いかにその子が可愛いかったかを延々聞かされた。
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