合同合宿編
主人公(あなた)の姓名を入力してください。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『日吉くん、よかったね。
佐伯さん、怒ってなくて』
「…そうだな」
日吉くんが私を部屋まで送ってくれることになって、並んで廊下を歩いていると…。
なんだか日吉くんの元気がない。
『ねぇ、どうしたの?
なにか…気になることがあるの?』
心配になって聞いてみるけど、浮かない顔のまま。
『日吉くん…?』
顔をのぞき込むと、一瞬合った視線をすぐにそらされてしまった。
「俺は……ガキだな」
つぶやくような声。
「忍足さんや佐伯さんに比べて…俺は…本当に…」
日吉くん…、気にしてるんだ。
さっき言ってたもんね。
自分が情けないって…。
「…名無し」
ふいに立ち止まった日吉くんは、私と向き合って今度は自分から目を合わせた。
「お前はこういうことを言われるのは嫌がるだろうが、けじめとして最後にもう一度だけ言わせてくれ」
『う、うん…』
その真剣な眼差しに、知らず知らずかしこまってしまう。
「今まで本当にすまなかった」
日吉くんはそう言って、スッと頭を下げた。
『えっ、日吉くん?』
「俺は本当に自分自身が情けない。
俺が未熟なせいで、先輩たちだけじゃなくお前にまで散々嫌な思いをさせた。
本当に…悪かった」
『ちょっ、顔あげて?ね、お願い!』
びっくりして慌てて声をかけると、日吉くんは一呼吸おいてから顔をあげた。
でもその表情は深刻で、目はふせられたままだ。
…日吉くんは本当に真面目で、ちょっと自分に厳しすぎると思う。
日吉くんのそういうところは好きだけど、少なくとも私に謝る必要なんてないのに。
『ねぇ、日吉くん。
私から見たら日吉くんは全然情けなくなんかないし、嫌なこともされてないし、ずっとずっと優しい人だったよ。
だから、もう私に悪いことしたなんて思わないで?私は全然思ってないんだから』
「だが…」
納得がいかない様子の日吉くんの前に、私は手を差し出した。
「…?なんだよ」
『握手』
「握手?」
『そう、握手。
過去のことでごめんなさいは、もう終わり!
今からは友達だから、友達としてよろしく!の握手』
「……………」
『もう、早くー』
差し出された手を無言でジッと見つめる日吉くんを、冗談っぽく急かしてみた。
実はちょっとだけ照れくさかったから。
そんな私の心境を知ってか知らずか、日吉くんは静かに私の手を握った。
そして…。
「分かった。よろしく」
短くそう言った。
と、次の瞬間。
「…っ!!?」
バッと効果音が聞こえてきそうなくらいに、勢いよく手を離された。
『えっ、何!?』
「おまっ…、手……」
『え!?
手?手がなに!?どうしたの!?』
え、え?!
何か付いてた?手汗とか?!
軽くパニックになって自分の手を確認するも、特に異常は見当たらない。
「お前の手…」
『だからなに?ねぇ、なに?』
「ぐ……」
『ぐ……?』
「ぐにゃぐにゃ…」
…………………………。
『…え?』
…………………………。
『べつに…普通だと思うけど…』
特別変わってるなんて、言われたこともない。
『それより、日吉くんの手はなんかゴツゴツしてるね』
「そう…か?
いや、普通だろ。男ならこんなものじゃないか」
『私だって。
女ならこんなものだよ』
「………………」
?
なんでそこで無言になるの?
『あ、分かった!
私のことあんまり女と思ってなかったでしょ!』
「あ…、いや、そういうわけじゃないが…」
『うそ!
もう、失礼だなぁ』
日吉くんがこんなにうろたえるなんて、絶対そうなんじゃない。
確かに私はあんまり女の子っぽくないかもしれないけどさ。
「女…なんだよな、やっぱり。
あんなに…ふにゃふにゃで……って」
小さな声でひとりごとみたいに何かつぶやいたかと思うと、なぜか赤くなる日吉くん。
『?
どうしたの?』
「い、いや、なんでもない」
『???』
変な日吉くん。
「ほ、ほら、行くぞ」
赤い顔のまま歩き出した日吉くんの隣に並ぶ。
そういえば、部屋に戻ったら、ちょうど小坂田さんと竜崎さんと一緒にお風呂に行く約束をしてた時間になるなぁ。
大きなお風呂がものすごく気持ちよくて、二人といろいろしゃべるのも面白くて、入るのが楽しみ。
『あ、そうだ』
いいこと思いついた!
『ねぇ、日吉くんはもうお風呂入った?』
「風呂?いや、まだだ」
『ほんと?
じゃあ一緒に入りにいこうよ!』
「……は?」
『だから、一緒にお風呂に行こ!
ねぇ、いいでしょ?』
「なっ……!!」
みるみるうちに、日吉くんの顔が真っ赤になっていく。
えっ、どうして赤くなるんだろう。
一緒にお風呂場まで行くなんて、銭湯みたいで楽しいと思っただけなのに…。
…って、もしかして!
『あ、あの、違うよ!?
私はただ、銭湯みたいにお風呂場の前まで一緒に行けたら楽しいだろうなって思っただけだよ!?
一緒にお風呂に入るとか、そんなことは考えてないからね!?』
「わ、分かってる!そんなのは当たり前だ!」
『あれ?本当?
だったら別に何も問題ないんじゃ…』
「あるだろ!言い方!」
『言い方?』
特に変な言い方はしてないと思うけど…うーん…。
「…おい。
まさかとは思うが、本気で問題ないと思ってるのか」
『う、うん』
私の返事を聞くと、日吉くんはあきれたように大きなため息をついた。
『もういいもん。
日吉くんが嫌だっていうなら、誰か他の人誘ってみる。
鳳くんか室町くんか…。あっ、天根くんもいいかも!話に乗ってくれそう!』
「バカ!
絶対誘うな!絶対に駄目だ!
というかなんで二年ばっかりなんだよ?」
『だって声かけやすいから。
じゃあ葵くんか壇くんか越前くんの、一年生の会仲間に…』
「一年だろうが三年だろうが駄目に決まってるだろ!」
『えぇー?なんで?
ただダメダメって言われても分からないよ』
「あー…、めまいがしてきたぜ…」
結局理由を教えてはもらえないまま、日吉くんにブツブツと小言を言われながら部屋までたどり着くと、日吉くんは「じゃあな」と言って、軽くふらつきながら帰ろうとした。
『あ、待って』
呼びとめると、足を止めて振り返ってくれた。
『明日、よかったね。
佐伯さんと話が出来ることになって』
そう。
佐伯さんのところに行ったとき、すごくすごく嬉しいことがあった。
――――――――
「日吉。
さっきの話の続き、できたらいいなと思うんだけど、どうかな」
「えっ…。
さっきの話って…テニスのですか」
「うん。
君とあんなふうにきちんと向き合ってテニスの話をしたことなんて、なかっただろ?
俺はすごく興味深い面白い話ができて、楽しかったんだ。
作戦実行中だってことを思わず忘れちゃうくらいにね」
「佐伯さん…」
「だから、君さえ良ければまたあの話の続きがしたいんだ。
もちろん無理にとは言えないけど、付き合ってもらえると嬉しいな」
「…それは俺のほうからお願いしたいくらいです。
俺にとっても本当に有意義な話でした。
ぜひよろしくお願いします」
――――――――
…という会話が、一通り話が終わったあとにあったのだ。
側で聞いていて、本当に嬉しくてホッとして、思わず涙が出てきそうになってしまうくらいだった。
喧嘩別れしたままにならなくて、本当に本当によかった。
「…悪かったな、心配かけて。
だが、もう大丈夫だ」
『うん…本当によかったね』
「…あぁ」
静かにそう答えると、日吉くんは私のところへと戻ってきた。
『…?
どうしたの?』
「…………」
何も言わずに、私を見つめる日吉くん。
『ね、ねぇ、日吉くんってば』
「…………」
外での事もあるし、なんだか恥ずかしくなってきて、目をそらしてしまった。
「……泣くかと思った」
『え…?』
「佐伯さんとのことが解決したから、感動して泣くんじゃないかと思ったんだ。
今日のお前はすぐ泣くからな」
言いながら、楽しげに笑う日吉くん。
『も、もう大丈夫だよ。
ていうか、私のこと見てたのそんな理由?』
「他に何があるんだよ」
『べ、べつに!
ど、どうせ私は何も無いですよー』
「何だそれ」
ますます笑いながら、日吉くんは私の右の頬を指差した。
「ふくれっつら」
『ち、違うよ!ふくれてないもん!』
「どこがだよ。ほら、こっちも」
言いながら、今度は反対側の頬を指差す。
『ちょっとー、やめてよ!やめろー』
「ククッ」
日吉くんの手を避けて顔を背けると、やっとやめてくれた。
『うー…』
「またふくれてきたな」
『もう!』
私が慌てて両手で頬を隠すと、日吉くんはまた笑い出す。
私はちょっとムッとしながらも、日吉くんが楽しそうに笑ってくれているのが嬉しかった。
その笑顔が、日吉くんと私が友達になることができた証みたいな気がしたから。
.